69.夢が叶ったあとのこと
明け方、まだ外は暗い中、トイレに目が覚めると、みんなはリビングで寝ていた。
相変わらず猫みたいに丸まっている海星くんに、ソファに仰向けで寝転ぶ陽太さん。
眩しいのが苦手なのか、目の上にタオルを乗せている。
樹くんは光輝くんに枕にされて、窮屈そう。
光輝くんは幸せそうな表情だけど、樹くんは眉間にシワがよってる。
冬夜さんは、寝室で寝てるのかな?
コップをお借りして、ウォーターサーバーの水を頂く。
身体の約6割は水分で出来ていると聞くけど、たしかにこの美味しいお水で組成された身体は、活力がみなぎりそうな気がする。
「小春か。眠れたか?」
突然、後ろから声をかけられ、一瞬びくっとする。
「おかげさまでぐっすりでした。冬夜さんは?」
冬夜さんはラフな部屋着に着替えて、コンタクトを外したのか、眼鏡をかけている。
「俺は目が冴えて、少し勉強をしていた」
冬夜さんは、大学のテキストと思われる冊子を持っている。
冬夜さんと陽太さんは防衛高校を卒業後、通信制大学で学びながらヒーロー活動と両立させているんだよね。
「冬夜さんは教育学を勉強しているんですよね?」
「あぁ。今の自分がいるのは、防衛隊の教官や学校の教員のおかげだからな」
ご両親を事故で亡くして、お祖母さんに苦労をかけまいと、防衛隊に入った冬夜さん。
今は六連星の参謀として活躍していて、こんなにも立派なお家に住んでいるけど、ここまでの苦労は計り知れない。
「冬夜さんは六連星の任期が終わって、教員免許を取ったら、防衛隊を辞めてしまうんですか?」
冬夜さんは任期が終わった後も、上級部隊の隊長の話もあるだろうし、人材育成部だって欲しがるはず。
「このままだったら、教員免許を取得出来たところで、防衛隊を続ける道を選ぶだろうな。せっかく学んだ知識も最大限には活用できないかもしれない。けれども、小春は言っただろう? そのうちUFOを追い返すって。そうなれば防衛隊の規模は縮小され、多くの隊員が職を失う。小春も今から将来に備えて、やりたいことを考えておいた方がいい」
冬夜さんは私の肩をポンと叩いて、寝室に戻って行った。
この星からUFOがいなくなれば、私たち防衛隊は必要なくなる。
私たちが生まれた時には既にあった、憧れの職業。
それが無くなる日が来るかもしれない。
いや、無くすために私たちは頑張るんだ。
冬夜さんが見ている未来は、UFOがいない平和な世界なんだということを知って、嬉しくなった。
将来やりたいことか⋯⋯
のんびりと考えたいところだったけど、新年を迎えても、エイリアンたちは侵略の手を緩めてはくれなかった。
1月1日の昼過ぎ、緊急出動命令が出た。
「今回現れたのは、オリックス型エイリアンだ。上守城周辺から、市街地への侵攻を開始している。城周辺の危険区域を抜けて、警戒区域まで侵入を許している。今回の僕たちの配置は、上守城西の警戒区域内の深井戸町近辺。住民の避難を支援しながら、オリックスの群れを上守城へ押し戻し、最終的には、せん滅する」
陽太さんは、モニターの画面を切り替えながら、私たちの担当区域を説明する。
オリックスとは、サバンナに住む体長2メートル程の牛の仲間で、約1メートルの角を持つ。
足が速く、長くて鋭利な角を使った突進攻撃を仕掛けてくるらしく、既に住民や防衛隊員にも負傷者が出ているとのこと。
「今回の陣形だが、深井戸町の構造上、銃撃戦を中心とするのは難しい。民家と民家の間は、車が通れないような狭い道も多い。基本的には陽太、海星、小春、そして俺が近接武器でエイリアンの数を減らしつつ、光輝が前線を押し戻すという方法で行こう。樹に関しては、住民の避難の支援、救護部に引き渡すまでの怪我人の応急処置を頼む」
冬夜さんから作戦の説明を受け、私たちは現場に向かった。
サイレンカーの中、スマホが何度も震えるので、メッセージを確認すると、米谷さんからの注意事項が届いていた。
『今回、デストロイヤーは封印ね。その方が大きい魚が釣れる。自分が死にそうな時以外は打たないで』
何やら意味深な事が書かれているけど⋯⋯大きい魚ってなんだろう。
それに、いつまで私は自分の実力を隠さないといけないんだろう。
いつもなら私たち六連星の担当区域は、エイリアンの発生地点である上守城近辺のはずだ。
