90.カンガルー型エイリアン
カンガルーとの戦闘に必死になっている内に、孤立してしまった光輝くんと私。
これだけ離れてしまえば、冬夜さんのマークスマンライフルも届かないから、万が一の時の支援が望めない。
後退しようにも、執拗にこのカンガルーは私を狙ってくる。
「光輝! 小春! 大丈夫か? こちらの一体は片付いた。すぐに加勢する」
インカムから、冬夜さんの神のような声が聞こえて来た。
「小春くん! 下がって隠れているんだ! フラフラじゃないか!」
程なくして、陽太さんと冬夜さんが、私を庇うように前に出てて、サブマシンガンでの攻撃を開始した。
光輝くんが救護を要請してくれるので、木の陰に隠れて待機する。
あーやばい。本当に頭がクラクラしてきた。
頭はガンガンと痛むし、油断したら意識が遠のきそう。
「このカンガルー、動きがおかしくないか?」
冬夜さんたちが引き受けてくれていたカンガルーは、三人の頭をひとっ跳びに越えてしまった。
私が隠れている木の幹を、まるで格闘家みたいに思い切り蹴り上げて、根元からへし折る。
倒れてくる木に押し潰されないように、慌てて這い出す。
それにしても、カンガルーの蹴りって、こんなフォームだったっけ?
今まで倒した五体は、尻尾を使ってバランスを取りながら、両足で前蹴りをしてくるような印象だった。
けど、この個体だけは左右の脚をバラバラに使っている。
この違和感は何?
「光輝くん、なんとかこの個体の動きを止められませんか? おそらく普通のカンガルーじゃありません!」
インカムを通して光輝くんに語りかける。
「スパークルバーストは効かへんから、ショックウェーブしか方法はない。けど、今の小春ちゃん吹っ飛ばしたら、頭の怪我がどうなるか分からん!」
「スパークルバーストも効くと思います。このエイリアン、私たちの言葉が分かってるんですよ。だから、合図無しで撃ってください!」
「そんなんしたら、小春ちゃんの目もやられるで!」
「大丈夫です! そこは上手い感じでやりますから!」
そんな事を言ったものの、特に作戦があるわけでもない。
けど、今の私には、囮くらいしか使い道もないから。
ふらつく脚を手で固定しながら立ち上がり、ブレードを引き抜き構える。
カンガルーがしかけてくるのを、なんとか剣で弾き返す。
視界の端で光輝くんが、私の後ろに回り込むのが見えた。
直接、目に光線が入らないように、気遣ってくれているみたい。
「眠れない夜は空を見上げてごらん〜俺たちは、そこに必ずいる〜」
インカムから突然、聞こえて来たのは、光輝くんの歌声。
なるほど、これは確かに、私たちにしか分からない合図かも。
「明るい未来、切り開き〜夜空に――――」
輝く――――と続く直前。
カンガルーの腹部に前蹴りを入れて距離を取り、同時に自分の目を腕で覆う。
後ろから浴びる閃光に、結構な衝撃が走る。
いつもは光輝くんの後ろにいるから分からなかったけど、まぶしいだけかと思ったら、神経が興奮しているのか、耳まおかしくなって、閉塞感とともにビーンと変な音がする。
目の前のカンガルーは、目がやられているのか、動きが停止している。
冬夜さんと陽太さんがサブマシンガンで無数の弾を撃ち込み、カンガルーから煙が上がる。
やったか。
と思いきや、カンガルーは煙の中から飛び出してきて、私を抱えてお腹の袋に入れて逃げ出した。
「ちょっと! 離して!」
奇妙な動きをするエイリアンの体を、グサグサとブレードで突き刺すも、俊敏な動きで、ぴょんぴょん跳ねながら逃げていく。
カンガルーが向かっているのは――――上守城の天守?
目が潰れているからか、何度も塀にぶつかりながらも、目的地に向かって突き進んでいく。
「もしかして怒ってる? どこに連れていくの? 私はもう戦えないって!」
よっぽど恨みを買ってしまったみたい。
目が治ってから痛めつける気なんだ。
もう、この身体じゃ、一対一でなんて絶対に勝てない。
恐怖に怯えながら抵抗を続けていたその時、背後をさっと黒い影が横切った。
カンガルーの首もとに亀裂が入り、続いて私が入れられていた袋も裂けて、身体が宙に投げ出される。
地面に叩きつけられる直前、カンガルーの首もとの傷口から見えたのは、二つの目。
あぁ、そうか。
それなら、しっくり来る。
これはエイリアンじゃなくって、人間が操作する着ぐるみ。
戦闘スーツだったんだ。
精神が衝撃を受けたあと、身体への衝撃に備えていると、後ろから庇うように抱きかかえられた。
「あ⋯⋯海星くん、ありがとう。助けてくれたんだ」
今にも泣き出しそうな海星くんの顔には傷が出来ていて、血が垂れてる。
「海星くん、怪我してるよ?」
あぁ、なんと、せっかくの美しいお顔が⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯違う⋯⋯⋯⋯返り血」
海星くんはそう言うけど、おそらく違う。
だって、拭っても拭っても血が垂れてくるから。
それと、やっぱり私は脳がやられてるのかな。
海星くんの頬の傷から流れる血が、墨汁みたいに真っ黒に見えた。




