106.番外編 アイドルコラボpart2③
カラオケでの特訓から約一ヶ月が経過した頃。
あれから二回ほど樹くんと二人でカラオケに行ったものの、私の音痴は改善することなく、歌のレッスンに突入した。
私の歌を聞いた今回のコラボのプロデューサーさんは、あえてこのまま行こうと言い出し、ただし、私が単独で歌うパートは少なめに、ということで話は落ち着いた。
そしてこの日は市内のダンススタジオで、六人でのレッスンを受ける日だった。
壁一面が鏡になった部屋にジャージ姿で集まる。
「ハ〜イ! 六連星のみなさ〜ん! 素晴らしいパフォーマンスを作り上げましょうね〜!」
フローラルブーケ専属振り付け師のシナモンさんは三十代くらいの男性で、目元にばっちりメイクをしている。
ダンサーらしく筋肉質な身体つきで、大きな拍手をしながら、空気を盛り上げてくれる。
よろしくお願いしますと頭を下げ、レッスンに参加した。
今回の曲は、このコラボのために新しく作られたもので、BPM180のアップテンポな青春応援ソングだ。
イントロからリズムに合わせてジャンプをし、足を高く上げたり、くるくる回転したり⋯⋯
今回のコラボにはアトモちゃんも参加するからか、テーマパークのキャラクターショーの雰囲気がある。
本番ではフローラルブーケ六人+六連星六人の十二人体制だからか、隊形移動も多い。
「ここの振り、メンズたちは脚をしっかり伸ばして〜! こはちゃんは内股気味で、膝曲げて〜!」
シナモンさんは男女のパターンの違いも丁寧に教えてくれる。
「メンズたち〜! 後ろ体重で、しっかり膝使って、胸反らして〜! こはちゃんは前体重でお尻が後ろね〜!」
女性アイドルの振り付けをずっと手掛けて来られたシナモンさんだけど、同じ振り付けでもほんの少しの仕草の違いで、男らしくすることもできるんだ。
私は残りの五人に合わせてしまうと、ワイルドな動きになっちゃうから気をつけないと。
陽太さんは満面の笑みで、光輝くんはこなれた感じに、冬夜さんはシナモンさんの動きを忠実に再現する。
樹くんはというと、だるいと口では言いつつも、真剣な表情で取り組んでいる。
すらりと長い手足。しなやかな動き。かっこよすぎるんですけど。
そして意外にも、海星くんはバテ気味?
俊敏さでは彼の右に出る者はいないはずなのに、なぜか動きに普段ほどのキレがない。
「みんな、いい感じ〜! じゃあ、一旦休憩を挟んでから、サビの振りやろうね〜!」
シナモンさんが手を叩くと、みんなはスイッチが切れたみたいに床に座り込んだ。
「くぁ〜! キツすぎぃ〜! 体力には自信あったのに〜!」
光輝くんは脚を前に投げ出し、天を仰ぐ。
「そうは言っても、上手じゃな〜い! こうキングはダンス経験者かと思っちゃった!」
シナモンさんはお姉さん座りをして、私たちの輪の中に入った。
光輝くんは、こういうのは何でも器用にこなしちゃうもんね。
「光輝は流石だが、海星は今日は元気がないみたいだな。お腹でも痛むのか?」
輪から外れたところに座り込む海星くんに、陽太さんは優しく声をかける。
「⋯⋯⋯⋯別に⋯⋯⋯⋯普段通り」
しかし、海星くんは素っ気なく返事をした後、部屋を出ていってしまった。
「なんかあいつ、様子がおかしくないですか?」
樹くんは心配そうに出口を見つめる。
確かに、なんだかいつもよりツンケンしている気がする。
気が立っているというか⋯⋯
「あ、私、自販機に行きたいんですよね。ついでにチラッと様子を見て来ます」
スマホを手に取り、部屋を出る。
すると、彼も飲み物を買いたかったのか、一足先に自販機の前に立ち尽くしていた。
背後の柱の陰に隠れ、様子を伺う。
けれども彼は一向に飲み物を買おうとしない。
と言うか、スマホ決済に苦戦している?
「海星くん、大丈夫?」
見かねて声をかけると、彼はこちらを振り返った。
その顔を見て、一瞬、思考が停止する。
「え⋯⋯? 海星くん⋯⋯じゃないよね? 流星くん⋯⋯だよね?」
図星を突かれたからか、彼は気まずそうに顔を背ける。
「海星が熱だして寝込んでるから、俺が代わりに来た。普通に休めば良いだろって言ったら、これも楽しい思い出になるとかなんとか言いやがって」
ダンスのレッスンに夢中になっていたせいで、全然気が付かなかった。
この双子はいつの間にか入れ替わっていたんだ。
この人はアギルのUFOの中でプリンスと呼ばれ、戦闘には直接参加してなかったみたいだから、きっと海星くんみたいに人間離れした動きはできないんだよね。
「海星くんは気の毒だけど、ちょっぴりワクワクするね! みんな、いつ気がつくかな? 実は入れ替わってましたー! ジャジャーン! おお〜!ってなるかな?」
同じ双子でも、私と秋人は性別や病気のこともあって、入れ替わろうなんて、考えたこともなかった。
テレビ番組のドッキリみたいなことが、目の前で起こっている事実に高揚感を隠せない。
「別に。入れ替わりに気づいて反応するのはお前くらいだろ。他の四人とは親しくも何ともないからな。今さら馴染めるとも思えないし、馴染む気もない」
流星くんは無事にスポーツドリンクを購入すると、怠そうにベンチに腰かけた。
言葉ではそう言うものの、その横顔はどこか哀しげに見える。
これは想像でしかないけど、海星くんが流星くんに入れ替わりを提案したのは、きっと弟かわいさゆえなんだよね。
でも、当の流星くんは、気まずさを感じていると。
しばらくの間、並んで座ってお喋りしたものの、何と言葉をかけていいか分からず、なんとなくしんみりとした空気のまま、部屋に戻った。




