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112/112

112.番外編 君の誕生日④

 貸切クルージングの船内にて、音楽の生演奏を楽しんでいたところ、樹くんはピアノの前の椅子に着席した。


「まさかまさか⋯⋯」


 期待通り、樹くんは鍵盤にそっと指を乗せて、音を奏で始める。

 前奏で分かった。

 樹くんのソロ曲、『木漏れ日の下、咲いた花』だ。


 樹くんに楽曲を提供した、当時男子高校生だったアーティストは、私のキラスタの誤爆事件について語る樹くんの映像を見て、この曲を作ったと言っていた。


 BPM80くらいの、ゆったりとしたバラード。

 細くて長い指が鍵盤の上を時に穏やかに、時に力強く滑っていく。

 

 私がピアノを弾いてるところを見たいって何度もおねだりしてたから、とうとう願いを叶えてくれたんだ。

 

 演奏が終わると、フルートとサクソフォンの奏者の方も拍手をした。


「実は、みんなは昔、ピアノを習ってた時の仲間なんだよね。同じ先生から習ってて」


 立ち上がった樹くんは、順番にみなさんを紹介してくれた。

 だから急に樹くんが演奏するなんて言うサプライズに協力をしてくださったんだ。


「そうだったんですね! この度は素敵な演奏を聴かせて頂き、ありがとうございました!」


 みなさんにお礼を言い、せっかくだからとデッキに出てみることになった。


 

 船の上に出ると、まず目に飛び込んできたのは港町の夜景だ。

 建物の明かりと、それが映り込んだ水面がキラキラしていて、近くにある遊園地の観覧車が七色に輝いている。

 

「綺麗だね。これが100万ドルの夜景かぁ。海にも映ってるから、二倍の200万ドル? もう、最高に贅沢だよ⋯⋯」 

 

 こんな最高の誕生日を過ごすことができるだなんて。

 素敵なプレゼントに心が震えるのを感じる。

 夜の海上は冷えるからと、後ろから抱きしめてくれていた樹くんは、ゆっくりと身体を離して、カバンから取り出したものを私の方に向ける。


「小春ちゃん、お誕生日おめでとう」


 彼は青っぽい小さなジュエリーボックスをパカッと開いた。

 中身はゴールドの金具に、エメラルドグリーンの宝石がついたイヤリングだった。


「小春ちゃんの誕生石のトパーズ。『希望』とか『開花』とかって言う石言葉があるらしい」


 二つある11月の誕生石の一つ、トパーズ。

 ケースからイヤリングを取り出して、左右の耳に着けてみる。


「うん、よく似合ってる。綺麗だよ、小春ちゃん」


「ありがとう。大切にするね」


 まぶしいものを見るような目で見つめられ、照れ隠しに笑ってしまう。

 手がすーっと伸びてきて、指先でちょんと触れられると、宝石が揺れるのが分かる。

 

「んー⋯⋯くすぐったいよ⋯⋯」


 ふふふと笑いながらじゃれ合っていると、樹くんが何かを見つけたのか、急に目を見開いた。


「あっ、流れ星」


「え! どこどこ!?」


 彼が指差す方角には、いくつもの星が浮かんでいた。

 けれども、星にしては位置が低すぎるし、色もカラフルで、しかもあり得ない速度で移動している。


 無数の光は花火のような形になったかと思ったら、薔薇の花になる。

 そして、不規則な動きをしたかと思いきや⋯⋯


「なんて書いてあるんだろう。Will⋯⋯you⋯⋯marry me? え! 樹くん!?」


 夜空に浮かび上がった光り輝くメッセージは、誰から誰へ贈られたものなのか。

 恥ずかしい勘違いをしないように、樹くんの顔を見ると、その反応から察するに間違いなく樹くんが用意してくれたものらしい。

 流れ星かとおもったら、ドローンショーだったんだ。


「そんな⋯⋯樹くん、本当にスケールが違いすぎるよ⋯⋯」

 

 樹くんはその場で跪いて、今度は白っぽいジュエリーボックスのフタをパカッと開けた。

 ボックスの内側には高級ブランドのロゴが書かれていて、台座に輝くのはダイヤの指輪。


「小春ちゃん、必ず幸せにするから。俺と結婚してください」


 緊張のせいか、顔を赤くした樹くんは、真っ直ぐな瞳で私を見上げている。


 大好きな人に好きになってもらえて、一生を過ごしたいと思ってもらえる。

 それってどれだけ天文学的な確率なんだろう。


「はい! 喜んで! ありがとう! 樹く〜ん!」


 嬉しさ余って、がばりと抱きつくと樹くんはいつかの時みたいに尻もちをついた。


「ありがとう。これからもよろしくね」


 ぎゅーっと抱きしめながら、頭を撫でてもらう。

 愛しくて愛しくて、もっともっと近づきたくって、ほっぺをすりすりする。


「好き好き! 世界一! 宇宙一大好き!!」


 この日、私たちは星空の下、未来を約束し合った。





 冬を越え、もうすぐ春が終わる六月のこと。

 今日、私と樹くんは結婚式を挙げる。


 ホテル グランドクラシック上守にて、大勢の防衛隊関係者や友人、家族を招いての盛大な挙式及び披露宴が予定されている。


 私は今、ブライスルームで美容スタッフの方に支度をして頂いているところだ。


 純白のウェディングドレスは、裾が広がったAラインのもので、デコルテがきれいに見えるビスチェ型。

 胸元にはビーズがあしらわれていて、後ろから見ても繊細なレースが美しくって、一目ぼれしてしまった。


「新婦様、とってもお綺麗ですよ。新郎様もきっと、喜ばれますね」


 美容スタッフさんは、ニッコリと笑ってくださる。


「ありがとうございます。自分史上最高の姿です⋯⋯!」


 きれいにお化粧をしてもらって、髪もアップにしてもらって⋯⋯


 人生で一番きれいなのは、ウェディングドレス姿だと聞いたことがあるけど、少なくとも今までで一番輝いていると言っても過言ではない。


 お支度が終わった後は、ファーストミートというイベントが行われることになっていた。


 これは、新郎新婦がそれぞれ別の部屋で準備を整えた後、初めてお互いの姿を見せ合うセレモニー。


 本日、私たちがみんなの前で永遠の愛を誓うチャペルは、真っ白な天井と壁に、真っ白なバージンロード。

 ゲストに座って頂くイスを彩るのは、ピンクとグリーンの花だ。


 バージンロードの先には、既に樹くんが立っていた。

 広い背中をこちらに向けて、スタッフさんから、この後の挙式について説明を受けているみたい。

 彼が選んだのは、光沢のあるシルバーのタキシードだ。

 背も高いし、スタイルが良いから、既に様になっている。

 これでさらにお顔まで見てしまったら、心臓が飛び出してしまうに違いない。


「それでは、新郎様。新婦様からの合図で、肩をトントンされましたら、ゆっくり後ろを振り返ってくださいね」


 スタッフさんから案内があり、いよいよ、ファーストミートだ。

 樹くんの表情をフィルムに収めようと、カメラマンさんが近くで構えてくれている中、ふーっと深呼吸をして緊張をほぐす。


「いーつーきーくん!」


 トントンと肩を叩くと、彼はゆっくりとこちらを振り返った。

 この時向けられたまぶしい笑顔を私は生涯忘れられないだろう。

最後までお読み頂きありがとうございました!

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