それが今回、市街地に配置されたのは、私がデストロイヤーを撃てずに、海星くんだけでなく、私も近接攻撃をする陣形しか組めないからだ。
それならばと、難易度の高い入り組んだ町を私たちに任せ、その分、上級部隊を上守城周辺に集結させたと言うことだろう。
私の上官は陽太さんと冬夜さん、更には飯島本部長だ。
それなのに私は、一研究部員の米谷さんの指示に従っている。
上官たちや仲間たちを騙して、緊急事態なのに、わざと手を抜こうとしている。
本当にそれで良いんだろうか。
けど、現に研究部は、極秘にエイリアンの生け捕りにも成功しているし、今は米谷さんを信じるしかないのかな。
現場である深井戸町に到着したら、そんなことを迷っている暇もないくらい、エイリアンが溢れていた。
路地は狭いから、一人ずつ分かれて戦うしかなくって、プレッシャーも大きい。
原種のオリックスは、サバンナで肉食獣から逃げ回り、その鋭い角で返り討ちにすることもあるくらい、戦闘能力が高い生き物だ。
その遺伝子を持つこのエイリアンも、動きは速いし、身体は大きいし、何より角のリーチが長い。
路地の狭さのせいで逃げ場は少ないけど、囲まれることも無いのが不幸中の幸いか。
「救護部へ、こちら、六連星 緑川。深井戸町一丁目の公園内に、負傷者多数。内一名は背部からの出血あり。止血困難、顔面蒼白。至急応援を要請します」
インカムには樹くんからの救護要請が届いた。
町の人たちにも怪我人が多数出ている。
中には重傷な人まで⋯⋯
早くケリをつけて、これ以上、被害が広がらないようにしないと。
間合いをとりながら、ブレードを使って、一体ずつ着実に討伐していく。
このエイリアンは前進は得意だけど、後退はしないから、冷静に攻撃を避けてから、仕掛ければ大丈夫。
「こちら、六連星 黄田。予定通り前線を東進させます」
民家の屋根の上に立つ光輝くんは、次々と屋根を飛び移り、オリックスに向かって目くらましを入れる。
その隙に私たちは前進して、前線を城の方へと押し返す。
その作業を何度も繰り返している内に、上守城が見えてきた。
中級・上級部隊の隊員たちが入り乱れながら、オリックスと戦っている。
「海星と陽太は、城付近のオリックス討伐に加勢を、光輝と小春、俺は市街地で交戦中の部隊のフォローだ。樹も合流しろ」
冬夜さんの指示を受け、北西の部隊に合流する。
屋根の上に登り、状況を確認すると、この辺りも袋小路も多くて戦い辛そう。
再びブレードを抜いたその時、斜め後方から一瞬まぶしい光を感じた。
「光輝くん、今、スパークルバースト、使いました?」
その問いかけに光輝くんは首を振る。
「いや、使ってない。使ってないけど、なんか光った気がするよなぁ」
光輝くんも感じたのなら、気のせいじゃないみたい。
なんだろう。ちょうどカメラのフラッシュを炊いたような⋯⋯
冬夜さんにも異常を報告し、三人で目を凝らして辺りを観察する。
すると、電柱の上に大きな猛禽類型のエイリアンが留まっているのが分かった。
大きさは1メートルくらいか。
鋭い目つきに、尖ったくちばし。
その鳥は私たちと目が合うと、飛び立ってしまった。
「もしかしてあれは、イーグル型エイリアンじゃありませんか? 尻尾がきれいな扇型ですし」
イーグル型エイリアンと言えば、当時小学一年生だった樹くんを襲い、花崎桃葉さんに救われた一件のエイリアンだ。
「こちら、六連星 黒瀬。上守城北西にて、イーグル型エイリアンと謎の閃光を確認。南に向かって飛翔しています」
冬夜さんが全部隊に注意を促す。
すると、先ほどからフラッシュを焚かれたような光を一瞬感じたとの報告が、各地から集まってくる。
もしかしたら、他にもイーグル型が潜んでいる?
もしくは、あの個体がこっそりと何かを嗅ぎ回っているとか⋯⋯
今なら私のボウで仕留められるかな。
デストロイヤーじゃなくて、普通の矢ならディア能力が低い人でも数発は撃てる。
「ここから狙います」
携行していたボウを展開し、構える。
急いで放つと、矢は真っ直ぐイーグルを追い、羽根をかすめた。
イーグルは羽根のコントロールを失い、地面に墜落していく。
「あの高さから落下したので、問題ないとは思いますが、念の為、様子を見てきます!」
「分かった。光輝と俺は、このまま加勢する。小春もイーグルを確認したら、すぐに戻って来い」
私はここで、冬夜さんと光輝くんと分かれて、イーグルの落下地点へと向かった。




