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94.配属先

 朝倉統括は、私の配属先は空に浮かぶUFOだと言った。


「え? UFO? あれが海外支部? 冗談ですよね?」


 朝倉統括って、そんな面白い冗談が言えるんだ⋯⋯

 けれども、当の本人は大真面目な表情をしている。


「先方は、強力なディア能力を持つ者を探しておられる。君なら必ず歓迎されるだろう」


 ここで言う先方って、UFOのことだよね。

 侵略者アギルがディア能力者を求めていることを、どうして朝倉統括が知っているんだろう。


「我々、防衛隊は十年ほど前から、彼らと同盟を結んでいてね。ディア能力が高い人材を提供する代わりに、人命を奪うことだけは勘弁してもらっているんだよ」


 防衛隊が侵略者アギルと同盟を結んでいた?

 そんなはずはない。

 そもそも、あのUFOのリーダーは、知能が高いけれども意思疎通は不可能なオクトパスだと公表されていた。

 

 あ、そうか。

 この前のカンガルー男⋯⋯あの人みたいな人間が一緒に乗っているんだもんね。

 海星くんや米谷さん、私たちと同じ人間が⋯⋯


 飯島本部長が私のお母さんと話してくださった時、ここ十年は死者が出ていないと言っていた。

 それは、防衛隊の技術向上だけじゃなくって、その同盟が理由だったんだ。


「私はその同盟の維持のために、敵に提供されるということですか? まるで生け贄じゃないですか! そんなの絶対に嫌に決まってます!」


 みんなの元に戻ろうと踵を返すと、朝倉統括は信じられない言葉を発した。


「そうか。桜坂くんは拒否するか。それなら仕方ない。別の人間を当たろう。桜坂くんの次にディア能力が高いのは確か⋯⋯緑川くんだったな。彼は今年に入ってから絶好調のようだね。いつ三桁に突入してもおかしくない」


 朝倉統括の口から樹くんの名前が挙がり、肩がビクンと跳ねる。

 私が拒否したら、この話が樹くんに回ってしまう?


「それはだめです! 絶対に!」


 慌てて朝倉統括にすがりつくと、彼はこうなることを予測していたみたいに満足そうに笑う。


 大人しく後ろをついていくと、国際防衛統括部の応接室に通された。

 すりガラスで覆われ隔離された部屋で、テーブルの上に差し出されたのは、A4サイズの白い封筒。

 そこには、嘘の海外支部名が書かれた異動願と契約書が入っていた。

 

「これは表向きの書類だよ。先の戦いで怪我を負い、死の恐怖を感じた君は、上守近辺での任務を続ける事が怖くなった。よって、監視業務中心の海外支部への異動を願い出た」


 この人は、あくまでも私から異動を希望した形を取りたいんだ。

 そうじゃないと、任期の途中で辞めるのは不自然だもんね。

 

 六連星のみんなには、私が残りたがっている事は伝わっただろうけど、それに関して何かを口外すれば、虚偽のディア能力を申請した件で、陽太さんが責任追及されてしまうかもしれない。

 

「はぁ⋯⋯いやだなぁ。どうしてこんな事になっちゃったんでしょう。しかも、これ、私にとっては何のメリットもない話じゃないですか」

 

「メリットなら山ほどあるだろう。君が行けば、人命を奪われずに済むということ。大切な同僚がその役目に選ばれずに済むこと⋯⋯ヒーローマインドとしては最高だ」


「それはまぁ、そうですけど⋯⋯」


 なんとか抵抗できないか藻掻いていると、朝倉統括はため息をついた。


「仕方ない。何が望みだ? 私も鬼と思われるのは心外なのでね。簡単なことなら叶えてあげよう。桜坂勉の昇格。桜坂秋人の心臓移植手術及び海外渡航費用の負担。他にも何か必要かね」


 テーブルを挟んだ反対側に座る朝倉統括は、肘をつくようにして、前のめりになった。


「それはマストですね。家族が一生、生活に困らないように、面倒を見てください。後、緑川隊員は金輪際、生け贄の候補から外してください。後は、駅前に私の銅像を建てて、年に一回、私を称える祭りを開いてください。あと、それから⋯⋯」


 銅像と祭りは冗談だけど、これくらいの贅沢を言ってもバチは当たらないはずだ。


「分かった。条件をすべて飲もう。UFO内での君の待遇だが、そう悪くはないはずだ。安心して欲しい。君よりも前にUFOに乗った隊員もいる。かれこれ十年になるが、息災にしているらしい」


 十年前に生け贄になった隊員は、まだあのUFOの中で生きている。


「当然、この件は他言無用。君が逃げ出した場合どうなるか、先方から映像資料が届いている」


 応接室のスクリーンに映し出されたのは、巨大なUFOの映像。


 金属か何かの頑丈な素材で出来ていると思われていたUFOが、まるで雲がちぎれて行くかのように、分裂を始めた。


 いくつかの小さいUFOに分裂したものが、空を移動して世界各地に広がり、一斉に主要都市に大量のエイリアンを降らしていく。


 各国の防衛隊員たちが武器を手に取り、戦いを挑むも、次々と悲惨に散っていく。

 親を奪われ、泣き叫ぶ子どもたち⋯⋯


「ひどい。こんなの私たちに勝ち目がない⋯⋯」


 やはり侵略者アギルは、本来の力を発揮せずに、私たちに調整した負荷を与えて、育てていたんだ。

 私を連れ出すための脅迫映像は、断末魔とともに途切れた。


「明日の夜明け前、上守城天守に向かうこと。君なら必ずや大義を成し遂げられる。『世界が君に夢見ている』」


 敬礼で送り出され、とぼとぼと廊下を歩く。


 私が行かなければ、世界はエイリアンに攻撃され、たくさんの人々が命を落とすことになる。


 朝倉統括の言う通り、最高にヒーローっぽい展開。

 私はずっとヒーローになりたかった。

 みんなを救える強い人になりたかった。

 じゃあ、夢が叶って良かったじゃない。


 明日にはここを出なくちゃいけないけど、UFOには何を持ち込んだら良いんだろう。

 もう一生こっちには戻ってこられないよね?

 

 とりあえずカバンは⋯⋯作戦会議室か。


 混乱しつつも意外と冷静に扉を開けて中に入ると、皆さんお揃いだった。


 陽太さん、冬夜さん、光輝くん、海星くん、樹くんと、なぜか米谷さん、そして⋯⋯


「あの⋯⋯どちら様でしょうか?」


 オレンジ色の髪にオレンジ色の瞳の男性。

 この国の人にしては珍しい風貌だし、なんだかぐったりしてるんだけど。

 

「⋯⋯⋯⋯カンガルー男」


 海星くんは男を睨みつけながら言った。


「⋯⋯え!? カンガルー男!?」


 どういうわけか、防衛隊の基地内に、敵のUFOの乗組員が紛れていたのだった。

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