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68.ニューイヤー

 米谷さんの工作により、海外支部行きを免れた私は、六連星として活動を続けることが出来た。


 しかし、私以外の五人は、私のディア能力が一桁に落ちたと思って、心配してくれたまま。


 本当は米谷さんのウソでした!って、種明かししたいところだけど、そうなると私は海外支部に送られ、米谷さんの研究も完成しないで終わってしまう。


 罪悪感に苛まれながらも、ディア能力一桁の人間を演じきるしかなかった。


 

 大晦日を翌日に控えた、12月30日のこと。

 訓練終わりに樹くんが訪ねてきた。


「これ、作りすぎたから」


 樹くんの手には、ラップがかけられたお椀。

 赤魚とじゃがいもといんげんの煮物⋯⋯かな?


「え! いいの? やった! 作る気にならなかったから、食堂に行こうかな〜と思ってて!」


 部屋に上がるように促すと、樹くんは頭をぺこりと下げて中に入って来た。


 樹くんが部屋に来るのは、カレーの作り方を教えてもらったあの日以来。

 あれ? そう言えばあの時、私はこのお方にキスされたんじゃなかったっけ?

 

 そんな記憶が呼び覚まされ、少しドギマギするも、樹くんはそんな事はとっくの昔に忘れているのか、椅子に腰かけ、テーブルの上で手を組み、深刻な表情をしていた。


「あの⋯⋯お腹がすいたので、頂いても?」


 樹くんは無言でうなづき、食事を促すような手振りをする。


「では、いただきます⋯⋯んー! おいしい!」


 優しい出汁の味付けと魚の旨味が最高。

 赤魚の身はぷりぷりだし、お野菜たちにも味がよく染み込んでいる。


 夢中になって食べ進めていると、樹くんが口を開いた。


「小春ちゃん、大丈夫なの? 光輝くんと上手くいってなくて、コンディションが落ちちゃったってこと?」


 彼の目には、辛い恋に悩んで、ズタボロになっている人に映っているんだろう。

 樹くんには前に一度、話を聞いてもらっているし、話してもいいか。


「実は、光輝くんとは、普通の同僚に戻る事にしたんだよね。一華さんとのあれこれで、もうしばらく恋はいいかな、私には難しいのかなって結論に至りまして⋯⋯光輝くんも最終的には、私の気持ちを分かってくれたし」


 その返答が意外だったのか、樹くんは目をまん丸くした。  


「え? それは、どういう反応? それよりも、樹くんはどうなの? 任期の間、あと二年ちょっとは恋しないの? じゃあどうしてこの前、私にキスしたの? どういう心境? 私には理解出来ない男心!?」


 疑問をストレートにぶつけると、樹くんはコーヒーをむせてしまい、苦しみ始めた。

 しばらく背中をさすってあげると、徐々に咳が落ち着いてくる。


「いや。あれは、ほんとごめん。でも、この流れでそれ聞いてくんの? 自滅確定じゃん」 


 樹くんは咳き込んでいた時よりも、さらに顔が真っ赤になっていく。


「え? どうして自滅するの?」

 

「いや⋯⋯だから、小春ちゃんは、しばらく恋しないんでしょ? それに、恋愛禁止とかって小春ちゃんには言っておいて、虫が良すぎるかなって。樺山さんや光輝くんのことは止めとけって言ってた奴が、今更何言ってんの?ってなるじゃん」


 今更も何も、今、樹くんは何言ってんの?状態なんだけど。


「だから! つまり、その⋯⋯⋯⋯やっぱ、無理。帰る! 明日の年越しパーティー、遅刻しないようにね!」


 結局、樹くんは明確な答えを言わずに、帰ってしまった。

 

 

 そして迎えた大晦日。

 この日は、冬夜さんの部屋で六人で集まり、年越しパーティーをすることになっていた。

 

 冬夜さんは成人と同時に防衛隊の寮を出て、基地の近くの高級マンションに一人で住んでいる。


「わぁ! すごく広い! 映画の世界みたい!」


 外観〜エントランスの時点で、ホテルみたいなゴージャスさを醸し出していたけど、冬夜さんの部屋も想像以上だ。


 リビングダイニングは、ドッジボールができそうなくらい広くて、白いソファとローテーブルがあるゾーンは六人が座っても、ゆったりとしている。


 キッチンは棚や冷蔵庫に至るまで、艶感のあるブラック。

 

「このキッチンなら、生徒さん達を集めてお料理教室もできますね。リビングだけで、桜坂家の延べ床面積を超えてます。もしかして⋯⋯億ション⋯⋯」


 冬夜さんは、はしゃいでる私のことを、親が子どもを見つめるような目で見てくる。

 否定しないって事は、事実なんだ。


 冬夜さんもレンジャー歴が10年近いし、お祖母さんへの仕送り以外のお金は、投資しに回してるって聞いたから、相当なお金持ちなんだろうな。


「そうか。これが、(ウン)億円の夜景⋯⋯」


 リビングの壁二面が窓になっていて、真っ赤な城京タワーもよく見えるし、UFOもよく見える。


 

