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19 貴族令嬢の嗜み

 慌ただしく将軍が去っていった。


 私は知らずに知らずうちに緊張していたようでなんだか疲れてしまい、ケインに言って先に休ませて貰うことにした。


 部屋に戻るとしょんぼりしたメイが待っていた。


「どうかしたのメイ。」

 いつもと違い項垂れた姿のメイに私は動揺した。


「いえ、ちょっと情けなくなっただけですから気にしないで下さい。」

 メイはそう言うと手にタオルを持って浴室に私を促した。


「さあ、お湯が冷めてしまいます。お手伝いしますから入浴しましょう、お嬢様。」

 メイはテキパキと準備すると私をお湯に入れ、とてもいい香りのする石鹸で洗ってくれた。


「メイ。」

 私はメイの何か話かけるなオーラを無視して何度か話しかけたがいつもと違いメイが本音を話すことはなかった。


 メイは湯から上がった私を手早くタオルで拭くと、身支度を手伝い寝室を出て行こうとした。


 私は思わず、メイのドレスのスカートを手で掴んでいた。


「お嬢様。」

 メイは困った顔で私を見た。


「何があったの。他の使用人に何か言われた。 誰かのイジメにあった?私じゃ力になれない、メイ!?」

 私は必死にメイに問いかけた。


 メイは溜息をついてスカートを掴んでいた私の手を離させると、近くにあるソファーに私を座らせ直ぐ隣に腰かけた。


 メイは意を決して私に話し始めた。

「先程、お嬢様とケイン様の婚約のことを他のメイドさんから聞いたんです。それでなんでお嬢様はそのことを私に話して下さらなかったのかと考えているうちに、とても落ち込んでしまって・・・。」

 メイは申し訳なさそうに私を見た。


「メイ、ごめんなさい。私、そんなつもりで話さなかったわけじゃないの。自分でも良く分からなくって、それで逆にメイになんて話していいかがわからなくなって。

 だからメイに隠し事するとか、そういうことではなかったの。本当よ。」


「お嬢様。」

 メイはびっくりした顔で私を見た。


「お嬢様。おじょうさまはケイン様のことがお嫌いなのですか?」

 メイは真剣に聞いてくる。


「えっと、嫌いではないと思うんだけどいろいろ有り過ぎて、自分の気持ちが良く分からなくって。

 それにケイン様になんか言われたり、特にキスなんかされると、頭が真っ白になっちゃって、どうしていいか、まったく分からなくなってしまって・・・。」


「お嬢様。」

 私はメイに今の不安な気持ちを打ち明けた。


「私は他の人と違って平凡な顔だし、これといって何か他の人よりとても魅力があるわけじゃないって自覚があるから、なおさら信じられなくて。」


「お嬢様には自覚がないようですが、お嬢様は他の令嬢方よりも、なんばいも何倍も魅力的です。」

 メイは拳を握って力説する。


「えっと、メイ。それは身内のひいきめって、いうのじゃない。」

 私はメイの力説する姿になんだか非常に不安を覚えた。


「あのーメイ。」


「お任せ下さい、お嬢様。お嬢様の不安は、このメイが必ず解消して見せます。明日は確か仕立屋が来る日でしたね。このメイが来る婚約発表の舞踏会と結婚式の為に、力の限りお嬢様の魅力を引き出して見せます。」

