35.エスコート役
光輝くんに連れられ、作戦会議室に戻った私は、変な空気にしてしまったこと、席を空けてしまったことを謝罪をした。
「小春ちゃん、ごめん。俺、言い過ぎた」
樹くんもすぐに謝ってくれた。
「いえいえ! こちらこそ、ごめんなさい!」
こちらも頭を下げて、仲直りの握手をする。
けど、何故か私の胸は締めつけられたままだった。
これからプレミアムパーティーの話をするとのことで、陽太さんは一人一人に封筒を配った。
ラメが散りばめられた上質そうな紙で出来た封筒には、真っ赤なシーリングスタンプが押されている。
『You're Invited』の文字の下には私の名前が書かれている。
「パーティーの詳細だが、会場はグランドクラシック上守。人数は制限するそうだが、取材も入る。衣装は今週中に総務部に各自出向いて、試着まで済ませること。当日の集合場所と流れは招待状のとおりだ。今回のパーティーの主役は今代の六連星だ。僕たちは一歩下がった振る舞いをするのが好ましい」
グランドクラシック上守といえば、老舗高級ホテルだ。
パーティーの規模は相当気合が入ったものなのだと、想像がつく。
いよいよ、二週間後の6月23日には、今代の六連星は引退してしまう。
そして、翌日からは私たちが後を引き継ぐんだ。
「そうそう小春くん。今回のパーティーは西洋式だから、女性隊員や女性幹部にはエスコート役が必要なんだ。誰に依頼したいか、希望はあるだろうか?」
陽太さんの口から飛び出した、馴染みのないワードに首をひねる。
「エスコート役⋯⋯ですか。それってドラマでよく見る様な、腕を借りて階段を上り下りする的な?」
婚約者が別の女性に夢中になってしまい、エスコート役がいないからと、パーティー会場に入れずに困っている女性を、颯爽と現れた王子様系男子がエスコートして、婚約者たちをギャフンと言わせる⋯⋯というのが定番のはずだ。
「僕も詳しいわけでは無いが、概ねその理解で合っているはずだ。さぁ、小春くん。エスコート役を指名してくれ!」
陽太さんは右手で拳を作って胸に当てた。
エスコート役を指名する⋯⋯
順当に行けば、ここは陽太さんを選ぶべき所だろう。
もしくは最年長の冬夜さんとか?
教育係の樹くん⋯⋯は、ちょっと今は遠慮したい。
「じゃあ、陽太さ⋯⋯⋯⋯」
「ハイハイハイ! 俺! オレ! Olé!!」
陽太さんを指名しようとすると、光輝くんが両手を大きく振りながら、全力で存在をアピールして来た。
少し長めのサイドの髪が照明に照らされながら揺れて、キラキラと金色に輝く。
「え? ほんとですか!? じゃあ、光輝くんでお願いします!」
せっかくのご厚意に甘えないわけにはいかない。
ぺこりと頭を下げると、光輝くんは叫んだ。
「よっしゃっ! パーティー当日、小春ちゃんの隣は俺のもんや! よろしくー!」
光輝くんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ではみなさん、そういう事なんで! さぁ、小春ちゃん! 早速、衣装を選びに行こか〜!」
光輝くんは私の手を引いて、総務部に向かった。
「俺が彼女のエスコート役なんで、おそろい感を演出できるものにしてくださいね!?」
総務部の受付に着いた光輝くんは、カウンターにもたれながら、自分の胸に手を当て担当の方に交渉する。
それに対して、担当のお姉さんはカタログをめくりながら、微笑んだ。
「イエローとピンクの衣装は、それぞれご自分のメンバーカラーのページから選んで頂く事になります。ネクタイやポケットチーフ、アクセサリーやパンプスなどのアイテムで、おそろい感を演出して頂ければと思います」
にっこりと微笑むお姉さんに、二人しておぉ~と歓声をあげる。
広げられた二つのカタログをそれぞれめくって衣装を選ぶ。
主役は今代だから、あんまり目立つものは避けたいな。
パラパラとページをめくっていると、確約と書かれた付箋が貼られたドレスがあった。
これが今代が選んだドレスかな。
薄いピンク〜ショッキングピンクまでのグラデーションカラーの生地のもので、プリンセスラインの裾が広がったドレス。
間違いなく主役級だ。
では私は⋯⋯
「これにします!」
グレーがかったピンクのパーティドレスは、袖にボリュームがあるパフスリーブで、反対に裾には広がりのないワンピーススタイルだ。
胸元は露出を控えて、鎖骨は多少見える程度。
上品な色味だけど、シルエットは可愛いらしい。
「ええやん! じゃあ、俺はこれがいい!」
光輝くんが選んだのは、モスグレーに近い黄土色のスーツ。
顔立ちや髪型に華があるから、衣装と光輝くんのお互いの魅力がより引き立つのではないかと予想される。
「いいですね! 私、このシャンパンゴールドのパンプスにします!」
「んじゃあ、俺はピンク系のポケットチーフにするわ」
光輝くんはそう言って、シルバーに近い光沢感があるピンクのポケットチーフを選んだ。
そして迎えたパーティ当日。
グランドクラシック上守内に用意された衣装室に行くと、私が選んだドレスと小物が準備されていた。
美容担当のスタッフさんが、手際よくメイクとヘアセットをしてくれる。
こんな風にドレスを着るなんて、生まれて初めてだ。
目の前の鏡を見つめていると、みるみる内に自分が変身していくのがわかる。
「完成です! とっても可愛らしいですね!」
ミディアムヘアを、ゆるふわな雰囲気の低い目のアップスタイルにしてもらって、ピンク色のバラの飾りをつけてもらった。
耳にはピンクパールのイヤリングを、首元には同じくピンクパールのネックレスをつけた。
ファンデーションや、アイライン、アイシャドウに、マスカラに、チークに、口紅まで塗ってもらい、それっぽい雰囲気に⋯⋯
「えー! これが私〜!」
道着を着て汗だくになっていた、ゴリラと呼ばれた少女⋯⋯
それが今では、まるでプリンセスみたいに⋯⋯っていうのは大げさか。
「ありがとうございました! 行ってまいります!」
シャンパンゴールドのパンプスを履いて、慌てて部屋を飛び出した。
樹くんに見せなきゃ! 一番に樹くんに!
私たち六連星の待ち合わせ場所は、控室3!
⋯⋯⋯⋯ん?
どうして樹くんに見せないといけなかったんだったっけ?
衝動的に走り出したものの、ふと冷静になり、我に帰って立ち止まる。
樹くんに見せたところで、いったい何になると言うんだろう。
彼は私に対して内心呆れているというのに。
困った時はまず、教育係の樹くんに相談!の精神がこんなところにまで現れてしまったのだろうか。
自分でも理由がよくわからないものの、とりあえず移動を再開する。
何度目かの角を曲がった先に、一人の男性が壁にもたれながら立っていた。
遠くを見つめるようにしながら、静かに誰かを待っている。
「光輝くん⋯⋯?」
声をかけると、彼はこちらを振り向いた。
「小春ちゃん!」
黄昏れたような表情だったのが、徐々に笑顔に変わっていき、嬉しそうに私の名前を呼んでくれる。
いつもは後ろでちっちゃく髪を結んだハーフアップにしている彼が、今日は髪を下ろし、サイドを編み込みにしているみたい。
「小春ちゃん、今夜はよろしく」
恭しく手を取り、甲にキスをする。
その様はまるで、絵本の中から飛び出してきた王子様のように見えた。




