25.被験体
ドキドキの個人撮影が終わったあと、研究部の米谷さんに呼び出されていたので、撮影会場を後にした。
みんなの撮影風景も見たかったけど、米谷さんには絶対にこの時間に来いって言われたし。
後ろ髪引かれながらも、研究部の扉をくぐった。
指定された部屋は、ディア能力開発室と呼ばれる部屋だった。
小さな部屋の中央には、人が横たわれる大きさの台が置かれていて、天井からは見慣れない器具やコードがぶら下がっている。
これって、SF映画でありがちな、エイリアンが人間を改造するシーンで出てくる手術室では?
まさか、お腹を開けられたり、変な機械を移植されたりして。
そんな恐ろしい想像が一度膨らみ出すと、なんだか急に現実味を帯びてきた気がして、身体がガタガタと震え出す。
そこに、カードキーを読み込むピッという電子音が鳴り、扉がウィーンと開いていく。
「やぁ! 小春ちゃん! 久しぶり! 元気!?」
部屋に入ってきたのは満面の笑みの米谷さんだ。
ただでさえ変わった人の印象が強い彼が、恐ろしいマッドサイエンティストのように見える。
「ちょっと! こんな部屋に呼び出して! いったい何をするつもりですか! 痛いことは嫌です!」
右腕をブンブン振り回して威嚇する。
すると、米谷さんに続いて、白衣を着た女性が入って来た。
あの制服は、救護部のものだ。もしかして、看護師さん?
「小春ちゃん! 僕が君と出会って、一ヶ月が経過したよ。だから、記念に採血をさせてもらおうと思って! ね!?」
まるで付き合った記念日みたいなテンションで言うけど、どうして米谷さんと出会って一ヶ月の記念に、私は血を抜かれないといけないのか。
言葉を失っている内に、看護師さんはテキパキと採血の準備を整えて行く。
「はい。ぎゅっと縛りますね」
あれよあれよと言う間に腕を縛られ、消毒された肘の内側がヒヤッと冷たくなる。
「え? 抜いた血は何に使うんですか? 説明義務は?」
よくわからない機械のタッチパネルを、浮かれた様子で操作する米谷さんの背中に語りかける。
「もちろん! 防衛隊の発展と宇宙の平和のためだよ! これは君にしか出来ない重大ミッションだ! ちなみにこれから毎月採血するから、そのつもりで!」
米谷さんはこちらを振り返ることなく、忙しなくタッチパネルを操作しながら、ペラペラと壮大な理由を語る。
「はぁ。まぁ。そういう事なら⋯⋯」
平和のためとか、私にしか出来ないとか、ヒーロー心をくすぐられるキーワードを出された以上、協力するしかあるまい。
「チクッとしますね〜」
看護師さんは、十本くらいある筒状の容器に、次々と血を取っていく。
健康診断でもこんなにたくさんは取られないのに⋯⋯
長い採血が終わり、気持ちの問題なのか、何となくだるさを感じる中、米谷さんは様々な機械に私の血液を投入し始めた。
よくわからない白い粉を混ぜたり、遠心分離にかけたり、顕微鏡を覗いたり⋯⋯
「小春ちゃん、ここ一ヶ月で、結構なストレスがあった? そこそこダメージが溜まってるね〜」
米谷さんは私を労るような事を言っているけど、その口調はどこか嬉しそうに聞こえる。
ストレスか⋯⋯
思い返せば、あやめ先輩にいたぶられ、マンティスとの戦いでは寿命を縮め、お母さんに叱られ⋯⋯
「まぁ、ストレスは色々あったと思いますよ? その原因の一つは米谷さんとも関係がありますよ。トレーニング施設の訓練場に、決闘モードってあるじゃないですか? あれって米谷さんが開発されたそうですね。あれを悪用した隊員がいて、痛覚感度十倍とかに設定されて、私、めちゃくちゃ痛い目に遭って⋯⋯」
あやめ先輩にいたぶられたあの日、樹くんと海星くんに、決闘モードの存在意義を聞いたところ、よくわからないけど、米谷さんが実装したと言っていた。
「あぁ、あれね! エイリアン討伐だけじゃ、だんだんと飽きて来ませんか? そこで! 対人戦もあった方が良いかなぁ〜って思って!」
米谷さんから語られたのは、ずいぶんとふわっとした理由だった。
「へぇ⋯⋯息抜きみたいなものですか?」
「そう。血気盛んな若者が集まる組織だから、気に入らない奴とは拳で語り合い、理解を深めましょう⋯⋯的な? とっても青春っぽいよね!」
下手くそなウインクを飛ばしてくる米谷さん。
あやめ先輩とも拳で語り合ったみたいなところはあるけど、組織ぐるみで推奨するのは、いかがなものか。
その後も検査は続き、ランニングマシーンで走っている時の身体の中を流れる電流を測定されたり、鼻がむずむずする変な気体を吸わされて、くしゃみを連発させられたり⋯⋯
「よし。データは揃ったみたいだ! 今日の所はもう帰っていいよ! 次の検査の日が近づいてきたら、また連絡するからね!」
米谷さんは検査結果の記録用紙を、嬉しそうに抱えて立ち去ろうとする。
「この苦痛な検査、またやるんですか?」
「もちろん! 宇宙の平和のためだから! ね!?」
米谷さんは私の操縦方法を理解しているらしい。
調子の良いことを言って、足早に立ち去ってしまった。