 メイは固く握った拳を上げると気合入れた。


 そして、私の肩をガシッと掴んむ。

「このメイに全てお任せください。」


「えっ・・ええ、メイ。」

 私は肯定の言葉以外、何も言えなかった。


 メイは先程までの落込みようはどこへやら、元気いっぱいになると不敵な微笑を残して、私の寝室を出て行った。


 なんだか今日は本当にほんとうに疲れる一日だ。


「もう何も考えずに寝よう。」

 私は布団に入ると眠りついた。


 その夜はそれ以上は何もなく過ぎていった。


 チュンチョン チュンチョン チュンチョン


 チュンチョン チュンチョン チュンチョン



『なんだか鳥の鳴き声がうるさい。それにウーン。なんだかすごく眩しい。』


「おはようございます。お嬢様。」


 私がボウとしながら目を開けると窓からの光に目を瞬いた。

「おはよう、メイ。今日は早いのね。」


「はい、ドレスの仕立てもありますし、早く起きてお食事をなさいませんと、食事抜きになりますよ。お嬢様。」


「そうだった。」

 私はメイに手伝って貰って慌てて着がえた。


 私が着替え終わると、メイが小鳩便で、今朝、届いた手紙を差し出てきた。

 私は慌ててその手紙を読む。


「お嬢様?」


「吉報よ、メイ。」


「きっぽうですか、お嬢様。」

 私は手紙をメイにも見せた。


 手紙はメリンダとセバスチャンからのものだった。

 二人にはあの後、他の砦跡で発生したはずの魔獣がどうなったのかの調査を依頼しておいたのだ。


 どうやって一つにまとまったのかは不明だが、王都で暴れたあの強力な魔獣は、三か所の砦跡で発生した魔獣が寄り集まって出来たものだと知らせるものだった。


 これでこの先、魔獣にこの王都が襲われる心配がなくなった。


「良かったですね、お嬢様。」


「ええ、これで王都の市民も不安なく生活を送ることが出来るわ。」


「さっ、お嬢様、安心したところで着替えを手伝いますから食事にいきましょう。」

 メイは胸元から裾にかけて、濃い赤から淡い藍色へと変わるドレスを私に着せた。


 いつもはもっとシンプルなデザインのものなのに。


「あの、メイ。このドレスは?」

 私はドレスの裾を持つとメイに問いかけた。


「うーん、後は今日、仕立て屋に言って、もっとお嬢様の体型にピッタリあったものを頼まなくては。」


「メイ?」

 メイには私の声が聞こえていないようだ。


 メイは私の問いかけを無視すると強引に椅子に座らせる。

「お嬢様、真っ直ぐ前を見ていて下さい。」


「は、はい。」

 私はメイの命令口調に背筋を伸ばして答えた。


 メイは真っ直ぐ前を向いた私の顔を見ながら複雑に髪を結い始めた。

 数十分でいつもとは違う、私になっていた。


「では食事に行きましょう、お嬢様。」

 私はメイに促されて食堂に向かった。


 食堂ではすでにケインが座っていて、湯気が立ったコーヒーを飲んでいた。


「おはようございます。」

 私の声にケインが顔を上げた。


 瞬間、ケインがびっくりした顔で私の全身を見る。


 やっぱりいつものドレスの方が良かっただろうか。


 私が不安に思っていると、ケインが座っていた椅子を立って、私の傍にきた。


「おはよう、レイチェル。今日は一段と美しいね。」

 ケインはそう言うと、私の手を取ってキスをし席までわざわざエスコートする。


 頭が真っ白になりながらも、私は思わずメイをチラッと見た。

 メイは当然だという顔でいる。

『本当にケイン様は私がきれいだと、思っているんだろうか。』


 私が不安に思いながら見ていると、いつのまにか目の前にはおいしい食事が置かれていた。

 反射的に食べ始めると、あっという間に食事は終わっていた。


『あれ、なんか忘れていることがあったような。そうだ。今朝の小鳩便のことを知らせないと。』


 私はコーヒーを飲み終えて、今にも席を立ちそうなケインに声をかけた。


「あの、ケイン様。」


「なんでしょうか、レイチェル。」


「余計なことだとは思ったのですが、さきほどメリンダとセバスチャンに調査を依頼していた件の回答が来たんです。」


「何の調査ですか?」


 私はメイに視線で、先程の小鳩便の『手紙』を渡してくれるように合図した。

 メイはうなずくと手紙をケインに渡す。


 ケインは渡された手紙を見て、目を瞠っていた。


「レイチェル、これはいつ調査依頼したんです。」


「えっと強力な魔獣を倒した直後です。あの時の私たちの結論ですとまだ二体の強力な魔獣がまた王都を襲撃する可能性があったので。念のため、セバスチャンとメリンダにその可能性の有無を確認させました。」


「さすが私のレイチェルですね。」

 ケインはそう言うと執事長に合図する。


「この手紙を大至急、王国軍の将軍に渡してくれ。それと今日の外出は中止なので、馬の用意は必要ない。」

 

「畏まりました。」

 執事長は一礼すると小鳩便の手紙を持って食堂を出ていった。


 ケインはそれだけ言うと、今度は私を振り返る。

「そう言えば今日は、レイチェルのドレスを作るために仕立屋を呼んだ日でしたね。」


「はい。」

 私は何か言いたそうなケインに答えた。


「あなたのお蔭で時間が空いたので、ぜひ、そのドレス選びを手伝わせて下さい。」

 ケインはそう言うと、必殺、天使の微笑みを私に向ける。


『うっ、それやめて下さい。頭、真っ白になって何も考えられなくなります。』


「はい。」

 私は無意識にケインに返答していた。


 朝食後、仕立屋が来てからは戦争だった。


 仕立屋に何百着ものデザインを見せられ、最初は真面目に見ていたのだが20枚目になって、全部のデザインが同じに見え始め、私の気力は尽きた。


 最後は精力的なメイとこの屋敷のメイドさん達、ケイン様に丸投げする。


『結論:今どきの貴族令嬢のドレス選びにかける情熱に私は遠く及ばない。完敗です。』 


 その日は非常に疲れ、夕食をすますと私は早々に床につきました。

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