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99.届かないメッセージ

 UFOの診療所で医者として働いていた桃葉さん。

 流星くんが気を遣って離席してくれたので、二人で情報交換をする。


「何からお話したら良いのか⋯⋯えーっと、まずは、私は元々六連星の大ファンで、桃葉さんのことも大好きで、私も今代の六連星のピンクなんです。それから、それから⋯⋯」


 混乱する私のことを桃葉さんは優しい表情で見つめている。


「そう! 桃葉さんは、緑川樹くんの事を覚えていらっしゃいますか? 彼はあなたに憧れて、あなたに会いたくて、防衛隊に入隊したんです。それで、今は六連星のグリーンをやってます!」


「え! あの樹くんが、六連星のグリーンに? そうか。あれから十年以上経ってるんだもんね。樹くんも立派な男の子だよね。あの時は急に異動が決まったから、手紙を出すことしか出来なかったけど。弟みたいでかわいくて仕方なかったんだ」


 桃葉さんは遠い目をしながら、嬉しそうに微笑む。


「桃葉さんは、ここでどうやってお過ごしなんですか? お医者さんになられたんですか?」


 確か樹くんの話では、当時から桃葉さんは医者を目指していたんだよね。


「そうなの、医学を学びたいって言ったら、ここの医師たちが手取り足取り教えてくれたの。自分の役目を果たす代わりにってね。ここに来てすぐに、今の夫と結婚して、今では五人の子どものお母さん」


 桃葉さんはそう言って、自分のお腹を優しく撫でた。

 今、桃葉さんのお腹には新たな命が宿っているんだ。

 穏やかな表情を浮かべる彼女の様子は、母性に溢れていて、この子の誕生を望んでいることが分かる。


「ここに連れてこられた時は、自分の人生に絶望した。まさか、敵のUFOに単身送り込まれるなんて、想像もしていなかった。両親にも仲間にも会えないくらいなら、死んだ方がましだって⋯⋯けど、今では夫のことを愛しているし、子どもたちのことが何よりも大切なの。だから、仮に地上に戻る方法があったとしても、私はここでの生活を選ぶ。それくらい、私は、ここの人間になっちゃったんだ」


 桃葉さんはそう言うとニッコリと笑った。


「けど、小春ちゃんが帰りたいのなら、私の知ってる情報を渡すくらいなら出来るよ。それだけでは決め手に欠けるかもしれないけど、役に立つかもしれない。またいつでもおいで」


 笑顔で差し出された手を握り、何度もお礼を言った。


 

 その後、診察が無事に終わり、異常なしとの診断だった。


 流星くんはその診断結果に満足そうに頷き、また私の腕を引いて、診療所をあとにした。


 診療所の入り口にあった転送装置に乗り込み、たどり着いたのは体育館みたいに広い部屋だった。


「ここは俺の部屋だ。今日からお前もここで暮せ。シャワーはあっち、トイレはあっち、ベッドはあそこだ。食事は担当者が毎食持って来る」


 流星くんは必要なことを言ったあとは、さっさとシャワーに行ってしまった。


 だだっ広い部屋に取り残され、孤独な気持ちでソファに座る。

 カバンからスマホを取り出して、電波を確認する。

 ⋯⋯⋯⋯やっぱり圏外か。

 でも、写真と過去のメッセージのやり取りは見られるみたい。


 樹くんの写真を眺めたあと、今まで樹くんが送ってくれたメッセージを読み返す。

 何も言わずにここに来ちゃったから、樹くん、怒ってるかな。

 でも、事前に相談なんかしたら、絶対に部屋から出してもらえなかっただろうし。


『樹くん、勝手に居なくなってごめんなさい。けど、私が行かないと、この星が滅びるって脅されちゃったから。本当は会いたい。会えなくても、ずっと大好きだよ』


 送信ボタンを押すと、メッセージは確定された。

 けど、電波がいい場所で再送するようにエラーが表示される。

 

 やっぱり届かないか。

 けど、それでもいいや。


 これからは日記の代わりに、樹くんにメッセージを作成することにした。


 内容は、流星くんと会ったこと、桃葉さんが生きていたこと、お子さんたちに囲まれて、ここで生きていくと決めたと話してくれたこと、最終的には私もそんな人生を送ることになること。


「それは通信機器か? 無駄だと思うぞ」


 シャワーを浴びて帰って来た流星くんは、雑に水滴を拭っただけの姿で後ろに立っていた。

 腰にはタオルを巻いて。

 本当はキャーとか、変態とか何かリアクションするべきシーンなんだろうけど。


「うん。分かってる。この機械、毎日充電したいんだけど、できる?」


 流星くんにスマホと充電コードを見せると、彼は不思議そうな顔をしながら、構造を確かめた。


「そんなに大切な機械なのか? それなら準備させよう。恐らく室内灯に明かりを灯すのと同じ原理だろう」


 スマホを返してくれた流星くんは、私の涙にそっと触れる。

 すると、流星くんの指が輝き出して、デザライトが作り出された。

 

「なかなかの大きさだな。お前の寿命が尽きるまで、約70年と仮定して、毎日生成すればとんでもない重量になる」


 流星くんはそう言って私の顎を持ち上げて、顔を近づけてきた。


「何? キスするの? さっそく今から子どもを作るの? 私、嫌だから。それ以上するなら噛み付くから」


 ここでの私は道具なんだから、抵抗したって仕方ないのは分かってる。

 桃葉さんみたいに、私も流星くんを愛せれば、幸せになれるはず。

 でも、どうしても嫌悪感が勝ってしまう。

 樹くんに触れられた時と違って、冷たい手で背筋を撫でられたような不快感がある。


「まぁ、そうだよな。俺だって無理やりは趣味じゃない。それに、お前の心が傷つけば、祈願石の生産が止まりかねない。だが、出来るだけ早く覚悟を決めろ。お前に利用価値があることが証明されれば、もうこの星に停滞する理由もなくなる。次の襲撃は二週間後だ。仲間たちを守りたいんだったら、それまでになんとかしろ」

 

 流星くんはさっと手を離して、スタスタと歩いて行ってしまった。


 次の襲撃まで二週間か。

 それまでに覚悟を決めないと、また誰かが大怪我をしてしまうどころか、朝倉統括に見せられた映像みたいに、世界がボロボロにされてしまうかもしれない。

 

 けど、無事に阻止できたとしたら、私はこの星の上空にさえいられなくなって、宇宙戦争真っ只中のアギル星に連れ帰られてしまう。

 

 どっちに転んでも地獄だな。

 現実逃避をしたくって、自分の今の状況や気持ちを樹くんへのメッセージに書き殴ってから、眠りについた。

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