108.番外編 アイドルコラボpart2⑤
それから二ヶ月ほど経過したある日。
この日は久しぶりの休日だったので、樹くんのお部屋でまったり過ごすことにした。
ソファに並んで座り、彼の肩に頭を預けながら考えるのは、明日からのフローラルブーケとの合同練習のこと。
ゆりにゃんたちフローラルブーケの皆さんと最後に会ったのは、高級料亭での親睦会以来。
あの会では私自身は余りメンバーと話す機会は無かったものの、UFOに乗り込んだあと、みんなに献涙を呼びかけてくれたのは、他でもないフローラルブーケのみんな。
湧き上がってくるのは、言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちと、今回、自分が足を引っ張るのではないかという罪悪感だ。
「フローラルブーケとのコラボ、上手く行くかなぁ? バク転が成功した達成感で、すっかり忘れてたけど、私って重度の音痴だから⋯⋯」
せっかくみんなで一つのものを作り上げるのに、完成度が下がったり、最悪、炎上したりしたら⋯⋯
「小春ちゃんがプロのアイドルだったら、厳しいこと言われる可能性も否定できないけど、ヒーローとしてコラボに参加してるんだから大丈夫。歌唱力に爆弾を抱えてることは、プロデューサーさんにも報告出来たし」
樹くんは慰めるみたいに、頭を撫でてくれる。
優しい眼差しを向けられているけど、結構はっきりとダメ出しされたような⋯⋯
「小春ちゃんが一生懸命頑張ってるのは、みんな分かってる。それに、俺の目には小春ちゃんが一番輝いて見えるから」
キラキラの笑顔の緑川樹氏⋯⋯この人はいったい、いつからこういう甘い言葉をさらりと言うようになったのか。
甘いお顔立ちと、辛口なトークでバランスをとっていたのに、甘×甘になってしまったら、心臓がもたない。
とはいえ、樹くんが一番のファンでいてくれることが、何よりも勇気を与えてくれた。
翌日、いつも六人での練習に使用していたスタジオよりも、さらに広い部屋で十二人が一堂に会す。
「みなさん、改めまして、先日は献涙の呼びかけにご協力頂きありがとうございました」
フローラルブーケのみなさんに、感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
「そんな〜! 感謝したいのはこっちだよ〜! こはにゃん、帰ってこれて良かったね」
ゆりにゃんは、笑顔でぎゅーっとハグしてくれる。
ふわふわの女の子に抱きしめられて、いい香りもするし、心が安らぐ。
他のメンバーも口々に感謝の言葉をくれて、胸がジーンと熱くなる。
そんな最中、ゆりにゃんはハグした姿勢のまま、耳元でコソコソ話を始めた。
「こはにゃんと樹くん、あれほどまでにラブラブだったとは知らずに、ちょっかいかけちゃってごめんね。もう顔がダントツで好みだったんだよね。樹くん、私の誘惑にも全然なびかないし、こはにゃん一筋の良い男だっ♪」
ゆりにゃんはそう言って身体を離し、ニコッと微笑む。
ゆりにゃんも、私のキラスタの誤爆を見ていたのかも。
そして彼女はというと、現在、年下のイケメンアイドルとの熱愛が噂されている。
「ゆりにゃんもお幸せに!」
みんなには聞こえないくらいの小声で祝福すると、ゆりにゃんは嬉しそうにうなづいた。
十二人での合同練習は滞りなく進み、いよいよ本番である、音楽番組の撮影を迎えることとなった。
ステージの周りには、抽選に参加してくれ、当たりを引いたお客さん達が待機してくれている。
フローラルブーケの六人は、ギンガムチェックの制服風の衣装で、ミニスカートの裾がふわっと膨らんでいる可愛らしい格好。
対して、私たち六連星は戦闘服の騎士風デザインの別バージョンで、男性陣はスラックス、私はキュロットスカート姿だ。
戦闘服とは素材が違って薄くて柔らかいから、コスプレ感もあってテンションが上がる。
私たちが使うステージは、天井が高くって、背景にはたくさんの電飾が使われている。
カラフルなライトに上から下から照らされ、緊張しているのも相まって、身体が焼かれるように熱くなる。
「うわ〜緊張するね! 結局、本番までずっと流星くんのターンだったね!」
隣でスタンバイ中の流星くんは、怠そうに首筋を掻いている。
「本当に俺が出て大丈夫なのかよ。客たちにバレて責められるのは、ごめんだからな」
オールバックにヘアセットした流星くんは、腕組みをしながら表情を強ばらせる。
あれから海星くんの風邪はすぐに治ったらしいけど、途中から練習に参加しても足を引っ張るからと、辞退したらしい。
「確かに⋯⋯海星くんのファンのみなさんなら気づくかも⋯⋯けど、安心して! 万が一叱られちゃったら、一緒に謝ってあげるから!」
「そんな単純な話かよ」
海星くんらしからぬ、怖い表情の流星くん。
いよいよ撮影が始まると案内があり、会話を中断して前を向くと、私とゆりにゃんの間に、後ろからアトモちゃんが歩いて来た。
リハーサルでびっくりしたんだけど、アトモちゃんの中の人、すっごくいい動きをしてるんだよね。
ダンス用アトモちゃんは、動きやすいように素材とか、腕の長さとかが改良されているみたいだけど、中身はさすがに樺山さん⋯⋯じゃないよね?
