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世界がキミに夢見ている!〜この星を守るピンクレンジャーの不器用な恋〜  作者: 水地翼
第二章:恋のはじまり?(六連星始動準備期間)
29/112

29.ピンクの初恋


 樹くんの買い物にくっついて行った日の夜のこと。

 結局あの後は、あまり長居はせずに寮に戻ってきて、解散することとなった。


 お風呂上がり、樹くんがくれた化粧水のサンプルを使ってみることにした。

 包装紙を破かないように丁寧に開けると、ピンク色のかわいらしいパッケージの小袋がたくさん入っている。

 

 なになに⋯⋯

 クレンジングに、洗顔に、化粧水、美容液、クリームに、日焼け止めまで。

 しかも化粧水に至っては、しっとりタイプとさっぱりタイプの二つも入っている。


 同じ物が三セット入っているから、つまり3日分ということだ。

 それに加えて口紅とアイシャドウのサンプルまで入っている。

 これが樹くんが言っていた、購入者特典なのだろうか。


 とりあえず本来の目的だった化粧水などの保湿系を使って、その日は寝ることにした。


 翌朝、半分寝ぼけた状態で洗面所にたどり着き、鏡を見たことで、一気に目が覚めた。


「え!? これが私!?」

 

 鏡の中の桜坂小春は、確かにアップデートされていた。

 

 自然派という言葉を盾に、何も手入れしてこなかったお肌が、まるで磨き上げられた珠のように光っている。

 人差し指で肌を押してみると、指で押された周囲の肌が光を反射して輝いた。

 これぞまさにツヤ肌リング。

 ヴェルヴェルのCMとおんなじだ。


「これは、すごいことになったぞ!」


 この肌を、あのお方にご確認いただくため、大急ぎで支度をして、部屋を飛び出した。


 六連星の作戦会議室に入ると、まだ誰も来ていない様子だった。

 さすがに早すぎたかな。


 時間はたっぷりあるので、更衣室で訓練用の戦闘服に着替えて、ソファで寛ぐ。


「おはよ。早いね」

 

 待ちくたびれた頃、扉が開いて入って来たのは樹くんだった。


 ちょっと寝不足なのかな?

 少し眠そうに見えるけど、この時を待ちわびていた私は、大慌てで立ち上がり、一気に距離を詰めた。


「樹先生! 昨日はありがとうございました! こちら、いかがでしょうか!?」

 

 ほっぺたを見せつけるように、指でつんつんしてアピールする。

 樹くんはゆっくりと、私の方を振り返った。


「へぇ、見違えた。いいじゃん。これからも使えば? 本格始動したら、ますます写真を撮られる機会も増えるんだし」


 樹くんは私の頬に手を添えるようにして、顔をぐっと近づけてきた。

 真剣な表情で、色々な角度からじっくりと観察される。

 見てくれとは言ったものの、そんな間近で見つめなくっても⋯⋯


 なんかいま、胸の奥が『トゥンク』って言ったような。


 樹くんって、こんなに背が高かったっけ?

 それに、こんなにかっこよかったかな?

 

「肌が透き通ってるから、赤くなるとすぐに分かるね」


 樹くんはいつかの私みたいなセリフを言った。

 口元が少しニヤけている。

 ⋯⋯⋯⋯からかわれた!


「ちょっと! そんな近くで見られたら恥ずかしいに決まってるじゃん! 例えそれが、昨日お店にいた、ビューティーアドバイザーのお姉さんだったとしても!」


「やっと自分がこの前、俺に何をしたか自覚できた? これに懲りたら軽率な行動は慎む事だね」


「うっ⋯⋯むぅ」


 ぐうの音も出ず、口をつぐむことしか出来ない。

 樹くんは、そんな私を勝ち誇ったような目で見下ろしてくる。


 睨み合いが続く中、今度は光輝くんが部屋に入ってきた。


「何? 自分ら、朝っぱらから喧嘩〜?」

 

 光輝くんは私たち二人を見て笑ったあと、すすすとこちらに近づいて来た。


 自然な流れで肩に手を置かれ、耳元で囁かれる。


「今日の小春ちゃん、いつも以上にかわいい。もしかして、恋?」

 

 光輝くんはそう言い終わると、顔を離してニッと笑った。

 光輝くんも気づくくらい効果があるんだ。

 それは嬉しいんだけど、なぜに⋯⋯恋?