 六人がけの高級ダイニングテーブルにつき、頂くお料理は⋯⋯鍋だ。


 テーブルの上に置かれたホットプレートにて、具材を煮込んでいく。


「さぁ、そろそろ頃合いだろう。小春くん、器をくれないか?」


「え? よろしいのですか? では、お言葉に甘えて⋯⋯」


 自分の取り皿を陽太さんに渡すと、お玉を使って、器にこんもりと盛り付けてくれた。

 鮮やかなオレンジ色の人参、出汁をたっぷり吸ってクタクタになった白ネギ、ぷりんぷりんの豚肉に、美しく形を保ったままのお豆腐⋯⋯


「海星もたくさん食べるんだぞ。光輝も、かしてごらん」


 陽太さんはリーダーらしくみんなの分を次々と取り分けてくれる。


「樹も食べたらどうだ? さっきから働いてばかりだろう?」


 樹くんはキッチンに立って、白菜を切ったり、追加のお肉を冷蔵庫から取り出したりと、忙しなく働いてくれている。


「いや、俺はまだいいです。先に、冬夜さんのキッチンを使ってみたいんで」


 これだけ広くて、設備が整っているとテンションが上がるよね。


 樹くんはしばらくキッチンの使い心地を試したあと、テーブルに戻って鍋をつついた。


 帰省の予定などの話をしている内に、小一時間が経ち、年越し恒例の音楽番組が始まる。 


 壁みたいに、どデカいテレビは、110インチとのこと。

 今をときめく曲たちを楽しんでいると、あのお方の番が来た。


『今夜、三木三喜夫さんが歌って下さるのは、防衛隊(アトモスフィア)のヒーロー部隊、六連星(プレアデス)の皆さんのテーマソングです。本日はなんと、六連星のリーダーである、赤木陽太さんからメッセージを預かっています』


「きたきたきたぁー! ファザー!」


 食事はすでに終わっていたので、テレビの前に移動し正座すると、隣に光輝くんと陽太さんも同じように座った。


『それではお聞きください。三木三喜夫さんで、第14代目六連星ヒーローソング"BRIGHT FACT"』


 司会者が紹介すると、曲が始まった。

 

『⋯⋯⋯⋯だから手を取って、それが俺たちのBRIGHT FACT〜♪』


「FLY! HIGH! SKY! HI!」


 熱く歌い上げるファザーに合わせて、合いの手パートを熱唱し、会場との一体感を楽しむ。


「いや〜脂っこくて、ギットギトでしたね! さすが、ファザー。最高! それに、片山剣山氏ですよ! 暗雲立ち込める世界で輝く我々を、曲調でうまく表現してくださいました!」


 オタク全開で興奮していると、みんながポカンと口を開けていることに気がついた。



「え? 私、なんか、やりすぎました? さすがにドン引きですか?」


 大晦日に人ん家で騒いでるヤバい人になってしまった⋯⋯

 

「いや、そうじゃない。調子が戻ったなと思っただけだ」 


 冬夜さんは安心したように微笑む。


「それでこそ、小春くんだ!」


「いつもの小春ちゃんって感じ」


 陽太さんと光輝くんも笑顔を見せてくれる。


 みんな私の事をずっと心配してくれていたんだもんね。

 もしかしたらこの会も、チーム全体が前向きになれるように企画してもらえたのかもしれないと、ふと思う。



 日付が変わって新年を迎えた頃、海星くんはお布団に入る時間がとっくに過ぎているからか、ソファで眠ってしまった。


 気持ち良さそうに寝ている海星くんに、冬夜さんは、そっと毛布をかけてあげる。

 すると海星くんは毛布に包まり、猫みたいに背中を丸めた。


 海星くんが寝てるのを見ていたら、私も眠くなってきたかも。

 電池が切れかかっているのか、あくびが止まらない⋯⋯

 

「小春も眠いのなら奥の部屋で休むといい。客用の布団を敷いてあるし、内側から鍵もかかる」


 冬夜さんがそう言ってくれたので、お言葉に甘えて奥で休ませて貰うことにした。



 その部屋は本棚とデスクがあるだけの広い部屋だった。

 厚手の羽毛布団にくるまると、なんだか懐かしいような、優しい木の香りがする。


 お客さん用の布団って事は、お祖母さんが会いに来てくれた時とかにも使ってるのかな。


 リビングからは、微かにみんなの話し声がする。

 なんか、こういうの良いな。

 一人暮らしが長くなってきて、実は寂しかったのかも。

 この日は久しぶりに人の気配を感じながら、安心して眠る事ができた。 

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