43.くされ縁
樹くんと公園にたどり着くと、そこにいたのは、かつての空手仲間たちだった。
自販機の前で制服姿で、だべっている。
「おい。あれ、小春じゃね?」
「ほんとだ。レンジャーやってんぞ」
「ちゃんと仕事してんの?」
小太りで偉そうな健太、お調子者の大貴、すかした野郎の結人だ。
「あ! みんな! 久しぶり! 見てよ、この成長した姿!」
六連星のピンクの戦闘服を着ているので、ドヤ顔で自慢げに見せびらかす。
懐かしい顔ぶれに、嬉しさ半分、面倒な事になる予感半分だ。
「小春、お前さぁ、怪獣のくせにヒーローやってんのか?」
「ゴリラ型エイリアンだろ?」
「見たよ。ぶりっ子して写真なんか撮っちゃって」
三人は馬鹿にしたような口ぶりだ。
しかも、結人に至っては、お尻をペチンとはたいてくる。
「なっ! すぐそうやってバカにして! 私は精一杯やってるんだから!」
ムキになって怒ると、余計に彼らが調子に乗るのは分かってるのに。
小さい頃からの仲間なんだから、夢が叶ってよかったなとか、がんばれよとか言ってくれたっていいのに。
「レンジャーなら出世したんだろ? ジュースおごってくれよ!」
「昇格祝いだ」
「先に道場辞めた奴が、なんかおごる約束だったよな」
どうしてお祝いなのに、私がおごらなければならないのか。
道場を辞めたら何かおごるというのは、私たちの中で、弱音を吐いた仲間に喝を入れるためのお馴染みのセリフだ。
「もう! わかったから! ジュースおごるから、捜査に協力して。最近、この公園で何か不審な物を見なかった? よーく思い出しといて。学校の友だちにも聞いてみて、何か情報があったら私に連絡すること!」
自販機にスマホをかざし、飲み物を買う。
健太はサイダー、大貴はビタミンジュース、結人はコーヒー牛乳と⋯⋯
「樹くんは何か飲む? 前におごってもらったの、まだ返してなかったし!」
さっきから無言の樹くんは、怖い顔をしている。
「いらない。そんな気分じゃないから」
腕を組んだまま、顔を背けてしまう。
「そう? じゃあ、私はメロンソーダにしよ。はいどうぞ」
健太のサイダーの缶がたまたま少し凹んでいたのを、ゴリラが握りつぶしただのなんだの文句を言われながらも、気を取り直して三人に話を聞く。
「そういや、友だちがここで犬のエイリアンを見たって言ってたな。砂場の砂を掘り返してたって」
健太は真面目に協力する気になったのか、情報を提供してくれた。
「砂場か⋯⋯それは初耳だよね? やっぱり何か探してるのかな」
「わかんないけど、有力な情報だね。ご協力感謝します」
樹くんは健太に向かって、頭を下げる。
「これぐらいお安い御用ですよ。小春はガキの頃から、ガサツでオタクで可愛げのない女ですが、どうかよろしくお願いします」
健太は保護者気取りで樹くんに頭を下げる。
「ビシバシしごいてもらって大丈夫です! 身体だけは頑丈なんで!」
「最近、妙に色気づいてますけど、中身は男ですからね」
大貴も結人もひどくないかな?
とってもスネたい気分だ。
でも、この人たちは私がむくれてたって、からかうだけだし、泣いたりなんかしたら、ますますバカにしてくる人種だ。
せめてもの抵抗で、無言を貫いていると樹くんが口を開いた。
「みなさんと小春さんが気心知れた仲だというのは、よく分かりました。けど、それなら、さっきからこの子が傷ついた顔してるの、気づかないふりするの止めてもらっていいですか? では、俺たちは急ぎますんで。情報提供ありがとうございました」
樹くんは三人に向かって会釈した後、私の腕を引いて歩き出す。
三人はポカンとした顔していたけど、私は何も言わずに樹くんについて行った。
公園の隅まで移動し、チラリと後ろを振り返ると、三人は居なくなっていた。
樹くんもその事に気付いたのか、歩みを止める。
「樹くん、ごめんね? あの三人、強烈だったでしょ? けど、バカにされてたのは私だけで、樹くんに何かしたわけじゃないから⋯⋯」
「それはわかってる。けど、なんか、めちゃくちゃ気分が悪かったから。きっと、三人とも小春ちゃんのことが好きなんでしょ。それで牽制し合ってる内に、小春ちゃんのこと、けなすのが当たり前になってる感じ。小学生かよ」
樹くんは砂場にしゃがんで、その辺に落ちてた棒で、砂を突き回しながら言う。
「いやいや、幼稚園児の時からあの調子だから、好きってことはないよ。あの三人も好きな子にはもっと優しく出来るって! って言うか、もしかして樹くんは、私のために怒ってくれたの?」
その言葉に樹くんは、呆れたような顔でこちらを見上げた。
「はぁ? さっきの俺のセリフ聞いてた? 他にどういう意図があるわけ?」
確かにそれ以外の意図があるようには聞こえなかった。
そうかそうか。樹くんは私のモヤモヤを感じ取って、かばってくれたのか。
「樹くん。私、樹くんのそういうところが好き! 好き好き!」
ハイタッチしようと手のひらを見せると、樹くんも両手を挙げた。
ぱちんと手のひらを合わせると、勢いのあまり、樹くんは尻もちをつく。
「最悪。服が汚れたんだけど」
樹くんは怒ったような口調だったけど、向けられた笑顔は優しく見えた。




