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66.奇跡の石

 救急外来の受診が済み、病院に一緒に来てくれた警察の人への事情説明も終わり、基地に帰ることにした。


 現在の時刻は23時。

 これだけ濃厚な夜だったのに、まだ日付は変わっていないんだ。


 光輝くんには、受診の結果をメッセージで送りつけた。

 返事はすぐに来て、どこにいるのか、これから会えないかと聞かれて、何度も電話がかかって来ているけど、なんとなく出来る気になれないでいる。


 たぶん、私は今晩は一人では怖くて眠れないし、光輝くんの顔を見てしまったら、甘えたくなる。

 すっかり参ってる光輝くんを慰めたいとも思うし、そうなれば、今夜、もう特別な関係にまでなってしまう気がする。


 

『光輝くん、今までありがとう。もう、ただの同僚に戻りたいです。好きになってもらえて嬉しかったし、毎日が楽しかった。光輝くんには幸せでいて欲しい。けど、私には恋はまだ難しいみたいです』


 一方的な言葉をつづって、送信する。

 

 メッセージが既読になってからは、着信はピタリと止んだ。


 ⋯⋯本当に何やってんだろう。

 こういうのは本来、顔を見ながら伝えないといけないことなのに。

 

 光輝くんは、私のことを好きになってくれて、優しくしてくれた人。

 命を救ってくれて、落ち込んでいる時には励ましてくれた人。


 でも私は、一華さんみたいに自分を犠牲にしてまで、光輝くんを愛せないし、心も身体も傷だらけの今の状態では正直もう、何も考えたくない。

 

 心のままに散歩していると、基地の近くの川にたどり着いた。

 川と言っても水路みたいな規模だけど。


 はぁ〜今、部屋に戻って物音を立てたら、隣の明里ちゃんに悪いよね。

 彼女は今頃、防衛隊員の彼氏と熱い夜を過ごしちゃったりしてるかもだし⋯⋯


 そんなことに気を遣うんなら、光輝くんの部屋に泊まればよかったのに。

 光輝くんなら、きっとこの寂しい心を満たしてくれるのに。 

 温かい腕で抱きしめてくれるのに。


 結局自分が何をしたいのか分からずに、涙が出てくる。

 クリスマスイブの深夜に、川を眺めながら一人で泣いてる女子高生なんてヤバい人じゃん。

 

 でも、今日くらいは、いいでしょ?

 柵にもたれて顔を伏せて泣いていると、足音が聞こえてきた。


「⋯⋯⋯⋯誰が小春を泣かすの?⋯⋯⋯⋯光輝くん?」


 足音の主は海星くんだった。

 そうだった。思いっきり泣いたら、彼にバレるんだった。

 

 海星くんは私の隣に来て、同じように柵にもたれた。

 

「何で泣いてるかっていうと、自分のせい? 難しい事、考えられなくて逃げてきたんだ⋯⋯」


 海星くんは私の独白を無言で聞いてくれた。


「⋯⋯⋯⋯ごめん、今から⋯⋯⋯⋯難しい話する」


 海星くんは、突然、話題を振ってきた。

 真剣な表情でこちらに向き直る。


「⋯⋯⋯⋯明日⋯⋯⋯⋯抜き打ちディア能力計測がある⋯⋯⋯⋯」


 どんなに難しい話かと思ったら、仕事の話みたいだ。


「へーそうなんだ。どうしてまた急に? 抜き打ちなのに、海星くんは知ってるんだ?」


 彼はコクリとうなづき、話を続ける。


「⋯⋯⋯⋯朝倉統括⋯⋯⋯⋯合格者を⋯⋯⋯⋯引き拭くつもり」


「引き抜くって⋯⋯⋯⋯海外支部にってこと? それは喜ぶ人が多いんじゃないかな? でも、私たちには関係ないよね? 任期の途中だし⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯関係ある⋯⋯⋯⋯このままなら、小春⋯⋯⋯⋯引き抜かれる」


 現役六連星の私が、海外支部に引き抜かれるかも?

 突然の話に戸惑いを隠せないけど、海星くんは嘘をついたり、話をわざと大きくしたりするようなタイプじゃないし⋯⋯


「え? 海外のどこの国に行くんだろう? こっちと行ったり来たりして、六連星を続けるってこと?」


「⋯⋯⋯⋯海を渡っても⋯⋯⋯⋯行けない場所」


 この国は海に囲まれた島国だから、海を渡らないとどこにもいけない。

 けど、海を渡るだけではたどり着けないという事は、内陸国ってことか。


「じゃあ、飛行機の距離なんだ」

 

「⋯⋯⋯⋯頑張れば⋯⋯⋯⋯行ける」


 そんな遠い支部に配属になったら、こっちでの活動なんてままならないんじゃ⋯⋯


「⋯⋯⋯⋯小春は⋯⋯⋯⋯いや?」


 海星くんは心配そうに顔をのぞき込んでくる。


「それはまぁ⋯⋯いや⋯⋯かなぁ」


 六連星には子どもの頃からずっと憧れていたし、自分にしか出来ない活動に、やりがいも感じる。

 素敵な仲間や応援してくれる人たちも大勢いて、家族もいて⋯⋯

 そんな環境を捨てて海外に行くなんて。


「⋯⋯⋯⋯元気になるマジック⋯⋯⋯⋯見せてあげる⋯⋯⋯⋯みんなには⋯⋯⋯⋯内緒」


 海星くんはそう言うと、私の目尻の涙を指でそっと拭った。

 すると、海星くんの指先がまぶしいくらい、白く輝き始める。


「わぁ! すごい! 何が起きてるの!?」


 海星くんが手をぎゅっと握り込んだあと、そーっと開くと、手のひらの上には水晶?

 栗くらいの大きさの、透明な、しずく型の石があった。


「きれいな石だね! これが光ってたの?」 


 海星くんは、コクンコクンとうなづく。


「⋯⋯⋯⋯磨けば⋯⋯⋯⋯もっと光る」


 海星くんは水晶を私の手のひらの上に、コロンと乗せた。

 

「はぁ〜結構、透き通ってるから、虫眼鏡にも出来るかなぁ」


 お礼を言って、彼の手のひらに水晶を返す。


 海星くんは水晶を大切そうに、真っ白なハンカチに包んだ。


「⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯⋯⋯俺が預かる⋯⋯⋯⋯部屋まで送る」


 海星くんは私の背中に手を添えるようにして、帰宅を促した。


 預かるも何も、マジックなんだから、元々は海星くんの小道具だっただろうに。 


 そのまま海星くんに部屋の前まで送ってもらって、解散した。



 そして迎えた翌日、海星くんの予告通りに、ディア能力の抜き打ち測定が行われた。


「次、桜坂小春くん」


 名前を呼ばれて、ディアラボのグリップを握る。

 昨日は死にかけたのと、光輝くんとバイバイしちゃったせいで、正直眠れなかったし、コンディションは最悪。

 今度は50くらい下がってたりして。


「桜坂小春くんは、ディア能力8⋯⋯8!?」


 研究部員の方は、測定結果を二度見した。

 

「え⋯⋯8って、一桁ってことですか? 私、今までずっと3桁だったのに⋯⋯」

 

 どうやら身体の中で、とんでもない変化が起こってしまったらしい。

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