93.雲行き怪しく
それから一週間後、脳に異常がないことが確認され、無事に退院することができた。
お父さんに付き添ってもらい、基地へと帰る。
「小春、あまり無理をしてはいけないよ。レンジャー活動にケガは付き物。けれども、小春の場合は少し多いんじゃないか?」
基地の入り口で立ち止まったお父さんは、不安そうな顔をした。
私のケガが人より多いのは、ディア能力が高いからだ。
ハウンドに狙われ、カンガルー男にも狙われ⋯⋯
お父さんは給与課の人だから、どの隊員が何日くらい休業しているかは把握しているけど、エイリアンのことも、ディア能力のことも、ほとんど何も知らない。
私が人より無茶をしているって思っているのかも。
「ごめんね、お父さん。心配ばっかりかけて。これからは、もっと気をつけるよ」
「小春は強いヒーローだから、世界中の人が小春の才能に夢見ているかもしれない。けれども、お父さんにとっては、小春と秋人は生きていてくれたら、それだけでいいんだ。病院の先生が言ってたことを覚えてるね? きちんと体力が戻ってから作戦に参加すること。いいね?」
お父さんは私の肩をポンと叩いた後、背中を押してくれた。
お父さんに心配をかけてしまったことを反省しながら、六連星の作戦会議室に向かう。
「皆さま、この度はご迷惑をおかけいたしました!
これ、駅前の和菓子屋さんの羊羹です⋯⋯」
菓子折りを持って部屋に入ると、尋常じゃなく張り詰めた空気が流れていた。
陽太さん、冬夜さん、光輝くん、海星くん、樹くんは戦闘服に着替えて、一列に並んで立っている。
そして、その視線の先にいたのは――
「朝倉統括⋯⋯」
朝倉統括が窓の外を眺めながら立っていた。
「桜坂くん、退院おめでとう。元気そうで何よりだ」
朝倉統括は、にこやかな表情を浮かべながら、私の方へと近づいて来て、手を差し出す。
「⋯⋯ありがとうございます」
頭を下げながら、差し出された手を握り、握手を交わす。
このお方がここに来るなんて、私が知る限り初めてのことだ。
いったい何の用だろう。
「退院早々申し訳ないが、桜坂くんには検査を受けてもらうよ」
朝倉統括は私の心を読んだのだろうか。にっこり微笑みながら答えてくれた。
復帰して、まず始めにやることが検査?
この一週間、散々、検査を受けて来たのに⋯⋯
「もちろん、頭の検査じゃない。ディア能力の測定だ。聞くところによると、不審なことに、君は昨年の年末に一桁を叩き出して以来、まともに検査を受けていないようじゃないか。おかしいとは思わないかね? 脅威のディア能力を買われて六連星入りしたヒーローが、なんのフォローもされないまま、半年以上も活動を続けているなんて」
朝倉統括に海外支部に引き抜かれないようにと、米谷さんと協力して、ディア能力一桁のふりを続けて来た。
けれども、いよいよ誤魔化せなくなったってことか。
昨日の夕方、面会時間の終わりに、海星くんにカエル用のデザライトを生成してもらったけど、一晩経って、今は昼前だから、もうかなり回復しているかもしれない⋯⋯
海星くんや米谷さんに助けを求めようと思ったけど、朝倉統括にしっかりと監視され、六連星のみんなとともにディアラボに移動してきた。
研究部員の協力を得て、測定を開始する。
ディア能力は願いの力だから、あんまり具体的な夢や希望を思い浮かべなければいいのかも⋯⋯?
『エラーコード002︰計測に集中できる環境でやり直してください』
そんな浅はかな考えはお見通しだったのか、無機質な機械音が繰り返しエラーを告げてくる。
「朝倉統括。彼女は一時、脳しんとうを起こしていましたし、本調子に戻るまでは、しばらくかかるのではないでしょうか」
陽太さんが私を庇うように発言すると、朝倉統括は彼の方を振り返った。
「そうは言っても赤木くん。この件に関して、本来なら君に責任を問うべきだとは思わないのかね? 自分の隊の隊員のディア能力の推移を把握せず、良く作戦を遂行できたものだ⋯⋯いや。そんな状況下で無謀にも出動して、二回とも休業災害を起こしていたな」
厳しい表情で睨みつけられ、返す言葉もないという様子で俯く陽太さん。
「それは、私が赤木隊長に『変化なし』としか報告を上げていなかったからです。悪いのは私です」
「そうか。桜坂くんは、計測してもいない結果を上官に報告していたということか。その報告が作戦の遂行に影響を与え、人命に関わる事態を引き起こすと知りながら」
確かに私がやったことは、重大な違反行為だ。
米谷さんの指示とは言え、指揮命令系統を守らなかった正当性なんて、主張できっこない。
「過ぎたことはもういい。水に流そう。それよりも大事なのは今だ」
いつまでも黙っていると、朝倉統括は優しい声色で語りかけてくる。
これ以上無駄な抵抗をしても、誰も幸せにならない。
グリップを握って、力を込める。
「⋯⋯⋯⋯やはりな」
満足そうな声に顔を上げ、測定結果を確認する。
うそ⋯⋯⋯⋯257? これは最高記録だ。
やはり海星くんの読みは当たっていた。
樹くんが私を幸せにしてくれるから、戦う勇気をくれるから、私のディア能力も育っているんだ。
「そういうわけで、桜坂くん。国内での活動は本日限りで終了とし、私の元へ来てもらおう」
朝倉統括はこちらを振り返り、ついてこいと目で語りかけてくる。
「待ってください。任期の途中で桜坂隊員に抜けられては支障がでるでしょうし、そもそも、UFOの中心地から離れた海外支部に、なぜ彼女が必要なのでしょうか? それに、彼女の人事権は飯島本部長にあるはずです」
冬夜さんは理路整然と異議を申し立てる。
「朝倉統括、私は六連星の任期を全うしたいです。ディア能力が低くて外されるのなら仕方ありませんが、高くて外されるのは納得できません」
恐れ多くも自分の気持ちを主張したけど、朝倉統括は黙って首を振る。
「飯島くんにはこれから話す。君たちからの異議は認められない」
朝倉統括が部屋を退出するので、私も嫌々後をついていく。
みんなの方を振り返ると、戸惑ったようなショックを受けたような表情をしている。
後ろ髪引かれる私をよそに、朝倉統括は無言のままどんどん歩みを進めてしまう。
「海外支部と言うのはどこのことでしょうか? ここから遠い国でしょうか?」
確か、海星くんは飛行機の距離の国と言っていたけど⋯⋯
朝倉統括は、はたと立ち止まり、窓の外に視線を向けた。
「君が配属になるのは国じゃない。あれだよ」
その指が指し示したものは、空に浮かぶUFOだった。




