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111.番外編 君の誕生日③

 11月26日、私は二十五歳の誕生日を迎えた。

 そして、今日、私は最愛の彼にプロポーズされる――予定だ。


 少しフォーマル寄りの服でということで、以前樹くんに贈ってもらったラベンダーカラーのワンピースを着て来た。

 樹くんはダークグレーのスーツ姿。

 車に乗せてもらい、やって来たのは樹くんのご実家がある千蔵県の栄えた港街だ。


「ここって、ドラマの撮影でもよく使われる場所だよね? そう言えば樹くんは役者さんとかには興味ないの?」


 演技の世界も厳しいだろうけど、声優さんとしての演技力は評価されていたし、何よりかっこいいし⋯⋯


「やってみないかってオファーはあったけど、広報部の部長には、俺の顔を見たら小春ちゃんが浮かんでくるから、本編のストーリーに集中出来ないでしょって笑われた」


「それはそれは⋯⋯嬉しいような、申し訳ないような⋯⋯」


 私と樹くんが交際していることは、キラスタ誤爆事件以降、誰でも知りうる情報なわけで⋯⋯

 樹くんがどれだけ演技を頑張ったとしても、私がチラつくのなら、作品を楽しめなくなってしまう。


 ただ、それほどまでにこの関係が公認なのだと思うと嬉しくもある。



 それからは、海が見えるレストランでランチをとることになった。

 水面に映る太陽の光が、柔らかくキラキラ光っている。

 そこを船が通りがかると、波のうねりが変わっていくのが面白い。


「あ、そうそう。父さんからも小春ちゃんへのメッセージが届いてたんだった」


 樹くんはスマホをこちらに向けた。

 『緑川家』と題されたグループは、樹くんのご両親と弟の峻くんの四人の会話が残されている。


 一番最新のメッセージは、樹くんのお父さんから届いた『お誕生日、おめでとうもろこし』と書かれた、可愛いキャラクターのスタンプだ。

 バースデーケーキに刺さるロウソクが、ヤングコーンになっているのも芸術点が高い。


「峻はデジタルお食事券を贈ってくれたし、母さんは二人で住む新居をくれるって言ってる。まぁ、気を遣うからいいって断ったけど」


 ん? 誕生日プレゼントに新居って言った? 

 自分の中の常識では考えられず、一瞬耳を疑う。

 

「新居って、住む家ってこと? 樹くんママ、壮大すぎる⋯⋯」


 樹くんのご家族とは、高校卒業前くらいに会って以降、良いお付き合いを続けてもらっている。

 

 お父さんはこちらが油断してる時に限って、一見分からないようにジョークを言うし、ママと呼んで欲しいと仰るお母さんは、美しすぎて年齢不詳だし、峻くんは毒舌と聞いていたけど、意外にも心を開いてくれたし⋯⋯


 樹くんと結婚したら、私も緑川を名乗るんだよね?

 家族が増えるって不思議な気分だなぁ。


「結婚したら今のマンションに私も引っ越していいの?」


「それでもいいし、今のマンションは売って、二人で一から探すのもいいかなと思ってる」


「そっか。けど、せっかくだから、私は今のマンションがいいかなぁ」


 そこから話題は、結婚後のことになった。


「結婚式はするの? するならお色直しは、ピンクとグリーンの服を着ようね!」


「今までの伝統だと、そうなるね」


 六連星同士の結婚式では、お色直しはメンバーカラーを着るのがもはや伝統だ。

 珊瑚お姉さまと朔太朗お兄さまの結婚式に招待された時も、そうだった。

  


「秋人くんも来てくれるかな?」


 双子の弟の秋人は、ドナーの方のおかげで、心臓移植手術を受けさせてもらい、現在はリハビリ中だ。

 

 彼は仕事も頑張っていて、テレビ電話を駆使して、カウンセラーとして活動している。

 秋人は聞き上手だし、自身が病気と闘っていた経験もある。

 私なんかとは比べ物にならないほど、自分の内面や人の心の機微と向き合ってきたから。


「秋人もきっと来てくれるよ! あと、騒がしいお母さんも⋯⋯」


 お母さんは秋人の手術が成功してからと言うもの、憑き物が落ちたみたいに精神が安定した。

 とは言え、口数が多いのは相変わらずだ。


「賑やかな式になるといいね」


 そんな話をしながら食事をとったあと、ちょっとおしゃれな恋愛映画を見る。

 

 そして夜、手を引かれてやってきたのは⋯⋯


「何これ! まさかの! クルージング!!」


 夕暮れに染まる船着き場で、私を待ち構えていたのは大きなクルーズ船。

 乗船口に他のお客さんが並んで居ないあたり、恐らくこれは貸切コース⋯⋯


「足元気をつけて」


 優しく微笑む樹くんに手を引かれ、夢の世界の入り口をくぐる。

 船内はレストランになっていて、これからコース料理が食べられるとのこと。

 そして、正面のステージにはフルートやサクソフォンを持った人たちがいる。


「もしかして、プロの演奏を聴きながらお食事できたり?」


 私の問いかけに樹くんは無言で頷く。


「どうしよう⋯⋯ゴージャスすぎる⋯⋯」 

 

 次々と運ばれてくる美味しそうなお料理に舌鼓を打ち、優雅な音楽に耳を傾ける。

 なんと贅沢で幸せな時間なのか。


 食事が終わった頃、急に曲の雰囲気が変わったかと思いきや、私たち14代目六連星のテーマ曲が流れる。


「かっこいい! アレンジ版も良い!」


 騒ぎすぎないよう、なんとか興奮を抑えながら最後まで聴き終わると、樹くんがおもむろに立ち上がった。

 彼はゆっくりとステージの方へ歩いていき、なんと⋯⋯ピアノの前に静かに座った。 

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