59.青少年の悩み
結局、光輝くんからメッセージが返ってきたのは翌日のことだった。
途中で出かけてしまったことに対する謝罪と、自分も声が聞きたいと。
けど、私はと言うと、光輝くんはもちろんのこと、樹くんとも、海星くんとも顔を合わせ辛くて、訓練場に行く時間を少しずらしたくて、とある場所を訪ねた。
開発部 デザイン課の二条さんのところだ。
「ねぇ、二条さん。二条さんって、若い頃からやっぱりチャラ男だったんですか? 二股かける男性の心理ってわかりますか?」
タブレットにお絵かきして、ホログラムを作って遊びながら質問する。
「やっぱりチャラ男だったってなんだよ! まぁ、それなりに遊んでいたとは思うが、さすがに二股はなぁ⋯⋯二人の女の子から同時に好意を寄せられた時、それはそれは辛い決断を下すことになる。あの頃の俺は、女泣かせの罪な男だったなぁ⋯⋯」
二条さんは高級そうなオフィスチェアにもたれながら、遠い目をして語る。
「やっぱ二股って、二条さんでもやらないくらい相当悪いことですよね。デートの途中で、もう片方の女の人から連絡が来たからって、そっちに行くってことは、置いてかれた方が遊びですよね。普通」
内に秘めた苛立ちのせいか、次々生み出されるウサギの前歯がどんどん鋭利になっていく。
せっかくだし、角も生やしちゃおうかな。
「ここは、青少年のお悩み相談室じゃないぞ。おい、怖いウサギを大量に生成するな! つか、やめとけよそんな男。今からそんなのに引っかかってるようじゃ、恋愛観が歪んじまうぞ。感情で行動するな。理性を保て、理性を」
二条さんは、マトモな大人としてアドバイスをくれた。
その日は時間をずらしたからか、誰とも雑談することもなく、訓練に参加することが出来た。
そして、翌朝の登校時。
あまりにも気温が低すぎるので、学校近くの自動販売機でホットココアを買っていた時のこと。
「あ! おはようございます! 小春さん! 今朝は一段と冷えますね!」
話しかけてくれたのは、広報部の樺山さんだ。
いつものスーツ姿ではなく、防衛高校の制服を着用している。
このお方は私の一学年上で、光輝くんと同じクラスだ。
「おはようございます! 急に寒くなりましたね」
もうすぐ十二月。
今年一年も終わりかぁ。
「樺山さんは春からの進路はどうされるんですか? 広報部のお仕事を続けるんでしょうか?」
防衛隊でアルバイトしている学生も、就職は全く違う企業や職種というケースも少なくないけど⋯⋯
「はい! もちろん! 春からは正社員として、全身全霊をかけて、小春さんの素晴らしさを世に広めたいと思います! まさに天職です!」
樺山さんは、明るく元気良く敬礼する。
これからも彼が広報部にいてくれるなら、これ以上、心強い事はない。
「ほんとですか! やった! これからもぜひ、ごひいきに⋯⋯」
丁寧に頭を下げると、樺山さんはニコッと笑った後、真剣な表情になった。
「小春さん、余計なお世話かもしれませんが、槇島さんとは、その⋯⋯関わらないほうが良いですよ? すみません、実はこの前の休日、駅前で小春さんが槇島さんと話しているのを見つけちゃって⋯⋯」
あの言い争いを見られていたなんて、それはあまりにも恥ずかしすぎる。
「心配しないでください。誰にも話していませんから。光輝くんは僕みたいに、ぱっとしない人間とも親しみを持って接してくれるいい人なんです。でも、だからこそ、渦中にいがちと言うか⋯⋯たぶん小春さんも、そっちのタイプな気がするので、僕、心配で⋯⋯」
眉を下げながら語る樺山さん。
その口ぶりからして、このお方は、あの二人について、何か知っているに違いない。
「樺山さん、お願いします、知っていることがあるなら、教えてください。具体的にどう注意したらいいんでしょうか? 私、もう、すでに片足を突っ込んでる感じがするんです」
深々と頭を下げると、樺山さんは焦ってあたふたしてしまう。
「そうだったんですね。でしたら、僕が分かることは全てお教えします。場所を変えましょう」
人気のない裏庭に移動し、花壇の縁に並んで腰かける。
「今からする話はオフレコでお願いしますね」
樺山さんは深刻な表情で語りだした。
「僕が槇島さんと光輝くんと知り合ったのは、高校一年生の時のことです。それよりも過去を知る人の話によると、槇島さんは長い間、光輝くんへの依存状態をこじらせてきたそうです」
「依存状態⋯⋯」
「はい。槇島さんは、メンタルが不安定なところがありまして、体調を崩しては休学することを繰り返していました。その度に光輝くんたち友人の面々が支えになっていたようです。その症状はかなり激しく、中には、『今すぐ会いに来てくれないなら薬を飲む』などといった脅しもあったそうです」
それが、一華さんの抱える問題。
そんな一華さんを支えようとしていたメンバーの中に、光輝くんもいたんだ。
「ただし、今年は光輝くんにとっては、六連星入りがかかった大事な年だからと、代わりにと言いますか、槇島さんのサポートに積極的に入っていた人物が二人いたんです。ですが、今度はその二人が体調を崩してしまい登校出来なくなりました。そして、光輝くん一人の肩に全ての負担がのしかかっているのが現状です」
一華さんを支えようとした友人たちは、みんな一華さんを支えきれずに倒れてしまった。
それで今は光輝くんが一人でその役割を果たそうとしている。
「担任の先生はどういう考えなんですか? 一華さんのご家族は?」
「担任は特に介入するつもりは、ないようです。光輝くんさえ側にいれば、槇島さんは優秀な生徒ですから。同じく、槇島さんのご両親も特に何も考えは無さそうです。娘の体調が悪いからと、光輝くんに電話してくるくらいだそうです」
大人たちはそんな状況を見て見ぬふりしてるんだ。
光輝くんさえ頑張れば、上手く回るって?
光輝くんだって、一華さんと同じ、守られるべき生徒なのに。
「状況はだいたい分かりました。私、一度光輝くんと話してみます。樺山さんからお話を聞いた事は内緒にしますから。本当にありがとうございました」
「小春さん、くれぐれも深入りしないでくださいね。僕たちだって、二人のことを知らんぷりしていたわけではないんです。どうする事も出来なかったんです!」
樺山さんは、すがるように私の腕を掴む。
「ありがとうございます。気をつけますね」
それから私は、光輝くんと昼休みに会う約束を取り付けた。




