33.僕と恋を始めませんか?
樹くんから桃葉さんの話を聞いた数日後のこと。
あの日以来、樹くんはいつもと変わらない様子で日々を過ごしている。
そして私は、今、久しぶりにレッツゴーマートを訪れていた。
いつも食事は三食、食堂でとるし、日用品はネットで買うしで、あまり用がなかったんだけど⋯⋯
社用スマホのメールに、サンクスポイント交換期限のリマインドが来たので、そろそろ交換しようというわけだ。
それと、先日のマンティスとの戦いの後、大田原隊のみなさんからも頂いたみたいなんだよね。
「どれどれ⋯⋯⋯⋯」
売り場の隅にあるATMの様な機械で、サンクスポイント交換ボタンを押す。
サンクスポイントは、1ポイントで100円の価値があると。
そして、私の残高は、600ポイント。
内訳は樹くんが400ポイント、明里ちゃんたち第二班の三人と大田原隊長が50ポイントずつ⋯⋯って全部で6万円分!?
その値に驚いた私は、すぐに樹くんに電話をかけた。
「ちょっと! 樹くん! この前もらったサンクスポイント、今見たよ! 四万円分? やりすぎだよ!」
サンクスポイントの相場はよくわからないけど、貰いすぎという感覚自体は間違っていないはずだ。
「あのね、サンクスポイントっていうのは、贈答用ポイントが三ヶ月ごとに、50ポイントずつ与えられるの。それで、有効期限は二年間だから、400ポイントが保持限界MAXなの。だから、小春ちゃんに贈らなかったら、俺のポイント無駄に消失しちゃうじゃん。だから受け取ってよね。そういうこと。じゃあね」
一方的に説明され、こちらが何かを話す前に、ぷつりと通話は切れた。
つまり、明里ちゃん達は、今期に付与された最大限のポイントを私にくれたんだ。
そして、樹くんは二年分溜め込んだ分を一気に放出したと。
樹くんの理論だと、私にくれるのは50ポイントで良かったのでは?
でもこうやって感謝を形にしてもらえるのは、嬉しくもある。
それだけ樹くんも大田原隊のみんなも、私に感謝してくれたんだよね。
頂いたサンクスポイントは、この日一日では到底使い切れるものでもないので、一つだけ防衛隊グッズと交換することにした。
受け取ったサンクスポイントは、人に贈る事は出来ないそうなので、少しずつ有り難く使わせて貰うことにする。
リマインドのタイミングでポイントを使えば、消費期限が延長され、ポイントの失効はないとのことだ。
基地限定アトモちゃん(上級隊員戦闘服バージョン)を胸に抱いて、作戦会議室に戻る。
六連星のみんなは既に勢揃いしているのと、見知らぬスーツ姿の男性が座っている。
テーブルにお茶が出されているから、誰かのお客さんかな。
「お疲れ様です〜! あっ! 樹くん、ありがとうございました〜!」
スーツの男性に頭を下げた後、奥の方の壁にもたれながら立っていた樹くんにお礼を言う。
アトモくんの身体をフリフリして見せると、樹くんは壁にもたれるのを止めて、すくっと立ち上がった。
「まったく、そんなに幸せそうな顔して⋯⋯それで、お客さんは小春ちゃんに用があるんだってさ」
樹くんに背中を押され、急いでスーツの男性の前に戻る。
「申し訳ありません。私の事を待っていてくださったんですね。お待たせしました。それで、ご要件というのは⋯⋯?」
黒縁眼鏡をかけた十代後半くらいの男性。
黒い髪を七三分けにしている。
一言で言えば、癖のないプレーンなイケメン。
果たして、どちら様だったかな?
お会いした記憶はないけど⋯⋯
男性は椅子から立ち上がり、私の正面に立った。
手には何やら大きな袋を持っている。
後ろを向いて、ガサゴソと袋を漁ったあと、荷物を後ろ手に持ち、こちらに向き直った。
「ピンク⋯⋯いや、桜坂小春さん」
男性は、かしこまったように床にひざまずいた。
え? なになに? まさかの土下座!?
「いやいや、待ってください! 早まらないでください?」
男性の動きを制止しようとすると、彼は首を横に振り、私を見上げ、真っ直ぐに見つめてくる。
「桜坂小春さん、僕はあなたの事を好きになってしまいました。あなたの初めての恋の相手に立候補します! 僕と恋を始めませんか!?」
男性は顔を真っ赤にしながら、後ろに隠していた真っ赤な薔薇の花束をこちらに差し出した。
目の前の光景に、頭は真っ白になる。
誰? このお方は、いったい誰なの⋯⋯⋯⋯?
