61.成果
この日、私は研究部の実験に付き合うことになっていた。
観察室と呼ばれたその部屋は、6畳ほどの広さの部屋で、マジックミラーの奥側には観察者が待機できるスペースがある。
私は、米谷さんたち研究部の皆さんと共に、観察者としてそこに立っていた。
「実は、ワスプ討伐の時に小春ちゃんに襲いかかって来たハウンド。光輝くんのナイスアシストのおかげで、何匹か生け捕りに出来たんだよね〜。あ、これ、口外禁止ね」
米谷さんは浮かれた様子で、とんでもない事を打ち明けてきた。
「え! エイリアンを生け捕りに!? そんなの前代未聞では!?」
確かに、あの時の光輝くんの攻撃は、衝撃波でエイリアンを弾き飛ばすものだった。
行動不能になった個体のうち、生存していたものもいたんだ。
エイリアンの研究が進めば、彼らの行動原理、侵略の目的など、真実にぐっと近づく事ができる。
人類とエイリアンの戦いが、大きく前進するかもしれない。
「このハウンドには面白い特徴があってね。ディア能力が低い人間の前では、見た目が奇妙な、ただの犬っころ。ディア能力の高い人間の前では、獰猛な猟犬になるっていうね」
一匹のハウンド型エイリアンが、リードに繋がれた状態で、研究員と共に観察室に入室してくる。
その様は、その辺の道を散歩している犬と飼い主の姿そのもので⋯⋯
「お手。おかわり。伏せ」
研究員が指示を出すと、ハウンドは素直に従う。
上手に出来て褒められると、こころなしか嬉しそうな表情をしているように見える。
「と言うことで小春ちゃん。今から身体を張ってもらうね」
米谷さんは机の陰から、防護服を取り出した。
手で軽く表面をなぞると、畳のように硬い布の下にはクッション性のある素材の層があって、犬の牙が貫通しないように出来ているらしい。
「え⋯⋯まさか、これを着て、ハウンドの前に立てと?」
米谷さんは肯定するかわりにニヤリと笑った。
「はぁ⋯⋯前に噛まれて、戦闘服を噛みちぎられたの、結構トラウマなんですけどね⋯⋯」
文句を言いながらも、大人しく防護服を着ることにした。
自分一人では着られないので、研究部員の方の肩をお借りする。
ディア能力が高い人の前では、猟犬になるエイリアン。
今の私って、コンディションだだ下がりだと思うんだけど、果たして反応を示してくれるのか⋯⋯
ダウンコートとダウンパンツを何重にも着たみたいな、もこもこの身体で観察室に入る。
すると、ハウンドは私に向かって一直線に飛びかかってきた。
「うわ! 怖い! 怖い! 腕が取れる!」
ハウンドにされるがままにしておけとの指示だったので、抵抗せずにじっと耐える。
「やっぱり! 手足を必死に噛み千切ろうとするけど、首や頭部、体幹みたいな急所には絶対に噛みつかないよね! ありがとう小春ちゃん! 良いデータが取れたよ!」
もみくちゃにされる中、米谷さんの嬉しそうな声が聞こえてくる。
ディア能力が高い人間の手足をもごうとするエイリアンなんて、恐ろしすぎるんですけど⋯⋯
初めてハウンド型エイリアンが侵略してきた日。
茂みをブレードで突いて彼らを探していたけど、遭遇していたら大変な事になっていたかも。
たまたま、私が打った矢の方に、興味を示してくれたからよかったものの⋯⋯
実験のお手伝いは、これにて終了となった。
それから時が経ち、十二月中旬。
この日は、六連星のイベントがあった。
殿宮県にある『スペースフィールドTONOMIYA』通称、『スペフィー』という遊園地にて行われる、ファンサービスの会だ。
スペフィーの運営には、防衛隊がスポンサーとして出資しており、今回はイベントステージで、握手会を開催する運びとなった。
屋外にあるイベントステージは、1500人が着席可能なベンチタイプのシートがあって、アーチ状の屋根がかかっている。
今からここに集まってくれるファンの方は、キャンペーン期間中に、一定以上の価格の六連星グッズを購入してくれた人に限られるとのこと。
防衛隊の企画部および営業部の商魂たくましさが伺える。
遊園地の開園時間になると、大勢の人が特設ステージに集まってくれた。
推しメンへのメッセージが書かれた自作のうちわやタオルを持つ人。
メンバーカラーのネイルをしている人や、シュシュをつけている人などなど⋯⋯
係の人がお客さんたちを誘導して一列に並んでもらい、順番に握手をする。
ちなみにお客さんたちは、望めば六人全員と握手できるスタイルだ。
「頑張ってください〜!」
「ありがとうございます! これからも僕たちの活躍を見守っていてください!」
陽太さんは一人一人のお客さんの応援に、真摯に応えていく。
「わぁ〜! こうキング最高!」
「ありがとう〜! 君も最高やで〜!」
光輝くんは握手に加えて、ウィンクや投げキッスなどのサービスも欠かさない。
「海星くん。頑張ってください」
「⋯⋯⋯⋯ありがとう」
海星くんはコクリコクリと、うなづきながらお礼を言う。
「応援ありがとう」
「あぁ⋯⋯冬夜さま⋯⋯幸せ⋯⋯」
冬夜さんの微笑みに、ファンの方は失神寸前のご様子。
「いつキュン、大好きです!」
「ありがとう! これからも応援してね〜!」
樹くんは爽やかスマイル(あざとさをひとつまみ)で、ファンの皆さんを魅了する。
そして、私はと言うと⋯⋯
「こはちゃん! 愛しているでござる!」
とある中年男性は、私と握手するのではなく、両手の人差し指を立てた状態で、忍者のように自分の胸の前で組んだ。
「あ、ありがとうござりますでござる!」
同じようにポーズを取ると、彼は満足したように立ち去って行った。
そして、次に現れた集団は、おそろいのピンク色のTシャツにジーパン姿で、ピンク色の鉢巻きを頭に巻いていた。
集団から放たれるただならぬオーラに、他のファンの方々は遠巻きに様子を見ている。
「勝利の女神のデストロイヤー! どこまでも突き進むライトイヤー! 燃え上がる恋心ファイヤー! 君と出会えたアニバーサリーイヤー! せいっ!」
ピンク装束の皆さんは、応援団のように声を揃え、私のフルネームが書かれたピンクのサイリウムを振り回す。
「な! なんですかそれ! もしかして、掛け声まで考えて来てくれたんですか!? 感動しました⋯⋯」
こんなにもたくさんの人が私を応援してくれて、しかも、一致団結してこのイベントを盛り上げ楽しんでくれている⋯⋯
その事に胸がジーンと熱くなる。
「小春ちゃんのファンの皆さん、気合入ってんなぁ〜」
「さすが小春くんだ! キミのマインドが、応援してくれるみんなにも伝わっているんだな!」
「⋯⋯⋯⋯情熱的」
「小春と応援団から同じ匂いがするな」
「ファンとヒーローの理想的な関係かもしれないですね」
みんなは口々に感想を言いながら、ピンク集団のショーを楽しんでいた。




