51.分かれ道
米谷さんを失望させてしまった私は、肩を落としながら六連星の作戦会議室に向かった。
ディア能力が30も下がるなんて。
全くの無自覚無症状だし、管理が難しいんだな。
これからどうしたらいいんだろう。
休憩室の扉を開けると、そこには同じく肩を落とした光輝くんがいた。
「あ! 光輝くん! 聞きましたよ。光輝くんもディア能力が低迷気味だと⋯⋯」
光輝くんは、ぱっと顔を上げ、私の顔を見た。
その表情は結構、参っているように見える。
「『も』ってことは、小春ちゃんも? いつも安定してたのに、どないしたん? どこか悪いん?」
光輝くんは眉を下げながら、心配そうにしている。
「それが、ちょっと⋯⋯」
私は転校後、クラスで起こったあれこれを光輝くんに話した。
「なんやてー! その子ら、なんて名前? 兄ちゃんが懲らしめに行ったるわ!」
光輝くんは立ち上がり、腕まくりをする。
「ストップ、ストップ! 私の方は自分でなんとかしますから! お気持ちだけ⋯⋯ね」
なんとかなだめてソファに座ってもらう。
「それで、樹とは最近どうなん? 周りから嫉妬されるくらいラブラブなん?」
光輝くんは真剣な表情で尋ねてくる。
樹くんとラブラブか⋯⋯
残念ながら、到底そのような雰囲気ではない。
「ラブラブではないですが、友人としては特に問題ないかと! ただ、やっぱり今でも、樹くんのことを考えると胸がぎゅっと苦しくなって⋯⋯救護部の先生が言うには、推し疲れは⋯⋯」
完治に時間がかかる――と言いたかったのに。
「そうなんや。前に彼女にしたくないって言われたんが、よっぽどショックやってんな。かわいそうに」
光輝くんは慰めるように頭をポンポンした。
この胸の痛みは、樹くんの言葉で傷ついた後遺症でもあるのかな?
そうだ。私は一度、樹くんにアウトオブ眼中だと宣告されているんだ。
それなのに、周囲から牽制されて、意地悪を言われて⋯⋯
そう思うとこの悩みは理不尽で、私には無関係なものに感じられる。
「光輝くんのおかげで、ちょっとディア能力が回復したかもです。ちなみに光輝くんはどうしたんですか? 私でお力になれることがあれば、なんなりと!」
光輝くんも誰かとのトラブルなのかな。
「うーん。プライベートで、ちょっと色々」
光輝くんは詳しくは言いたくないのか、またしても、お茶を濁すような返答をしたのだった。
翌日の登校時。
靴箱を開けると、上靴の上に、二つ折りにされたメモ用紙が置かれていた。
『男好き。樹くんに近づくな』
メッセージはそんな内容だ。
はいはい、大丈夫ですよ。
メモ用紙を片手でぐしゃっと丸めて、ゴミ箱にポイッと捨てて教室に向かった。
その日の最初の授業は数学だった。
「それでは、今日の授業はここまで」
内容が多くて時間がギリギリになったからか、先生は焦った様子で授業を終わらせた。
今回は宿題は無しなのかな。
みんなもそのことに気づいたのか、ラッキーとのヒソヒソ声が聞こえてくる。
ここはあえて自分たちからは指摘しないという構えだろう。
誰も宿題については触れないまま、先生は教室を出ていった。
放課後。
掲示係の仕事で、廊下のポスターを貼り替えていた時のこと。
「小春ちゃん! 見つかってよかった〜! あのね、今朝の数学の宿題のことで伝えたいことがあって」
話しかけて来たのはクラスメイトの島原さん。
数学委員の子だ。
「先生、今日は授業終わりに宿題のこと言わなかったけど、やっぱり宿題出すんだって。他のクラスで授業をした時に、言い忘れたって思い出したみたい。122ページから134ページまでね」
なんと。今日は宿題なしのラッキーデーかと思ったら、そう甘くはなかったか。
島原さんもわざわざクラスメイト全員に声をかけて回っているのかな。
この調子では大変そうだ。
「島原さん、ありがとう! 122ページから134ページまでね」
復唱しながら、スマホのメモ帳にページ数を打ち込む。
「あと伝えてない子はいる? これから基地に戻るから、代わりに伝えておくけど」
「いや! あとは小春ちゃんだけだったから大丈夫! じゃあ、また明日ね!」
島原さんは笑顔で手を振り走り去っていった。
訓練を終え、帰宅後に早速、宿題に取りかかる。
一時間以上かかって、なんとか134ページまで、問題を解き終わったものの⋯⋯
なんだかページのキリが悪いな。
単元の終わりはもう少し先なのに。
海星くんはもう寝てるかもだけど、樹くんなら弁当の仕込みとかで起きてるかも。
連絡してみようかな。
でも、最近、迷惑をかけすぎてるし、近づくなって言われたし⋯⋯
もう夜も遅く、訓練でヘトヘトだったのも相まって、その日はそのまま休むことにした。




