22.助けてコンプラ部
新しく支給された戦闘服のファスナーが最後まで上がらないというトラブルに見舞われ、陽太さんと冬夜さんに確認してもらった所、それは壊れているのではなく、そもそもレールがないということが発覚した。
「え? こんな中途半端な所で終わりってことですか? だって、ほら、手を離したらこんな風に⋯⋯」
と説明しながら感じる妙な感覚。
胸元からみぞおちの辺りまで、涼しい風が通り抜けていく。
その違和感の正体を確かめるために、あごを引きながら自分の胸元に目線をやると、申し訳程度の谷間と目が合った。
「ぎゃー! こんなの私、絶対に嫌です! 無理無理〜! 想定外すぎます! こんな格好で戦ったら社会的に終了します! チェンジでお願いします!」
胸元はスースーするのに、顔と身体は燃えるように熱い。
これは余りにも恥ずかしすぎる。
私が叫んだのとほぼ同時に、赤と黒、二着の戦闘服のジャケットがはらりと宙を舞い、私の頭の上にばさりと覆いかぶさった。
「おい、陽太。今すぐ総務部に電話しろ、それとコンプライアンス部にもだ。さすがにこれは見過ごせない」
「小春くん、君は安心してくれて構わない。僕たちがきちんと話をつけるから」
頭から二人のジャケットをかぶったまま、コクリコクリと頷く。
「え? いったい何の騒ぎですか? ってか、何で陽太さんと冬夜さんは、上半身シャツ一枚?」
「ほんで、そこにうずくまってるのが、小春ちゃんってこと? 戦闘服気に入らんかったん?」
「⋯⋯⋯⋯泣いてる」
樹くん、光輝くん、海星くんが近づいてくる気配がする。
「今は近づくな。止めておけ。小春も更衣室に戻って、元の服に着替えるんだ」
冬夜さんが三人を追い返してくれたので、頭からジャケットをかぶったまま更衣室へ戻る。
そしてすぐに総務部とコンプライアンス部と、今回、私の戦闘服をデザインしたという開発部の方々が作戦会議室に集まった。
総務部から来てくれたのは、先ほど私にジャージを手渡してくださった音羽さん、24歳女性。
コンプライアンス部からご参加くださったのは、桑名さんという真面目そうな三十代前半くらいの男性。
なぜこの場に呼ばれたのか、戸惑っている様子から、冬夜さんが先走ったのだと察することができる。
そして、問題のデザイナーが、三十代後半くらいの二条さんという男性だ。
頭を焼きそばみたいなパーマにして、赤い縁のメガネをかけている。
「お問い合わせの件ですが、何が問題視されているかよく分かりません。制服規程に則ってデザインしましたから。ね? コンプラさん」
二条さんは腕を組みながら椅子にもたれ、隣に座る桑名さんに問いかける。
「そうですね。制服規程には、肌の露出範囲についても規定されています。詳細についてはこちらをご覧ください」
桑名さんがタッチパネルを操作すると、スクリーンに制服規程の文書ファイルが表示される。
そこに掲載された、男女の人体のイラストには斜線が描かれている。
その斜線部分を覆い隠すものであれば、問題がないとの記述がある。
「下半身に関しては、臍部から鼠径部を覆うものであること、上半身に関しては一般に流通するバストバンドで覆われる部分を隠すこととされています。戦闘服と共に支給されたブラジャー⋯⋯あれが戦闘服を着用した状態で見えないのであれば、問題はないと言うことになります。今代のピンクもこのくらいの露出具合かと思いますが」
淡々と語る桑名さんが、何のためらいもなくブラジャーと口にしたことに驚きを隠せない。
それは音羽さんも、六連星のみんなも同じだったのか、少し空気がざわつく。
確かに言われてみれば、今代のピンクは谷間の部分がハート型にくり抜かれていて、肌が露出している。
でもそれは、見せられるような立派なものをお持ちであることの裏返しなわけで⋯⋯
「規程上は問題無いと言うことは理解出来ました。でも、私は、ああいう格好はちょっと⋯⋯」
唯一の女性である音羽さんの影に隠れながら、二条さんに訴えかける。
「あのね。六連星の女性隊員は、昔からお色気担当って決まってるの。今さらそれが出来ないって言われても困るんだけど」
二条さんは苛立ったように、貧乏揺すりをする。
「あ! みなさん、特に桑名さん。今の言葉、聞きました? 上手く言えないですけど、今の時代、性的搾取? みたいなのを強要するのってどうなんでしょう? それに11代目六連星はイエローも女性でしたけど、胸元の露出はありませんでしたし、9代目はブルーも女性でしたけど、男性隊員と同じパンツスタイルでしたよ? 私はだまされません!」
前のめりになって二条さんの顔を覗き込むと、チッチと指を振られた。
