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73.感謝の気持ちを

 あれから一ヶ月ちょっとが経った、二月の中旬の事。


 樹くんの腕の怪我も、私の傷も治って、任務への支障もほとんどなくなり、日常を取り戻しつつあった。


 この時期、世間の話題はバレンタインデー一色。

 校内も、基地内も少しざわついているところだ。


「はぁ⋯⋯また来たよ。この季節が」


 お昼休み中の教室で、明里ちゃんは怠そうに頬杖をつきながら言った。


「この季節って、バレンタインデーのこと? 明里ちゃんは理人くんとデートじゃないの?」


 理人くんと言うのは、明里ちゃんの彼氏の防衛隊隊員だ。

 二人の交際は順調で、当然、バレンタインデーも盛り上がるものかと⋯⋯


「小春ちゃんにとっては、防衛高校で迎える初めてのバレンタインデーだもんね。防衛小・防衛中・防衛高と進学する中で、ずーっと繰り返されている歴史があるの。その地獄の伝統の名は、チョコレート配達係⋯⋯」


 明里ちゃんの話によると、防衛隊内では、バレンタインデーに関する明確なルールが存在しているとのこと。


 隊員が家族や恋人などから個人的に受け取るものは別として、ファン等の不特定の人物からの飲食物の受け取りは厳重に禁止されている。

 有害なものが混ぜられてたら困るもんね。


 だから、もし、基地に宛てて贈り物が送られて来たとしても、総務部が全て検品をし、手紙かメッセージカードだけが隊員たちの元に届くのだそう。


「ありがとう、これからも応援してね! 的な文章が書かれたはがきを、総務部が返送してくれるんだ〜。贈り物の宛先の隊員の署名付きで。けど、それでは納得がいかないファンの子たちが、私たち女子隊員にチョコレートを託してくるの。断っても断っても、しつこくて⋯⋯」


 なんとなく話が見えてきたぞ。

 基地に宛てたら、上記の対応をされるし、直接隊員本人に渡したくても、待ち伏せしても会えるか分からないし、面識がなければ断られる可能性も高い。

 

 その点、女子隊員に任せてしまえば、運が良ければ隊員本人の手元に渡る可能性があると⋯⋯


「毎年、私たちも大変なんだけど、小春ちゃんは特に気をつけた方がいいよ? 誰が女子隊員か知ってる校内の人はともかく、校外の人が校門で待ち伏せして来た場合、知名度が高い小春ちゃんが狙われるかも」


 保奈美ちゃんは、心配そうに眉を下げる。


「それは困るなぁ。私、あんまり強引に押されたら断れないタイプだし⋯⋯当日は変装してから下校するか」


 たしかに、明里ちゃんがげんなりする気持ちが理解出来た。


 しかし、私が本当に気にするべき事は、そんなことではなくて⋯⋯ 

 


 ここ数日、訓練終わりに毎晩、私は秘密の特訓を行っていた。

 それは、チョコレート作りだ。

 ボウルやヘラ、泡だて器を買い足して、必死に鍛錬を積んでいるんだけど⋯⋯


「まただ。チョコレートにお湯が入っちゃった。湯せんだけで何回失敗してるんだろう」


 私がやろうとしているのは、市販の板チョコレートを溶かして、型に入れて固めるという、シンプルなもの。

 お子様でも簡単に出来ますって書いてたのに⋯⋯


 溶かしている途中のチョコレートにお湯が入ると、ボソボソになっちゃうんだよね。


 こういう時は、料理の神を頼ればいいじゃないって?

 でも、今回のチョコレートはまさしく、料理の神に食べて欲しくて作っているから。 

 

 別に付き合ってるわけでもないし、告白するつもりもないけど、日頃のありがとうを伝えたくって。


「んー待てよ。こっちのレシピの方が私には向いてるかも!? 『火にかけて温まった生クリームをチョコレートに注いで混ぜ合わせ、型に流し込んで、冷やし固める⋯⋯』これならお湯が入ったボウルに、チョコの入ったボウルをつけるとか言う曲芸をしなくても済む!」


 思い立ったら即行動!

 早速、レッツゴーマートに駆け込んだ。

 


 そして、そこで私が見たものは⋯⋯緑川樹、その人だった。


「あ、小春ちゃん。お疲れ」


 手をひらひらとさせる樹くんの買い物カゴには、お味噌が入っていた。

 いつも樹くんは、野菜やお肉、豆腐なんかをオーガニック食品専門店からの定期宅配サービスで購入している。


 それなのに、なぜ今日に限って、レッツゴーマートの味噌を買いに来ているのか。


「小春ちゃんは⋯⋯生クリーム⋯⋯だけ?」


 私の右手には、しっかりと握りしめられた生クリームの紙パック。

 これはもう、言い逃れ出来ないか⋯⋯?

 

「これはね⋯⋯クリームパスタ的なのを作ろうかなと思って」


 慌ててカゴを手に取り、しめじやベーコン、玉ねぎを入れていく。


「へぇーいいじゃん。美味しそう。パスタとコンソメは家にあるの?」


 樹くんは、すぐに頭の中にレシピと材料が思い浮かんだのか、購入漏れにも気づいてくれる。


「おっと、そうだね! コンソメもいるよね〜てへっ!」


 うっかりしてましたと笑いながら、コンソメもカゴに入れていく。


 それぞれお会計を済ませて、並んで寮に帰る。


「俺、小春ちゃんが作ったクリームパスタ、食べたい」


 樹くんは珍しく、ストレートに甘えるような発言をした。

 

「うん! いいよ! 作り方よく分からないし、教えてよ⋯⋯」


 と言いかけたところで、室内の惨劇を思い出す。

 だめだ。チョコレートまみれのボウルやヘラが、使いっぱなしのまま、散乱しているんだった。


「おっと。急用を思い出した。また今度、機会を見て!」


 きょとんとする樹くんを置き去りにして、自分の部屋まで走って帰ることにした。


 気まぐれで作ったクリームパスタは、あとでフライパン上でクリームと絡めるからと、パスタの茹で時間を短くしたことが災いし、カチカチの失敗作となってしまったのだった。

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