74.嬉しい贈り物
バレンタイン当日。
学校内は大騒ぎになっていた。
「樹くーん! これ受け取って〜!」
「海星くんに食べてほしいの!」
「光輝先輩、ずっと好きでした!」
教室内はおろか、食堂や移動教室に向かう道中でも、そんなシーンに遭遇しまくる。
やはり彼らは話題の中心にいるみたい。
ちなみに、バレンタインデーにチョコを貰いたい有名人ランキングというのが先日発表され、男性部門の二位に樹くんが、女性部門の九位に私がランクインした。
樹くんに対するコメントは、『料理男子だから』『忘れられないバレンタインデーになりそうだから』
私に対するコメントは、『苦手な料理を練習していると聞いたから(20代男性)』『失敗して落ち込んでいるところを慰めてあげたい(10代男性)』『小春ちゃんの大切な人に想いが届くといいね(70代男性)』という、温かいものだった。
騒がしい雰囲気が漂う中、この日最後の授業が終わり、下校の時間となった。
明里ちゃんと保奈美ちゃんのアドバイスを受け、基地側の通用門ではなく、駅側の門をくぐって遠回りをすることで、配達係にされることもなく、基地まで帰ってこれた。
六連星の作戦会議室に向かい、私にとってのバレンタインデーを開始する。
「みなさま、いつもお世話になっております。ささやかですが、感謝の気持ちを込めて⋯⋯」
冬夜さん、陽太さん、光輝くん、海星くん、そして樹くんに義理チョコをお渡しする。
これは手作りではなくて、デパ地下で購入した、王道のチョコレートブランドのものだ。
「ありがとう、小春くん! この恩は必ず返す!」
「甘ったるくなくて、ちょうどいいな」
「やった〜! 嬉しい〜!」
「⋯⋯⋯⋯おいしい」
「小春ちゃん、ありがとうね」
みんな、チョコをたくさんもらって、お腹いっぱいだろうに。
それでも反応を返してくれた。
そして、その日の夜。
私は、樹くんへの手作りチョコレートと見つめ合っていた。
見た目はとりあえず大丈夫そう。
一つ味見したけど、味もおかしくはない。
ただ、チョコレートを溶かして、生クリームを混ぜて、ハートの型で固めただけのビギナー級ってだけで⋯⋯
なんか、今更、恥ずかしくなってきた。
こんなの料理って言わないじゃん。なんて指摘されても、何ら不思議はないレベルの完成度だ。
昼間、みんなに渡した、ブランドのチョコレート――
あれこそが絶品なのに、これを後出しで渡す必要ある?
そんなふうに迷って、二の足を踏んでいる。
しばらく唸り続けていると、電話がかかってきた。
「はい! もしもし!」
「もしもし小春ちゃん? 今、忙しい? 渡したい物があるんだけど、そっち行っていい?」
電話の相手は樹くんだった。
渡したい物がある?
今からここに来る?
これは、料理の神が与えてくれたチャンス。
このタイミングで、渡さざるを得ないだろう。
「いいよ! 私も渡したい物がある!」
電話を切ったあと、慌てて部屋を片付け、チョコレートのラッピングを完成させる。
樹くんは、約束の時間通りに、やって来た。
インターホンが鳴り、ドアを開けると、いつかの時みたいに、樹くんは背中の後ろに何かを隠していた。
「恥ずかしいから、ドア閉めてもらっていい?」
樹くんは、照れたようにその何かを隠したまま、玄関に上がった。
いったい、どんな恥ずかしいものを持ってきてくれたんだろう。
あらかじめ淹れておいたコーヒーをお出しするも、樹くんはテーブルにつかないままこちらを見ている。
「小春ちゃん、これがプレゼント。俺の本命」
樹くんが身体の後ろから出して来たのは、ピンクのバラが入った花かごだった。
小さくて、淡いピンク色のクマの人形もついている。
中に緑色のスポンジのようなオアシスがあるから、花瓶がなくても、このまま水やり可能と⋯⋯
「かわいい! ありがとう! 私、バレンタインデーにお花もらったの初めて!」
早速、テーブルの上に飾り、記念写真を撮る。
「本当に、すごく嬉しい。綺麗だね」
今度からは真っ直ぐに気持ちを伝えると言ってくれた樹くん。
そのあまりにもストレートな表現に、胸がときめく。
「そう。それなら良かった。それで、小春ちゃんは? さっき、渡したい物があるって」
神のナイスアシストにより、冷蔵庫の中から例のブツを取り出す。
「これ⋯⋯手作り?チョコです。ショボいけど、一生懸命作りました。いつもありがとう」
チョコレートが入った小箱を、おずおずと差し出す。
樹くんは、リボンを解いて、フタを開けた。
すると、中に宝石でも入っていたみたいに、キラキラと目を輝かせる。
「嬉しい。ありがとう。いただきます」
口の中にチョコを入れて、ゆっくりと味わう。
「美味しい。ありがとう」
樹くんは、私の作ったチョコを食べても、がっかりしたり、笑ったりしなかった。
一粒一粒を大事そうに食べてくれる。
「小春ちゃん、きっと今日のために頑張ってくれたんでしょ? 俺、実は知ってたんだよね。小春ちゃんが、連日、板チョコ買い占めてるらしいって噂。それに、レッツゴーマートで会ったあの日、小春ちゃんからチョコの香りしてたから。俺のためだったって思ってもいい?」
頭を優しく撫でられて、頬を包みこまれる。
「うん。樹くんに食べて貰いたくって、練習してた⋯⋯」
全部バレてたんだ。すごく恥ずかしい。
けど、目の前の樹くんの表情を見てしまったら、そんな事はどうでもよく思えた。
だって、あまりにも優しくて、甘い表情を向けてくれるから。
樹くんの視線が私の唇に注がれている。
もしかして、キスしたいって思ってくれてるのかな。
樹くんとは一度だけ、一瞬のキスをしたけど、じっくりするとしたら、どんな感じになるんだろう。
気になるところではあるものの、今はまだタイミングじゃないよね。
けど、この愛しさだけは、きちんと伝えたい。
樹くんの肩に手を置いて、ほっぺたにちゅっとキスをする。
樹くんは、驚いたように頬に手を当て、固まったあと、はにかんだような笑顔を見せてくれた。
その表情をこのまま一人占めできたらいいなと、ふと思えた。




