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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【二人の関係をどう思うだろうか】

 久しぶりに帰ってきた場所。春里と貴之は電車から降りて、改札を通った。見事にタクシーさえない。


「田舎だなって思ったでしょう?」

「え?いや」

 分かりやすい誤魔化しに春里は笑った。田舎だな、と思って当然だ。この時間、人だって存在しない。駅前にあるお店がなぜやっていけるのか、春里にだって謎なのだ。


「さあ、行きましょう」

 春里の手には小さなトートバッグのみ。大きなかばんは貴之が持っている。

「何か今から緊張する」

「何を緊張する必要があるんですか?あの母親の両親ですよ。緊張の必要は――」

 にこやかだった春里だが、ふと思い出した。春香の言葉。春香が俊介と結婚を決めた時、春香の父、つまりは春里の祖父が猛反対したと言う話。春香は笑い話の様に楽しげに話していたが、それは過ぎたことだったからだろう。と言う事は、貴之が春里の恋人だと告げたら、やはり怖いのではないだろうか。春香が笑いながら話していたため、どのくらい怖いのかは不明ではあるが。


「なに、黙りこんでんだよ」

 軽く頭を叩かれ、そこを撫でながら春里は貴之の顔を見上げた。

「いえ、心配はいりませんよ」

「その笑み、わざとらしい」

 いやはや鋭い。そんな風に思いながら、春里はこの先の事を考えてちょっと楽しくなった。


「何か隠しているだろう?」

「いいえ。何も隠していませんよ。さあ、ごちゃごちゃ言わずに行きましょうよ」

 春里は貴之の手を取った。珍しい行動に貴之が驚いたことが分かった。それだけで少し楽しくなる。






          ***


 玄関の前に立つと、嫌でも緊張するものだろう。それが恋人の祖父母が待つ家となれば尚の事。そんな貴之を隣に立つ春里はおもしろそうに眺めている。


「初対面なんだから仕方ないだろう?」

「気持ちは分かりますよ。わたしだって貴之さんたちに初めて会う時はとても緊張したから」

 それを聞いて自分以上に緊張していたに違いないと貴之は感じた。これからずっと世話になる相手なのだから緊張するのは当たり前だ。緊張だけではない感情があったはずで、今はそんな欠片一つも見つからないけれど、あの時はきっと。そう、あの猫を被った感じは鎧のようなものだったのではないだろうか。今は隣で笑っている春里が嬉しい。貴之は深呼吸をして、春里に頷いた。大丈夫と言わんばかりの笑みを春里はした後、玄関を開けた。


「ただいま」

 玄関に響く明るい声。そうすると足音が響いた。二人分。春里はサンダルを脱ぎ、玄関を上がる。それに続いて貴之も靴を脱いだ。


「おかえりなさい、春里」

 きれいな笑みを浮かべて春里の祖母が言った。祖母は貴之の方を見て、一瞬笑みを消して、その後すぐにきれいな笑みを浮かべた。


「はじめまして、竹原貴之と申します」

 貴之は軽く礼をした。

「こんにちは。今日は遠くまでおつかれさまです」

「玄関先であいさつなんてしてないで中に入った方がいいよ。暑くて汗ダラダラ」

 いつもの春里とは違う姿に貴之は呆然とした。少し偉そうで幼い感じ。


「そうね。竹原さんも中に入って」

「はい」

 リビングに入るとそこには祖父がいた。先程二人分の足音が聞こえた気がしたけど、間違いだったようだ。


「あ、ああ、おかえり、春里」

 咳払いをした後の言葉だ。嬉しさがそこには隠されているような気がして、貴之は少し申し訳ないような気がした。孫娘が帰ってくる事は嬉しいことだろう。この家を出てから初めてこの家に帰って来たのだ。できればもう少し頻繁に帰してあげればよかったと貴之は思ったのだ。


 貴之は春里に進められるまま座布団に座った。足を崩すように春里に言われ、それに甘えて胡坐をかく。正座をずっとしていたら大変なことになる。座布団に座ることなど日常ないものだから慣れていない。


 出された飲み物は麦茶だった。しかも砂糖入り。これには驚いた。春里は当然のようにそれを飲んだ。それをじっと貴之は見つめていたせいか、春里にきょとんとされた。


「いや、何と言うか」

 眼の前に春里の祖父母がいなければ砂糖が入っているからという理由を口にできるが、今はそれができない。春里もそれを察することはできなかったようである。


「あ、そうだ。おじいちゃん、おばあちゃん、こちらお世話になっている竹原さんの長男の貴之さん」

「いつも春里がお世話になっています」

 祖父が深々と頭を下げた。


「いえ、僕もいっぱいお世話になっていますから」

「いや、春香の葬式の時に分かったよ。春里は大事にされているなって。ずっと心配をしていたが、便りがない事は心配いらないことなのだと言い聞かせてきていたんだ。本当にその通りだった、と思ってね」

