47.転校生
九月。
二学期を迎えた今日、私は防衛高校に編入することになった。
スカイブルーのブラウスに、グレーのスカート。
青いチェックのリボンを着けて、寮の部屋を出る。
制服が、制服が、めちゃんこかわいい⋯⋯
基地の学校側の出口である通用口を出ると、樹くんと海星くんがいた。
「今日からよろしくお願いします!」
この度、クラスメイトとなる二人に頭を下げる。
転校初日で色々勝手が分からず不安だからだろうと、今日は一緒に登校してくれるとのことだ。
「よろしく。分かんない事があったら、なんでも聞いて」
「⋯⋯⋯⋯わくわく」
二人がいてくれて、どれだけ頼もしいことか。
防衛高校の敷地の隣には、防衛小学校、防衛中学校が併設されていて、高校の生徒の多くは小学校からエスカレーターで進学してきているとのこと。
つまり、心配するべきは、アウェー感のはず。
だったんだけど⋯⋯
「桜坂小春です! 護城高校から来ました。よろしくお願いします!」
始業式のあと、ホームルームが始まる前に時間を取ってもらい、新しいクラスメイトのみんなの前で挨拶をする。
ざっとクラスを見渡すと、樹くんや海星くんはもちろんのこと、大田原隊の明里ちゃん、隼司くん、湊くんなど、見知ったメンバーも多い。
ここに通う生徒の多くは防衛隊の隊員で、それはレンジャー本部だけでなく、管理本部で働く子たちも含まれるとのこと。
あとは、近隣に住む一般の生徒も多数在籍しているらしい。
「みんな、これからよろしくな! じゃあ、桜坂は出席番号が一番最後になるから、緑川の後ろで」
担任の高畑先生は、私の席を指さした。
ちなみに、白と青のジャージの上下を来ているこのお方は、体育教師とのこと。
樹くんの席は⋯⋯教室の奥の窓際の列の一番後ろだ。
指示された通りにその席に座ると、樹くんが振り返ってくる。
「やった! 樹くんの後ろだ! 色々とお世話になります! あと、快適なポジション奪っちゃってごめんね」
窓際の後ろ側なんて、最高に気を使わない憩いの場所だったはず。
「それは別に良いんだけど。前後なら何かとフォローも出来ると思うから」
樹くんはそう言って、前を向いた。
樹くんが、目の前に座っているなんて。
慣れないシチュエーションに、ほんの少しドキドキする。
髪の毛、茶色いな。
ふわふわしてて、柔らかそう。
襟足の髪が少しくるんとしてる。
そろそろ切り時?
彼に迷惑をかけないよう、私も早く、一人前の防衛高校生にならないと。
気合十分にスタートを切った。
そして迎えたお昼休み。
「小春ちゃ〜ん! 同じクラスになれて良かった〜!」
話しかけに来てくれたのは、マンティス型エイリアン討伐作戦で共闘した、石巻 明里ちゃんだ。
黒髪のロングヘアを低めの位置で、二つくくりにしている。
「明里ちゃん! やったよ〜! これからもよろしくね!」
両手の手のひらを合わせて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「こちら、坂元 保奈美ちゃん。中学の時からの親友で、大窪隊の所属なの」
明里ちゃんが紹介してくれた保奈美ちゃんは、黒髪ボブヘアのメガネの似合う可愛らしい女の子だ。
大窪隊と言えば、大田原隊と並ぶ規模の中級部隊だ。
「小春ちゃん、よろしくね」
保奈美ちゃんは顔の横でお上品に手を振る。
挨拶と簡単な自己紹介が済んだところで、お昼ご飯を食べることに。
「お弁当持ってきた? 食堂行かない? 樹くんと海星くんも!」
明里ちゃんは私に気を遣ってか、樹くんと海星くんの事も誘ってくれた。
「⋯⋯⋯⋯いく」
「俺は弁当だけど」
樹くんは保冷バッグを手に持って、食堂に向かった。
学生食堂に着くと、そこにはおしゃれなカフェのような空間が広がっていた。
真っ白な天井、おしゃれな照明に、ナチュラルカラーのテーブルとイス。
人気カフェのように、料理もお高いのかしらと思ったら⋯⋯
「きつねうどんが250円! 日替わり定食380円!? 安すぎる⋯⋯」
既に食事中の学生を盗み見ても、かなりの量が入っているようにお見受けする。
破格の値段で、育ち盛りの高校生のお腹を満たせるとは⋯⋯
みんなで日替わり定食を注文して、六人がけのテーブルにつく。
今日の定食はチキン南蛮だ。
「樹くんは? 樹くんのお弁当の中身はなに?」
タッパーの中身は⋯⋯冷やし中華!