「え? いえいえ! これには、しかけがありましてですね。実は昨日、樹先生と〜⋯⋯むぐっ」


 化粧水を使ってみた話をしようと思っただけなのに、何故か樹くんは私の口を塞いだ。


「駅前で化粧水のサンプルを配ってたから、小春ちゃんにあげたって話。目に見える効果があって良かったね。着替え終わってんなら、さっさと訓練に行けば?」


 ずんずんとドアの方に追いやられ、とうとう部屋から閉め出されてしまった。



 そんなこんなで、午前中の訓練をこなし、お昼ごはんを食べるために六人で食堂に向かった。

 

 各々の食事をお盆に乗せて着席したところで、陽太さんが口を開いた。


「明日は、護城市の広報誌のインタビューが入っているのはみんな知っているな? あちらとしては、地域を盛り上げて、転入者を増やしたい意図がある。一方、防衛隊(アトモ)としては、地域住民の安全をアピールし、組織への信頼をより強固なものにしたいという考えだ。質問に回答する際には意識して欲しい」


 陽太さんは、一人一人の顔を見ながら頷いた。


「広報誌のインタビューは例年、発足前の6月上旬と年始号の2回行われる。明日の記事は、来年度の入隊者の募集にも少なからず影響するだろう。入隊者が増えればアトモも、護城市もWin-Winだ」


 冬夜さんのお話によると、入隊者――特に他の市町村からの転入者が増えれば、国から護城市に支払われる『危険指定区域保全手当』が人数に応じて増えるので、市は財源を確保できるとのこと。


 さらに、市民たちが市内のお店等で物を購入するなど、消費活動が活発化するので、嬉しい効果があるのだとか。


「そう言えば、みなさんはどうして防衛隊に入ったんですか? 海星くん以外は、護城市に転入されたということですもんね」


 昨日も思ったけど、みんなどういう理由で防衛隊を目指したんだろう。

 ここ、殿宮県以外でもエイリアンの出没はゼロではないものの、遠く離れた地域の人からすれば、この場所は、わざわざ近づきたくない災いの元なはずだ。


 観光気分でUFOを見に来る人がいる一方で、殿宮がやられたら、次は自分の街だと危機感を持つ人も多いだろうけど⋯⋯


「僕は小春くんと同じで、幼稚園の頃からヒーローに憧れていたからだ! もし、UFOがいない平和な時代に生まれたとしても、国民を守るために、軍に入っていたと思う!」


 陽太さんはお箸を持っていない左手で拳を作って、前に突き出した。


「俺も俺も〜! 城西でも、アトモも六連星も大人気やったし!」


 光輝くんもヒーローに憧れた組なんだ。

 このお方も十歳の時に入隊したそうだけど、新幹線で移動しなきゃいけない距離なのに、よく親も許してくれたなぁ。


「俺はヒーロー活動に興味があったのもそうだが、保護者に楽をさせたいというのが大きかった。家は祖母が一人で俺を育ててくれたから。お陰で今では十分な仕送りが出来ている」


 冬夜さんは幼い頃に、両親を事故で亡くしたって言ってた。

 それで、自分を育ててくれたお祖母さんへの恩返しのために入隊したんだ。

 

「⋯⋯⋯⋯父親の方針」


 海星くんは、ぼそっとつぶやいた。

 

「そうなんだ。お父さんもアトモの関係者ってこと?」


 私の質問に海星くんは首を振った。


「⋯⋯⋯⋯あっちの国では⋯⋯⋯⋯十歳で⋯⋯⋯⋯兵士になる」


 そうか。海星くんのお父さんの出身国では、戦が激しいんだ。

 彼はその国には行ったことが無いと言ったけど、彼の戦闘中の動きとか、殺気の強さとか、他の隊員とはまた違うオーラのルーツを垣間見たような気がする。

 けど、双子の弟さんは、防衛隊には入らなかったのかな?



「俺は調べたいことがあって」


 最後に順番が回ってきた樹くんは、一言そう言ったあと、スプーンでチョップドサラダをすくって、口に入れた。


「調べたいこと? 研究ってこと?」


 十歳の少年が防衛隊組織に入って、調べたいこととはいったい何なのか。

 エイリアンの生態や謎の鉱石デザライト、神秘のディア能力について知りたいのなら、レンジャー部ではなくて、研究部に異動した方が環境が整ってそうだけど。


「樹は命の恩人のお姉さんに会いに来たんやんな? 初恋の!」


 光輝くんは樹くんの背中をバシッと叩いた。


「ゴホッ、ちょっと! 人がごはん食べてる時に叩かないでよ!」


 食べ物が気管に入ってしまったのか、樹くんは咳き込む。

 光輝くんはその様子を見て、慌ててテーブルに手をついて、頭を下げている。


「⋯⋯⋯⋯小一の頃、地元でエイリアンが出た時に助けてもらったの。それで」


 樹くんは光輝くんの発言内容自体は否定しなかった。


 そっか、樹くんには憧れのお姉さんがいたんだ。

 その人に会いに来るために、十歳から防衛隊に入った。


 そのお方が樹くんの初恋相手⋯⋯

 私には経験がない感情を樹くんはもう知ってるんだ。


 そのことに何故か一瞬胸が痛んで、一人だけ取り残されたような気分になる。

 

「そうだったんだ! そのお姉さん、めちゃくちゃかっこいいね!」


 胸のモヤモヤをごまかすために、努めて明るく振る舞う。


 けど、樹くんが最初に『調べたいことがある』と言っていたことは、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

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