「⋯⋯⋯⋯えっと⋯⋯⋯⋯その⋯⋯⋯⋯お気持ちは大変嬉しいです⋯⋯⋯⋯それで、その⋯⋯⋯⋯まずは⋯⋯⋯⋯」
所属とお名前をと言おうと思ったその時、後ろからものすごい風が吹いた。
「はぁ? なにそれ。絶対にだめだから! だめに決まってるじゃん! 俺たちは今、大事な時期でしょ!? まずはお友達からとかもないから! スキャンダルになったらどうすんの!?」
それは樹くんが、ずんずんと近づいてくる過程で巻き起こった風だったみたいだ。
彼は怖い顔で私を睨みつけてくる。
「いや、別に私は、スキャンダルとかは⋯⋯⋯⋯」
あまりの剣幕にすぐに否定するものの、状況がつかめないまま、周囲は大騒ぎになる。
「⋯⋯⋯⋯悪霊退散」
海星くんは、お手入れ中だったダガーを仕舞うのも忘れ、手に持ったまま真顔で男性に近づいていった。
男性は恐怖におののき、床に手をつき、後退りする。
「おい、樺山。お前、ウチの小春ちゃんに手ェ出したら、どうなるんか、なんも分かっとらんようやなぁ?」
光輝くんは樺山さんに飛びかかり、髪の毛をうりゃうりゃとかき混ぜた。
「小春は俺たちの希望の光だ。浮ついた気持ちで近づいたというのなら、許さない」
冬夜さんもいつもの冷静さを欠いているのか、樺山と呼ばれる男性を囲む会に参加する。
「みんな! 落ち着くんだ! 本来、恋愛というのは個人の自由のはずだ。僕たちにはその権利を侵害することは出来ない! けれども、みだらなことだけは注意してくれ! 小春くんはまだ未成年だからな!」
陽太さんは声高らかに叫んだけれど、場の空気は鎮まらず⋯⋯
「あの⋯⋯とりあえず、教えて頂けませんか? どちら様です?」
「⋯⋯⋯⋯はぁ?」
六連星のみんなは、信じられないものを見る様な目でこちらを振り返った。
「小春さん、先走ってしまい申し訳ありませんでした。僕は樺山 真一、広報部の者です。その⋯⋯先日のアトモちゃんの中の人です⋯⋯」
みんなに締められた樺山さんは、萎縮しながら頭を下げた。
「え! あの時のアトモちゃん! そうか。そうですよね。アトモちゃんの中身って、生身の人間なんですよね。私ったら何か勘違いしていたみたいで⋯⋯」
私はいったい何をやっているんだ。
中の人がいるのも忘れて、あんなに堂々と恋愛相談をするなんて。
顔が見えない関係だったからこそ、何でも話せてしまったのに、いざこうやって顔を合わせると、気まずすぎて、どうしていいかわからない。
「それで、私の独白を聞いて、哀れな者に恋を教えてやろうと立ち上がってくださったと⋯⋯」
非戦闘部門の職員でもヒーローマインドは同じ。
その心根は優しさに溢れている。
「いえ、実は今月の機関誌での小春さんのお写真⋯⋯広報部の男子部員たちからは、かなり好評でして⋯⋯先日のアトモちゃんの中の人も、部内で壮絶な奪い合いが発生しました。その勝者が僭越ながら僕でして。あの、普通にファンです。あのまま出来ればハグ⋯⋯して欲しかったです⋯⋯」
樺山さんはどこかうらやましそうな目で、私の胸に抱かれたアトモちゃんを見つめる。
なるほど、話が見えてきたぞ。
「初恋はちょっと分からないですけど、ハグくらいならいつでも⋯⋯こんなんでよければ⋯⋯⋯⋯」
樺山さんの肩を抱きしめるようにして、軽くハグをする。
空手の試合終わりに、これくらいなら日常茶飯事だったから。
それに、各国の首脳同士だって、こんな感じで挨拶を交わすはずだ。
大した行為のつもりはなかったのに、樺山さんの顔は茹でダコみたいに赤くなってしまった。
前かがみになり、もじもじと俯いている。
「おいコラ、樺山ァ! それ以上は看過できへんでぇ! このムッツリ野郎が!」
光輝くんは樺山さんをポイっと部屋の外に放り出したのだった。




