36.王子様とお姫様
王子様のような光輝くんは、私の手をとったまま、ゆっくり顔を近づけてきた。
「小春ちゃん、可愛いすぎるわ。犯罪級やで」
前かがみになって顔を覗き込むようにして、上目遣いで私を見つめる光輝くんの目は、宝石みたいにキラキラ輝いている。
「犯罪級は大げさですけど、自分でもちょっと驚いています! これが桜坂小春のポテンシャルと美容スタッフさんの力です!」
力こぶを作るようにして、腕をぺちぺちと叩く。
「さすが小春ちゃん。俺、小春ちゃんのそういうところ好きやわ。けど、あかん。間違いなく可愛さナンバーワンや。暴動が起きてもおかしくないで」
光輝くんは真剣な表情でぶつぶつとつぶやく。
「もう、大げさな。本日はエスコート、どうかよろしくお願いいたしますね。王子様」
「もちろんお任せください。お姫様」
浮かれているのが丸出しな寸劇を演じてから、手を引いてもらい、控え室に入った。
そこでは既に、正装した四人がソファに座って談笑していた。
陽太さんはバーガンディーのスーツを着て、首元にはフリフリのクラバットを巻いている。
冬夜さんはチャコールグレーのスーツを、樹くんはエバーグリーン、海星くんはアイアンブルーを選んだみたい。
みんなもメンバーカラーの系統は守りつつも、原色は避けた模様。
いつもより大人っぽい雰囲気で、かっこいいな⋯⋯
「やぁ! 小春くん! これは驚いた。とても愛くるしいじゃないか!」
陽太さんは白い歯を見せながら、拍手を送ってくれる。
「似合うだろうとは思ったが、想像以上だな」
「⋯⋯⋯⋯かわいい」
冬夜さんと海星くんも褒めてくれる。
樹くんはと言うと、口を半開きにしたまま固まっていた。
「ねぇ、樹くん。どう? 似合う? すごいでしょ! これ、私なんだよ?」
何も言ってくれない樹くんに近づき、感想を強要する。
「まぁ、良いんじゃない? せっかくのドレスなんだから、生ヒーローたちに会えるからって、興奮して転ばないようにね」
樹くんはそっぽを向きながらも、優しい口調で言ってくれた。
こころなしか、耳が赤いような⋯⋯
彼なりに、ぎくしゃく感が出ないように、振る舞ってくれているのかも。
係の人が呼びに来てくれるまで、私と光輝くんもソファに座る。
なんとなくいつもと同じように、年上三人組と高二組に分かれて座る。
樹くんの隣に座った瞬間、ふわりと香りが漂ってきた。
これは、レモン・ライムの香り。
少し失礼して、樹くんの髪に近づいて匂いを嗅ぐ。
「やっぱり樹くんだ! いい匂いするね? ワックスかなぁ? いつもと違うやつ使ったの?」
すんすんと匂いを嗅ぐと、樹くんの顔はみるみる内に真っ赤になった。
「ちょっと! 何やってんの変態。こんな時に、ウィルにならなくってもいいから。今日って、コンプラ部の部長も来てるんだよね? あと、桜坂課長も」
樹くんは私を睨みつけながら、ヒソヒソ声を出した。
樹くんの愛犬ウィルなら変態じゃないはずなのに、私のことをコンプラ部に突き出そうとしているらしい。
しかも、今日のパーティーは本来なら部長職以上しか参加出来ないところを、娘の晴れ舞台だからと、人事部長が家のお父さんまで連れて来ているのだ。
「違うよ、今のはそう言う意味じゃなくって! 本当に好きな香りだったの! どこで買えるの?」
無実を証明しようと足掻くと、樹くんはふーっとため息をついた。
「つい最近、海外に行った友だちがくれたお土産。使うと薄っすら髪に色がつくから、ちょっと使ってみようと思って」
海外のお土産なら、私は買えないか。
少しがっかりではあるものの、確かに樹くんの髪は薄っすら緑色に光って見える。
「え! すごいね! グリーンだから髪もグリーンだ! おしゃれ上級者みたい! いいなぁ⋯⋯」
私も髪の毛をピンクに染めてみようか。
メッシュを入れるとかもありかも。
「⋯⋯⋯⋯俺も⋯⋯⋯⋯塗ってみた」
樹くんの奥にいた海星くんが静かに会話に入ってきた。
真剣な表情をしながら、髪の毛を撫でるようにしてアピールしてくる。
「あ! 本当だ! 海星くんもグリーンになってる!」
ブルーなのにグリーンを塗ったんだというツッコミは野暮なのだろうか。
「海星も青いワックスをもらってたのにね」
「⋯⋯⋯⋯持ってきてない」
海星くんはそれでも満足そうな顔をしている。
うん。樹くんとも普通に話せてる。
私はもう一つ大事な事を伝えるために、樹くんに耳打ちした。
「アトモの関係者がたくさん来るなら、もしかしたら桃葉さんの情報を集められるかも。チャンスがあったら誰かに聞いてみる」
その言葉に樹くんは少し驚いたような表情をした。
「確かにそうかもしれない。けど、本当にいいの?」
樹くんは念を押すように、耳打ちしてくる。
「うん、もちろん。だって約束したもん」
彼が気負わないように、にっこりと微笑んでみるも、出番が来たと呼ばれるまで、樹くんはずっと難しい顔をしていた。