「いや、何と言っていいのか……」


 確かに大切にしてきた。それは貴之だって自信がある。だけれど、そこには下心と言うものが存在していて――ここで、春里の恋人になったと言っていいものなのだろうか?言えるか?言えないだろう?などと、戦いながらどうしたらいいのか悶絶しているなんて他の三人は気づかないだろう。


「あのね、貴之さんとわたし、お付き合いをする事になったの」

 自分が言うものだと貴之は思っていた言葉を春里がさらりと言ったものだから、貴之の頭は真っ白になった。きっと祖父も同じだろう。


「あら」

 祖母が眼を瞬かせた。

「それはすごい出逢いね」

「うん。とても優しくしてくれたし、守ってくれたし、わたし、貴之さんだったら甘えられるの」

 隣では珍しいくらい真っ直ぐな言葉を春里が口にしている。それが恥ずかしくなって貴之は俯いた。


「な、な、な」

 驚いている祖父は手をわなわなと震わせていた。貴之はそれを俯きながら盗み見していた。


「よかったわね、春里」

「よ、よくない!」

 テーブルをこぶしでドンと叩きながら祖父が叫んだ。思わず貴之は眼を強く瞑った。片目を微かに開け、祖父の表情を見る。唇が震え、目尻がしっかりと上がっている。頬がピクピクと動いている。本気で怒っていますと言う表情そのままだ。


「すみません。でも、僕は本気です」

 声は震えていた。本当に祖父には迫力があった。

「まさか、すでに手を出しているなんて――」

「そんな。俺は春里を大切にしたいと――」

「春里だと!春里と呼び捨てしたか!」

「それのどこがいけないの、おじいちゃん」

 とても冷静な声だった。まるでこんな状況慣れていると言った風な。貴之は視線を春里に向けた。真面目な表情をしている。だけれど、普段通りで、力んではいなかった。まさかこれは想定の範囲内なのだろうか?


「一緒に暮らしている間は兄と妹。なら、春里と呼ぶのは当然でしょう?」

「え、あ、まあ」

 祖父は孫の春里には弱いのかもしれない。一見穏やかそうに見える祖父だ。基本はとても優しい人なのだろう。ただ、大切で大好きな春里の事になるとあまり考えずに行動してしまうのかもしれない。頭にしっかり血が上って。


「僕は春里さんを大切にしたいと思っています。それは両親も同じです。だから、傷つけるような事はしません」

 なんか、プロポーズ後のあいさつのような錯覚が起きてきた。貴之は何とも擽ったい気持で、思わず笑みを零した。


「何を笑っている」

「え?ああ、すみません。なんかこの状況で過度の緊張から来るものかと」

 貴之の言葉に春里がクスクスと笑った。

「まるで『娘さんを下さい』って感じだもんね」

 ――ここで、このタイミングで言うなよ。

 貴之は春里をちらりと睨んだ。それに気づいた春里はかわいらしい、でも意地の悪い笑みを浮かべた。貴之をからかっている事がこの笑みで分かる。当然祖父の表情は硬い。見事にひきつっている事が分かる。


「べ、別に今日は結婚の報告ではなくてですね」

「今日は?」

 祖母が楽しそうに強調して聞いてきた。

「え?」

 貴之の頭がこんがらがってきた。


「そういうことか。いつかは結婚を考えていると?」

 祖父がずいっと身を乗り出した。ここは誠意を見せた方がいいと貴之は判断し、正座をして姿勢をただした。


「もちろん、お付き合いをするという事は延長線上に結婚があると考えています。まだ若いので、結婚までは自信はありませんが、きちんと自分の事ができるようになり、春里さんと一緒に居られると判断した時は、プロポーズをしたいとすでに考えています」

 嘘ではない。それくらいは覚悟をしていた。覚悟と言うのは間違いか。貴之にとっては今結婚をしてもいいと思うくらいには本気だ。ただ、年齢的にも金銭的にも責任を持てる立場ではない事を知っている。だからこそ、少しもどかしくも感じる。


「すごいわね」

 祖母は両手を胸の前で合わせ、満面の笑みを浮かべている。春里は恥ずかしそうに俯いている。これは貴之も想像できたことだった。そして、祖父。彼の顔は見事に固まっていた。驚いたのだろう。


「それでですね、今日はこのお話をしに来たわけではなくて――」

「そうそう。お母さんのお墓の相談をしに来たの」

 パチンと手を叩いて春里は言った。春里もすっかり忘れてしまっていたようだ。

「お墓?」

「そう」


春里の祖父母とご対面でした。

麦茶に砂糖は、以前住んでいたところのお隣さんがそうやって飲んでいたのです。最初飲んだ時は驚きました。子供の頃だったので、その味は好きでしたけど、今やろうとは思わないかな?コーヒーにも紅茶にも砂糖は入れないので。


次回はお墓の話。


次回もお付き合いください。

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