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85.奇跡の生物

 夜明け前、飛び跳ねる謎の生き物がいたという、上守城周辺にやって来た。


 今回、海星くんの申し出で、私たち二人の担当は北東から南の区域となった。


「ねぇ、海星くん。難しい話って何? 殿宮県民の秘密の場所ってどこ?」


 今のところ、彼の言動にピンと来るものはなく、それこそ、ハテナマークが頭の上で飛び跳ねている。


「⋯⋯⋯⋯実物を見てから」


 海星くんはその生物に心当たりがあるらしく、ハウンド型の時と同じように茂みを探す。

 ただ違うのは、茂みをブレードでつつき回すのではなく、丁寧に手で草をかき分けるようにしているってこと。


「この辺りにはもういないのかな? ウサギって逃げ足が速そうだからな⋯⋯」


 六連星の四人も、他の隊も進捗がないみたいなので、捜索範囲を拡大して、住宅地の方に向かうことになった。



 そして私たちは、畑や田んぼと数軒の民家しかない、のどかな地域に来た。

 

「稲が育ってきてるね。青々としていて⋯⋯そう、海っぽい! そう言えば、海星くんのご実家って、こっちの方だったよね?」


 私の問いかけに、海星くんはコクリコクリと頷く。


「⋯⋯⋯⋯父親⋯⋯⋯⋯田んぼ好き⋯⋯⋯⋯この星で一番⋯⋯⋯⋯綺麗って」


 海星くんはキラキラした目で、田んぼを眺める。


「そっか。海星くんのお父さんは、海外から来たんたんだったね」


 そこから話は子供時代の事になった。


「海星くんは、どんな遊びをするのが好きだった? 双子の弟くんとも一緒に遊んだ?」


 同じ双子でも、秋人が入院しているから、私は弟と外で遊んだことがない。

 海星くんたちは男の子の兄弟だから、色んな冒険をしていたりして。

  

「⋯⋯⋯⋯流星とは⋯⋯⋯⋯遊んだことない⋯⋯⋯⋯別々に育てられた」


 先ほどまで目を輝かせていた海星くんが、悲しげに目を伏せる。

 その表情を見た瞬間、彼の事情に踏み込んでしまったことに後悔が押し寄せてくる。


「そう⋯⋯なんだ⋯⋯」


 双子が別々に育てられるって、どういう状況なんだろう。

 もちろん理由があるんだろうけど、これ以上はうっかりを通り越して、余計なお世話だ。


 硬い空気の中、二人での捜索活動は続く。


「ウサギちゃん、早く出てこないかな〜?」 

 

 電柱の裏や路上に停められた軽トラックの下を覗き込むも、野良猫一匹見つからない。


「⋯⋯⋯⋯ウサギじゃない」

 

 地面を這いつくばる私に、海星くんは冷静にツッコミを入れてくる。


「やっぱり海星くんは、謎の生き物の正体を知ってるの? ウサギじゃなかったら、何⋯⋯⋯⋯?」


 手に付いた砂を払いながら立ち上がると、海星くんは目を見開き立ち尽くしていた。


「⋯⋯⋯⋯見つけた」


 彼は私の腕をつかんで、走り出した。


「え? どこどこ? 跳び跳ねてる生き物なんている⋯⋯? って、わぁ!」


 スピードが乗って来たところで、海星くんが思ったよりもすぐに立ち止まったので、背中に激突してしまう。


「え? どこどこ?」


 あぜ道にしゃがみ込んだ彼の視線の先には⋯⋯


「あああ!!!! これってもしかして、スターゼリー!? 宇宙からの贈り物!!」


 あぜ道の端っこに、弾力のある透き通ったビー玉のようなものが、数え切れないほどポロポロと転がっている。


 以前、樹くんには消臭剤の中身か、園芸用のジェルボールと言われたけど、こんなところにそんなものが落ちているはずがない。

 これはまさしく、ロマンの塊⋯⋯⋯⋯


「すごいよ、海星くん! スターゼリーがこんなにもたくさん! 願い事は何にするの? たくさん叶いそうだね?」


 海星くんは慎重にスターゼリーの粒を持ち上げたあと、お願い事をする素振りなく、私の手のひらの上に乗せた。


「⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯⋯⋯卵⋯⋯⋯⋯」

 

「え!? 卵!? 気持ち悪い生き物の――じゃないよね?」


 手のひらの上のスターゼリー改め卵に目を近づけじっと観察すると、私の手のひらの動きに合わせてプルンプルンと揺れている。


 卵全体が透き通っていて、いわゆる『卵黄』のようなものはないようにお見受けするけど⋯⋯


「⋯⋯⋯⋯クリスタルフロッグ⋯⋯⋯⋯未確認生命体⋯⋯⋯⋯」 


 クリスタルフロッグ? 未確認生命体(U M A)


「フロッグってことは⋯⋯カエルってこと?」


 海星くんはコクンコクンと頷く。


「⋯⋯⋯⋯小春⋯⋯⋯⋯この卵に願い⋯⋯⋯⋯込めてみて」


「え? 海星くんが見つけたのに? 私がお願い事しちゃっていいの?」


「⋯⋯⋯⋯うん⋯⋯⋯⋯武器を使う時⋯⋯⋯⋯イメージして⋯⋯⋯⋯」


 海星くんが真剣な表情で言うので、願いを込める。


 私の願いは世界の平和。

 六連星としての責務を最後まで全うすること。

 あとは、秋人の病気が治って、家族も息災で⋯⋯

 樹くんとずっと仲良しでいたい。


 願いを込めてお祈りすると、手のひらの上の卵が輝き始めた。

 球体の中心にいくつものヒビが入って、プリズムみたいな虹色の光が反射する。


「わぁ! 綺麗だけど、これって大丈夫なの?」


「⋯⋯⋯⋯大丈夫⋯⋯⋯⋯細胞分裂⋯⋯⋯⋯」


「細胞分裂⋯⋯⋯⋯?」


 卵が放つ光は、やがて落ち着いた。


「この卵から、クリスタルフロッグが生まれてくるんだ⋯⋯」


 目の前で起こったファンシーな出来事に思いを馳せていると、海星くんはどこかに通話し始めた。


「⋯⋯⋯⋯うん⋯⋯⋯⋯お願い」


 すぐに会話を終えた海星くん。


「そうだ! これって陽太さんに報告した方が良いよね? 本体ではないけど、重要な――」


 と言いかけたところで、ガシッと両肩をつかまれる。


「⋯⋯⋯⋯だめ⋯⋯⋯⋯絶対⋯⋯⋯⋯!」


 海星くんの表情が、あまりにも必死だったので、とりあえずウンウン頷く。



「は〜い! お待たせ〜!」


 私たちがいるあぜ道から少し離れた舗装路に、ミニバンが停車し、浮かれたような声がした。


 振り返るとそこにいたのは米谷さんだった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

いよいよ最終章に入りました。

本編が第103話、後日譚ストーリーが第112話で完結予定です。

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