52.罰と罠
翌日の数学の授業終わり。
宿題ノートの回収中に、事件が起こった。
「私は143ページまでって言いました! 小春ちゃんが134と聞き間違えただけだよね!?」
数学委員の島原さんは、大きな声で私に詰め寄って来た。
順番にノートを回収して回って来た島原さんに、宿題の範囲を間違えてしまったから、放課後までにやって自分で提出しに行くと申し出たところ、彼女は怒ってしまった。
「どうした。桜坂は宿題をやって来ていないのか」
数学の先生も騒ぎを聞きつけ、こちらに歩いてくる。
「見てくださいよ、先生! ほら! 私は、クラスのグループチャットで、みんなに宿題の範囲を伝えました! それなのに、桜坂さんは途中までしかやってないって」
島原さんのスマホには『二年一組連絡用』のグループが表示されている。
そこには確かに、143ページまでと書かれていた。
「でも私、そのグループに入ってないから。それで、島原さんが口頭で教えてくれたんだよね⋯⋯?」
グループチャットの文章を見せられたところで、島原さんが言い間違えていない証拠にはならないけど。
しかも、私は自分からは、ひと言も彼女のせいだと言っていないのに。
島原さんは腹の虫が治まらないのか、ものすごい剣幕で睨みつけてくる。
「島原さん、先生、ごめんなさい。足りない分は昼休みに終わらせて、自分で提出しますから」
なんとかこの場を収めたくって、二人に向かって頭を下げる。
「仕方ないな。けど、担任の高畑先生には報告しておくぞ」
先生はさほど怒った様子もなく、教壇に戻っていった。
島原さんは、その様子を見て仕方なくといった感じで回収作業に戻る。
思わずため息をついたところで、樹くんがこちらを振り返った。
「ごめんね。グループに入ってないの気がつかなかった。高畑先生しかメンバー追加の権限を持ってないから、あとで確認したほうがいいかも」
樹くんは申し訳なさそうに、両手を顔の前で合わせる。
別に樹くんは悪くないのに。
お昼休みに宿題を提出し、ホームルームの時間。
予告通り、担任の高畑先生に宿題の提出遅れが伝わっていた。
「罰として、桜坂には体育科倉庫の棚掃除を頼む。その方が、どこに何があるか、覚えられるだろう」
高畑先生は、いいアイデアを思いついたとでも言いたげに、にっこりと笑いながら罰を言い渡したのだった。
「樹くん、どうしよう。今日の夕方は取材だったよね? 私の個人インタビュー、一番目だ」
今日のインタビューは、六連星チャンネルの日常回――いわゆる事件が何もなかった時に使うストック用だから、あまり先送りには出来ないんだよね。
今日は私と樹くんと海星くんの番なんだけど⋯⋯
「順番は一番最後にしてもらえるように頼んどく。最悪、陽太さんか冬夜さんに交代してもらおう。そもそも、あの倉庫はバカでかいから、見張りがいないなら、適当に1〜2段拭いて終わりにしな。どう考えたって、放課後一人で綺麗に出来る規模じゃないし」
樹くんは小声でアドバイスをくれた。
「ありがとう! 神様! 樹様! んじゃあ、さっさと終わらせてくる!」
掃除用具入れから雑巾を取り出し、体育科倉庫に向かった。
体育科倉庫は、グラウンドの隅にある建物だ。
重い引き戸をガラガラ開けると、土ぼこりの臭いがする。
窓はあるけど、位置が高すぎて、脚立でもないと手が届かない。
電気も一応つくけど、天井からむき出しの古い電球がぶら下がっているだけ。
棚の上にはユニフォームやボール、ラケット、コートに張るネットなど、様々な道具が収納されている。
床には、バレーボールやバスケットボールが入ったカゴ、高跳び用のマット、三角コーンなどが置かれている。
確かに、これを一人で綺麗にするには、一日では終わらなさそうだ。
棚の上の物を一度床に降ろし、濡らした雑巾を使って拭き上げる。
うわっ泥だらけだ⋯⋯
真っ白な雑巾があっと言う間に汚れてしまう。
なんだかここに来てから掃除してばっかりだよな。
十五分ほど経った頃。
秋になったとは言え、締め切った倉庫内は暑い。
もう、そろそろ終わりにしよう。
早くインタビューに行かないと。
雑巾片手に出口の方に戻る。
再び重い引き戸を動かそうとするも⋯⋯何故かうんともすんとも言わない。
どうやら私は、倉庫に閉じ込められてしまったみたいだ。