曲が始まると、客席から歓声が上がる。
アップテンポの曲に、繰り返される隊形移動。
マイクをしっかり握りしめ、笑顔で歌う。
フローラルブーケのみんなは、さすがプロのアイドル。
振り付けと振り付けの間にも、ぷりっとしていると言うか、小さな揺れがあって、スカートやリボンの躍動感が目立つ。
そして樹くんは、サビ前の盛り上がりパートをまるまるソロで歌う。
安定の歌唱力に、圧倒的王子様感。
パフォーマンスする側の私まで鼻血が出そう。
二度目のサビの終わり。
フローラルブーケの六人は三人ずつに分かれて、ステージの左右で可愛く決めポーズをした。
その間、私たち六人とアトモちゃんは横一列に並び、一斉にバク転を決める。
きれいに着地したところで、黄色い歓声と雄叫びが聞こえてくる。
客席も最高に盛り上がってくれて、私たちのコラボは大成功に終わった。
達成感と感動で胸を焦がしながら、ステージを降りて、客席のみなさんの方へと向かう。
柵越しだし、時間は限られているけど、六連星ファンの方々との交流会の場が持たれた。
「最後のバク転、かっこよすぎ〜!」
「こうキング〜投げキッスして〜!」
「冬夜様〜! お疲れさまでした〜!」
「陽太くん! こっち見て〜!」
「いつきゅん、歌上手〜!」
「こはちゃん、感動をありがとうでござる〜!」
みなさんの声援に応えながら、ふと違和感を覚える。
海星くんファンのみなさんが、今日は静かなような⋯⋯
戸惑う様子の彼女たちの姿に、流星くんは気まずそうに苦笑いしている。
そこに、アトモちゃんが両手を振りながら登場した。
「わー! アトモちゃーん!」
国民的人気マスコットキャラの座を手に入れたアトモちゃんは、声援を受けながら、小走りで私たちの前に立った。
そして、あろうことか自ら頭を外してしまう。
「ぎゃー! 中身が見えちゃう!」
慌てて隠そうと前に出ると、その正体は驚きの人物だった。
「え! 海星くん!?」
観客のみなさんからも戸惑いの声が上がる。
「え? アトモちゃんの方が海星くんだよね? ってことは、さっきまでパフォーマンスしていたのはそっくりさん?」
会場がざわついて来たところで、海星くんから種明かしがあった。
「⋯⋯双子の弟の流星⋯⋯みんなに自慢したかった⋯⋯騙してごめんなさい」
海星くんはブルーのアイテムを身に着けた、『ダイバー』と呼ばれるファンのみなさんに向かって頭を下げた。
呆気に取られていた流星くんも、慌てて海星くんの隣に並んでぺこりと頭を下げる。
しばし沈黙が流れ、このまま会場が不穏な空気に包まれてしまうのかと思いきや⋯⋯
「なんだ〜! 今日の海星くん、何か雰囲気違うなーと思って、心配しちゃった!」
「弟の流星くんもかっこいい〜!」
「ほんわか海星くんと、キリッと流星くん、どっちも性癖に刺さる〜! 双子で推す!」
ダイバーのみなさんは、二人を責めるどころか、歓迎ムードだ。
元々が謎の多い存在だった海星くんだから、ファンの皆さんの適応力も高いのかもしれない。
「ほんま、この兄弟はハラハラさせてくれるで!」
光輝くんは安心したように笑いながら、二人の肩に腕を回す。
「最悪、謝罪会見も覚悟したが、丸く収まったな」
冬夜さんは、陽太さんの肩をポンと叩く。
「あれ? もしかして、みなさんも気がついていたんですか?」
その反応から察するに、こうなることも予測していたような⋯⋯
「ダンスレッスン初日から様子がおかしかったし。俺たちも長い付き合いだから」
樹くんはホッとしたように笑った後、その輪に加わる。
「防衛隊の六連星は元来、六人で1チームだが、夜空に輝くプレアデス星団は6〜8個の星が見えるそうだ。この際、流星も加入するのはどうだろうか!?」
陽太さんの提案の影響か、それ以降も海星くんと流星くんは、入れ替わったり、同時に現れたりと、新たな驚きを提供してくれたのだった。