錦糸卵に、ハム、キュウリ、ミニトマトが乗った彩りの良さ。
酸味がありそうなゴマだれの香りが、夏バテの時期にも食欲をそそる。
「樹くんってすごいね。自作のお弁当ってだけでも大変なのに、朝から冷やし中華を作ってくるなんて」
よっぽどうらめしそうに見ていたのか、樹くんは私の顔の前にタッパーを持ち上げた。
「このトマト、おいしいよ? 食べてみる?」
樹くんおすすめのミニトマトは、赤くてツヤツヤで栄養もありそう。
例えそうだとしても、抵抗感がある。
「私、原形トマトはノーサンキューというか⋯⋯ケチャップは好きなんだけどね」
皮は張りがあるのに中身はグニュグニュな食感とか、ちょっと水っぽい味とかが、あんまり好みじゃないんだよね。
「え? 小春ちゃん、トマト食べられないの? 子どもたちの憧れのヒーローなのに? 美容にも興味あるのに?」
「いや、だって、トマトはちょっと別格というか⋯⋯」
「俺がベランダで育ててるやつだから、甘くておいしいよ?」
ベランダで野菜を育てている男子高校生とかいるんだ。
一生懸命水やりをしたり、実ったトマトを収穫したりといった姿を想像するだけで、可愛く思える。
樹くんが育てたミニトマト、食べてみたいな。
でも、今までもお母さんや友だちに、『このトマトはフルーツみたいに甘いよ』と言われたけど、実際はそんな事なかったという経験が蓄積されている。
「うーん⋯⋯」
「ほら」
樹くんはお箸でミニトマトを掴んで、顔に近づけて来た。
「うっ⋯⋯じゃあ、いただきます⋯⋯」
覚悟を決めて口を開けると、トマトが口に転がり込んできた。
思い切ってプチッと噛むと、甘味が広がってくる。
「んー何故だろう。甘い⋯⋯」
「当然でしょ」
樹くんは、私がミニトマトを飲み込むのを見届けたあと、冷やし中華を食べ始めた。
「え! もしかして、小春ちゃんと樹くんって付き合ってるの!?」
明里ちゃんは両手で口を覆って、驚いたように言う。
「いやいや、全然そんなんじゃないよ! なんだろう。保護者って感じかな!」
「この子、ほっといたら野菜全然食べないから。ほら、俺って教育係じゃん? だから面倒見てるってだけ」
私も樹くんも、即座に否定した。
そんなこんなで食事を楽しんでいると、食堂の入り口がザワザワし始めた。
そのまま注視していると、騒ぎの中心人物が入って来た。
私たちの一学年上、高校三年生の光輝くんだ。
仲の良さそうな男子の先輩たちと、楽しそうに談笑しながら食堂に入ってくる。
その様子を見た女子たちが黄色い歓声を上げている。
さすが、恋人にしたい男ナンバーワンに選ばれた男。
当然、この高校の生徒の一部も光輝くんに投票したはずだもんね。
光輝くんは料理を注文する前に席を確保することにしたのか、キョロキョロと辺りを見回している。
顔がこちらを向いたタイミングで、身体を揺らしてアピールしてみると、彼は私たちに気づいてくれた。
「小春ちゃ〜ん! 今日から編入やね! どう? 防衛高校は?」
光輝くんは、にこにこしながら、私と樹くんの肩に肘を置く。
「最初は少し不安だったんですけど、みんなが良くしてくれるので、楽しい高校生活が送れそうです!」
「そう。それなら良かった。分からん事があったら、なんでも聞いて〜。勉強は微妙やけど、手の抜き方なら教えられるかも〜!」
光輝くんはいたずらっ子みたいに笑いながら言う。
「もう、光輝くんたら〜!」
ツッコミを入れると、彼はテヘッと舌を出したあと、そそくさと仲間の元へ帰っていった。
楽しい学校生活、順調な滑り出しだと安心していた。
けれども私は、またしても目立ち過ぎたみたいだった。




