70.素直になれたら
矢で撃ち落としたイーグル型エイリアンを探しに、墜落地点付近までやって来た。
恐らくこの辺りに落ちたと思うんだけど⋯⋯
目印にしていた、壁が白い三階建てアパートの付近をくまなく探す。
おかしいな。
もう一度高いところから探してみるか。
アパートの外階段を駆け上ると、折り返した踊り場には、黒っぽい液体がポタポタと垂れていた。
これは⋯⋯エイリアンの血だ。
でも本体がいない。どこへ逃げた?
血の跡をたどって、屋上にたどり着くと、一際強い風が吹いた。
その瞬間、屋上にまつわる嫌な記憶が蘇る。
大丈夫、大丈夫。
ここは四階相当の屋上だし、今の私は戦闘服を着ている。
何より、特殊なブーツを履いているんだから、落下ダメージも吸収できる。
そもそも、ここには私しかいないんだから、落っことされるなんてことは、絶対にないんだし。
震える身体を何とか説得して、垂れた血が続いている、屋上の端に向かって近づく。
ブレードを腰にしまって、両手を使って身体を支えながら、柵を乗り越える。
ここから飛んで行っちゃったのかな。
身を乗り出して、建物の下を覗き込もうとしたその時――イーグルが死角から飛び出して来て、顔のすぐ横を掠めた。
左頬にピリッとした痛みを感じる。
転落しないように、慌てて柵を乗り越えて屋上の中央に戻る。
震える手でブレードを構えて、敵を見据える。
ヒャッヒャッヒャッと甲高い声でイーグルが鳴くと、続いて聞き慣れた地響きが聞こえてきた。
まただ。ハウンドがいる。
ディア能力が高い人間を襲う猟犬。
あれから一度もディア能力を測っていないけど、きっと私は彼らの獲物のままだ。
「こちら、六連星 黒瀬。ハウンド型エイリアンの群れが南下するのを確認」
インカムから冬夜さんの声が聞こえてくる。
「こちら、六連星 桜坂。生存していたイーグル型エイリアンと交戦中。イーグルの増援要請により、ハウンド型エイリアンが集結しています。至急応援願います!」
何とか一息に言い終えたものの、階段を駆け上がって来たハウンドの群れに飛びかかられ、すぐに身動きが取れなくなった。
なんとか数を減らそうと、ブレードを振り回すも、脚に噛みつかれて、気が遠くなりそうな痛みが来る。
だめだ。きっと牙が戦闘服を貫通してる。
振り払おうにも、数が多すぎて脚に噛みついてる個体にブレードが届かない。
利き手の肩にも噛みつかれて、いよいよどうする事もできなくなった時。
――――ドン
「⋯⋯⋯⋯ちゃん⋯⋯⋯⋯小春ちゃん!」
耳をつんざくような、けたたましい爆撃音の後に、誰かの声が聞こえた。
「あぁ⋯⋯樹くん⋯⋯」
樹くんが少し離れた道路に向かってグレネードを打ち込むと、一部のハウンドが音につられたのか、走り去って行った。
まだ二十匹程残っているハウンドは、私に喰らいつくのをやめて、樹くんに襲いかかる。
樹くんは、武器をブレードに持ち替えて、次々とハウンドを斬り捨てていった。
動体視力も、ブレードの扱いも、判断能力も、何もかも私よりも優れている。
樹くんがハウンドを引きつけてくれている間、上空から攻撃してくるイーグルを引き受ける。
イーグルは鋭く曲がった爪を使って、樹くんに襲いかかろうとする。
ブレードを振り回して、追い払うのが精一杯。
こちらのリーチを理解して、間合いに入らないように、攻撃を誘ってくる。
けど、ここで攻撃を止めたら、その隙に間違いなく仕掛けてくる。
仕方ない。今まで試したこと無い技だけど⋯⋯
ボウを取り出して、超近距離でイーグルに向かって矢を撃った。
イーグルは、ひらひらと攻撃をかわすけど、お構いなしに撃ち続ける。
攻撃が当たらないと高をくくったのか、間合いを詰めて来た。
――今だ!
弦を引いて生成された矢を手で掴み、逆手で持って、イーグルの身体に突き刺す。
すると、イーグルはそのまま、ボトっと屋上の床に落ちた。
イーグルは最後の力を振り絞るようにして、顔を西に向け、ヒャッヒャッと短く鳴いたあと、動かなくなった。
イーグルの目線の先に目を向けると、ダークブロンドの髪の男性が立っていた。
黒っぽいスラックスとシャツを着ている。
逃げ遅れた市民と言うよりも、見物人というか⋯⋯
男性は、すっと私から目を逸らし、姿を消した。
「樹くん、今、誰かいた! 怪しい人がいたよ!」
切磋に追いかけようとすると、腕を掴まれた。
「ごめん。ちょっと今はもう戦えないかも。たぶん、次は守れない」
絞り出すような声に後ろを振り返ると、樹くんの右腕から血が出ていた。
「樹くん! 大怪我してるじゃない! ごめんなさい。私のせいだ⋯⋯」
ハウンドの爪で縦に引き裂かれたような傷は、深いように見える。
これではブレードもランチャーも扱えない。
無理をしたら確実に腕が壊れる。
「救護部へ、こちら、六連星 桜坂。緑川隊員が右前腕部を負傷。切創から出血持続。至急救援を要請します。黒瀬副長へ。イーグル型および、ハウンド型数十体の討伐が完了。十数匹のハウンドが付近にまだ潜伏しています。また、男性が一名、避難せずに残っている模様」
報告を上げながら、ちぎれかけた戦闘服を引き裂いて、樹くんの傷口を縛る。
身体を寝かせて、傷口が心臓より高くなるように持ち上げる。
「樹くん、助けてくれてありがとう。ごめんね、こんな大怪我させちゃって、私がもっと上手くやってたら⋯⋯」
焦ってイーグルを追いかけたのが間違いだった?
冬夜さんへの救援要請のタイミングはもっと早くできなかった?
そもそも、私がデストロイヤーを封印していなかったら?
いくら後悔しても、樹くんの傷口は塞がってはくれない。
「小春ちゃんこそ大丈夫? 肩も脚も血が滲んでるみたいだったし、左のほっぺたにも傷が出来てる。報告上げるの忘れてたでしょ? ちゃんと診てもらいなよね」
明らかに自分の方が重傷なのに、そんな心配をしてくれるなんて。
「俺、たぶんさぁ。傷のせいか、アドレナリンが大量に出てる気がするんだよね。それで、今くらいのテンションじゃないと言えないから言うね」
樹くんは左手をこちらに伸ばして、私の右頬を優しく撫でる。
「俺、小春ちゃんのことが好き。絶対に失いたくない。だから、間に合って良かった」
樹くんは、少し瞳を潤ませながら、満足そうに笑った。




