44.エイリアンの狙い
砂場の上で尻もちをついた樹くんは、ズボンについた砂を丁寧に払い、トイレに手を洗いに行った。
その間、私は砂場の捜索を続ける。
「げ、素手で行くんだ⋯⋯」
トイレから戻ってきた樹くんは、信じられない物を見るような目で見てくる。
「あ! 今一瞬、あの三人組の言うことも正しいかもって思ったでしょ! ガサツなオスゴリラ型エイリアンだって思ったでしょ!」
「⋯⋯⋯⋯そこまでは思ってないから」
樹くんは再び枝で砂を探る。
「なんか、こうやってると懐かしい気分になるね。私も小学生の頃とか、良くここの砂場で遊んでたから。誰かが残したBB弾をひろったり、貝殻を探したり⋯⋯あとは、泥団子作ったり!」
小さい頃って、そういうどうでもいいものが宝物だったりするんだよね。
貝殻を見つけた時の感動と言ったら⋯⋯
「ごめんね。俺、そういう遊び方して来なかったから。あんまり共感できないけど。砂場で貝殻とか拾えるんだ」
樹くんは目を凝らしながら砂を観察する。
「昔、ここは海だったっていう説が仲間たちの共通認識だったけど、大きくなって調べたところ、砂場の砂自体を海底から持って来てる説が浮上して⋯⋯あった!」
1センチにも満たない、二枚貝の殻を発見し、樹くんの手のひらに乗せる。
「ほんとだ。あるじゃん。薄っすらピンクだ」
樹くんは少し嬉しそうに貝殻をしばらく見つめたあと、再び砂に埋もれてしまわないように、砂場の縁に置いた。
「あ、ごめん。潔癖なのに、普通に手の上に乗せちゃった」
「あ⋯⋯⋯⋯もういいや。後で洗う」
心の免疫がついたのか、樹くんは両手を砂場に突っ込んだ。
「樹くんは公園で何して遊んでたの? 私は、セミ取りとか、あとは、スターゼリーを探したりとか!」
「セミ取り!? 良くあんなの捕まえる気になるね? しかも、スターゼリーって何? 小春ちゃんの遊び方ってほんと謎」
樹くんは軽くカルチャーショックを受けているご様子。
「スターゼリーっていうのはね、宇宙からの贈り物だよ。ビー玉くらいの大きさの透明な球体で、ぶよぶよしてるの。UFOが現れた前後から、目撃情報が相次いでいて⋯⋯」
「あぁ、たまにネットニュースで話題になってるやつ? 芳香剤の中のビーズとか、園芸用のジェリーボールでしょ?」
現実主義の樹くんは、容赦なく真実を突きつけてくる。
「俺は公園とかあんまり行かなかったかな。習い事で忙しかったし。砂の中って結構冷たいんだね」
樹くんは少し楽しそうに笑う。
「習い事って何?」
「テニスと乗馬、ピアノとバイオリン、あとは語学とか」
次々と上がる習い事の例に、衝撃が走る。
ピアノはともかく、他の習い事をしていた友だちに心当たりもなく。
「もしかして樹くんってお坊ちゃまなのかな? そんな雰囲気出てるよね?」
「そうかな。一般家庭だと思うけど。親がそういうの好きだったから」
化粧品メーカーで働くお父様とお母様(たぶん美男美女)は、趣味までお上品なのか。
「そもそもエイリアンは、どうしてこの星に目をつけたのかな? しかも、世界はこんなに広いのに、上守城に!」
上守市周辺は、重要文化財となる遺跡が点在していて、それは護城市も含め、殿宮県全体に分布している。
古くは原始時代の打製石器が出土することもあるし、戦国の世には、何度も上守城は焼け落ちているとも聞く。
ここでは、何万年も前から人々が生活を営み、血と汗と涙を流してきたということだ。
けど、そんな事情をエイリアンたちが知る由もない。
「それは諸説あるみたいだけど、一つはここが盆地だからだってさ。山に囲まれた孤立した土地だと、侵略に好都合らしい」
「そうなんだ。確かに平地だと援軍も届きやすいのかも」
「あとは、上守城の外観が気に入った説? オクトパスの好みは、よくわかんないけど」
上守城の見た目と言えば、濃い灰色の瓦屋根で、壁は白く塗られている、よくあるタイプのお城だ。
シャチホコの代わりに、カエルが乗っているのは変わってるけど。
「殿宮県の面積と同じだけの大きさのあのUFOはさぁ、本気でこの星を乗っ取ろうとしてるのかなぁ? 本当はもっとたくさんのエイリアンが、あの中にいるんじゃないのかなぁ」
あのバカでかいUFOを作る技術があるのなら、何発か爆弾を上から落っことせば、この星は真っ二つに割れてしまう気がする。
それなのに、この四十年間、攻撃が止むことはないものの、兵士たちが直接降りてきて、返り討ちにすれば、しばらくインターバルがある。
「あのUFOの中ってどうなってるんだろう?」
「さぁね。ハチの巣かアリの巣みたいに、うじゃうじゃエイリアンがいるんじゃないの? 誰も入ったことないからわかんないね」
UFOを追い返すと目標を立てたものの、このままだと今までと同じ。
降ってくるエイリアンをただ倒すだけだ。
何か解決の糸口になればと思ったけど、砂場に埋まった手がかりを見つけることは出来なかった。




