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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【春里の心で燻っているもの】

 午後、貴之が通された部屋は六畳ほどの和室だった。客が来た時に遣われる部屋だと祖母は言った。特に何があるわけでもない殺風景な和室の真ん中に貴之は座った。持ってきた荷物は部屋の端にある。


 気になった事がいくつかある。それを春里に聞いていいものか悩む。まずは幼馴染の文登の事だ。文登の名前が出た時の春里の反応は少しおかしかった。そして、会いたい友人の話の時。貴之は何げなく言っただけだが、何か春里を傷つけただろうか。気になることでもあるのだろうか。


 今、春里は自分の部屋に行っている。少ししたらこちらに来ると言っていた。貴之としても早くここに来て欲しいと思う。ずっと触れたくて仕方なかった。眼の前に春里の祖父母がいるために触れることができなくて何とも言えないもどかしさがあった。恋人同士になって、触れることが許されてからと言うもの我慢と言うものができなくなってきている。だから、早く触れたい。手をつなぐだけでいい。できれば抱きしめて、存在を温もりを全身で感じたいけれど。


「貴之さん、入っていいですか?」

 遠慮がちな春里の声。

「ああ、入って」

 襖が開き、そこには部屋着に着替えた春里の姿。いつもの格好だ。実は貴之が春里にプレゼントしたもの。半袖のチュニックにひざ丈のパンツだ。爽やかな若草色で、チュニックは小さな花がちりばめられている。これならば近くのコンビニエンスストアくらいには行けるだろうと思ったが、自宅近くにはコンビニエンスストアはない。徒歩十分位のところにはあるが。


 春里は遠慮がちに部屋に入ってきた。

「おばあちゃんに念を押された」

「言われた事、なんとなく分かる」

「うん。何か心配された。同じ部屋に二人きりで長くいるな、って言われた」

「でも、申し訳ないけど、長くいたい。触れたいんだよ。抱きしめたい」

 春里と付き合い始めてから、貴之自身が驚いたことが一つ。俺ってこんなに甘っとろい事を口にできる男だった?と言う事。総ての気持ちを伝えたくて、ありったけの知識で春里に気持ちを伝える。だけれど、言葉は不便で、足りなくて、それを補うように触れる。そんな自分を不思議な感覚で貴之は感じていた。自分ではないような感じだ。だけれど、それと同時に、これが恋なのだと思った。幼い考えかもしれないが、総てを伝える手段としてそれがあるのだ、と。


 戸惑っている春里の手を引っ張り、貴之はぎゅっと抱きしめた。

「やっと触れられた」

「た、貴之さん?」

 春里の不安そうな顔を見るたびに触れたいと思った。ずっと触れたいと思っていた。すぐ隣にいるのに消えてしまいそうなそんな不安がなぜか生まれていた。消えてしまわないように、逃げてしまわないように、しっかりと捕まえていたい。


「ねえ、聞いてもいいのかな」

「え?」

「まずは幼馴染の文登君の事から」

 貴之は春里を座らせた。そこには座布団さえ存在しない。


「文登君の話が出た時、少し顔が曇った。反応もおかしかった」

「うん」

「話したくない?」

 俯く春里の顔を覗きこみながら貴之は優しく問う。責めるつもりはない。ここで話したくないと言うのなら、それで話しは終わりにする。だけれど、ずっと悔しい思いはするだろう。俺は頼りない男なのだと。そんな葛藤が貴之の中で渦巻く。無理強いはできないけれど、できれば話してもらいたい。生方文登の事は尚更。今聞かなかったらきっとずっと引きずる。変な方向にずっと。


「あのね、まだお母さんが生きていた頃の話。一緒にお見舞い――ああ、お弁当をもらった時だったかな」

 春里の口調は遠慮がちだ。あまり言いたくないと言った感じだろうか。だからと言って言い淀んでいるわけでもなさそうだ。


「文登君がね、わたしの事が好きだって言ってくれたの」

「それは、どういう意味で?」

「恋人になってほしいって言う意味で」

 やはりライバルだったのだ。あの時危険を感じたのは間違いではなかった。だが、今春里の隣にいるのは貴之だ。と言う事は。


「断ったんだね」

 貴之の言葉に春里は頷いた。

「わたしはね、ずっと幼馴染のお兄ちゃんでいて欲しかった。だけど、関係って変化するものだよね。なんか、大切なものを失うような気がしてあの時は本当に悲しかったな」

 本当に失ってしまったのかもしれない。春香の葬式の時、文登はいた。だが、その時どんな態度だったのか貴之は覚えていなかった。それどころではなかったから。


「もしかして、嫌な事を話させちゃったかな」

 春里は頭を振った。

「大丈夫。文登君も気持ちの整理がついたらまた幼馴染のお兄さんとして接してくれるって言っていたし」

 春里は微笑んで見せた。それが無理にでも何でも微笑んでくれた事が貴之は嬉しかった。


「後もう一つあるよね。友達の事」

「ああ」

 春里の表情が再び沈んだ。こちらの方が重症のようだ。


「どうした?」

「うん。中学の時にね、友達になったの。植竹知夏って言うんだ。彼女がいじめられているところに遭遇して、助けて、それからの仲。高校も一緒で、つるんでいたんだけど、わたしは転校してしまって、それっきり。環境の変化でわたしのことで精一杯で知夏のことはすっかり抜け落ちていたのが正直なところ。知夏の事を思い出したのは春がサル軍団に責められているところを見た時かな」

 春里は淋しげに笑った。


「言い訳ばっかりだね。わたしは友達甲斐がないってところかな。普通、引越し先から電話くらいするでしょう?元気でやってる?って。それさえしなかった。また以前のようになっているかもしれないと言うのに」

「会うのが怖いって事?」

 春里は力なく頭を振る。


「怖いとは違うかも。でも、怖いのかなあ。なんか無責任な感じがして逃げたいのかも」

「でも、気になるでしょう?」

 春里は素直に頷いた。当然のことだ。そうでなければこんな沈んだ表情など浮かべない。


「なら、電話をしてみよう。明日会えるか聞いてみなよ。俺も一緒に行く。大丈夫だから」

 きっと知夏に会えば安心できるだろう。そんな安易な思いが貴之にはあった。


植竹知夏の名前が出た時から、いずれ知夏を登場させたいと思っていました。そして、やっとチャンスが巡ってきたという感じです。


次回は知夏に連絡を入れる。


次回もお付き合いください。

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