「君、全然分かってないね。女性隊員の肌の面積が、そのまま売り上げに直結すんの。今回のデザインはその黄金比を忠実になぞった、計算し尽くされたデザインなの。あと、例に挙がった女性隊員たちは、ヘルシー担当だから良いの。9代目も11代目も、ピンクは谷間が見えてた。俺はだまされないよ」
二条さんは、にやりと意地悪そうな顔で笑いながら、ヒーロー豆知識を披露し、マウントをとってくる。
むむむ。これは一筋縄ではいかない予感⋯⋯
「不勉強で申し訳ないですぅ。でも私、どちらかというと、ヘルシー系の自覚があってぇ、そっち系で売り出したいんですぅ」
正面突破は出来ないと諦め、かわいい子アピールにきりかえる事にした。
髪の毛を人差し指にくるくると巻き付け、上目遣いで見つめる。
「歴代のピンクって、六連星の任期が終わったら、みんなすぐにタレントか女優になって、水着になったり脱いだりして、写真集出してるでしょ」
「ちょ! 確かにそういう人は多いですけど、私は違います! やりたくてやるのと、無理やりやらされるのとでは、全然違うんです!」
化けの皮は一瞬で剥がれ、いつもの調子で言い返してしまう。
二条さんは両手を上げて、肩をすくめた。
まるでやれやれとでも言いたげに⋯⋯
「お話は分かりましたが、本人が嫌がる事を強要するのは、我々のポリシーに反します。何とかならないでしょうか?」
陽太さんは二条さんに向かって頭を下げてくれた。
頼もしいリーダーの姿に胸がジーンと熱くなる。
「だめだね。これは上の決定でもあるから」
二条さんは断固として譲らない。
いったいどうしたら⋯⋯
「そういうことなら分かりました。では、私の代わりにこちらの五人の内、誰かが胸元を露出すれば、私は解放されると言うことですよね? 陽太さん、一生のお願いです。衣装を交換してください」
とうとう手札を失った私は、ここで生贄を捧げることにした。
陽太さんの前に立ち、深々と頭を下げる。
「なっ! 小春くん! それはさすがに⋯⋯すまない」
いつも真っ直ぐに私の目を見てくれる陽太さんが、今回ばかりは目を合わせてくれない。
「じゃあ、冬夜さん。さっきはジャケットを貸してくださいましたよね?」
「俺はそういうのは柄じゃないから」
冬夜さんはそれ以上は言うなとばかりに、手の平をこちらに向けた。
「じゃあ、光輝くん」
「え〜! さすがに俺もモテ路線で売りたいから、ちょっとそれはイヤやなぁ〜」
光輝くんは頭の後ろで両手を組みながら、明後日の方を見ながらへへへと笑う。
「じゃ⋯⋯じゃあ⋯⋯樹くん」
「はぁ? せっかく陽太さんが前に出てくれたのに、背中撃ってどうすんの? 気の毒だけど俺はムリ。他をあたって」
樹くんは怖い顔をしながら、あごで海星くんをさす。
「ということで、海星くんに決まりで⋯⋯」
恐る恐る海星くんの顔を見上げると、彼は眉一つ動かさずに私を見つめ返した。
「⋯⋯⋯⋯んー⋯⋯⋯⋯」
一考の余地ありと判断されたのか、小さく唸る声が聞こえてくる。
「海星はワンチャン行けそうやで! 小春ちゃん! 押せ! もっと押せ!」
光輝くんは、私の後ろに回り込んで、両肩を押してくる。
「お願い海星くん! 後生だから!」
手の平を顔の前で合わせて、必死で拝み倒す。
「⋯⋯⋯⋯俺の言うこと⋯⋯⋯⋯なんでも⋯⋯⋯⋯聞いてくれる⋯⋯⋯⋯?」
海星くんは真剣な表情で交換条件を出して来た。
「うん! なんでも言うこと聞く! だからお願い!」
海星くんの両手を握って頼み込む。
「おい! 俺は一言も許可してないぞ! 勝手に話をまとめるな!」
二条さんが立ち上がり、私たち二人の間を引き裂く。
「やだ! 絶対に着たくない!」
「あきらめて自分の役割を全うしろ! ピンクになりたくて、なったんだろ!?」
激しい言い争いの最中、先ほどからタッチパネルを操作していた音羽さんが、声を上げた。
「みなさん! ここをよく見てください! 但し書きがあります! 『※ただし、隊員が未成年の場合は特段の配慮を要する――』だそうです! 小春ちゃんはまだ十六歳ですから。ねぇ?」
みんなの視線がスクリーンに移り、その小さな文字を追う。
音羽さんが見つけてくれた、制服規程の但し書き。
未成年の権利を守るという、防衛隊の倫理がそこにはあった。
「はぁ⋯⋯本当ですね⋯⋯」
桑名さんは初耳だったのか、私たちと同じくらい驚いているご様子。
「音羽さ〜ん! ありがとうございます! 女神です! ここに女神さまがいらっしゃいます!」
喜びのあまり音羽さんに抱きつくと、背中をぽんぽん、頭をよしよししてもらえた。
「ていうか、桑名さん! しっかりしてくださいよ〜!」
最終的に私の怒りの矛先は、コンプライアンス部の桑名さんに向いたのであった。




