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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
92/183

【奏太への恩返し】

 待ち合わせ時間は十一時。駅の改札を出たところにある多くの人たちが待ち合わせに遣う場所。そこに春里は立っていた。今日は春と映画とショッピングの約束をしていた。映画は春が見たいと騒いでいた恋愛もの。まず映画館に行ってチケットを取った後、昼食をとる予定だ。


「ごめんね、春里ちゃん」

 息を切らせながら春が言った。春は見かけによらず走るのが速い。小さな花柄のキャミソールワンピースにドルマンカーディガン、ウエッジソールのサンダルと言ういでたちで、春の女の子らしさが一層際立っていた。


「待ち合わせ時間ちょうどだよ」

「ギリギリセーフ?」

 右手を胸に当てながら首を傾げて尋ねた。


「そう、セーフだね」

「それにしても春里ちゃんの私服って大人っぽいね」

「春の私服は華やかで女の子らしい」

「そうでしょう、そうでしょう。わたしのとっておきなの。じゃあ、春里ちゃんとのデートに参りましょう」

 春は弾けるように歩きだした。春里は少し後ろをついて歩く。これは癖かもしれない。誰かにあわせるための手段のようなものだ。春はそんな事など気にせずに鼻歌を口ずさみながら映画館に歩いていく。


 映画館に入った時、春里は肩を叩かれた。

「偶然だね、春里ちゃん」

 そこにいたのは奏太と貴之。男二人で映画とはまた乙なものだな、と春里は思い、クスリと笑った。


「何?笑い事?」

「二人で映画ですか?」

「どうしようか悩んでいたところ」

 少し先を歩いていた春が春里の隣に立った。

「こんにちは。先日会ったよね」

 隠しているようだが奏太はとても嬉しそうに微笑む。春里と貴之には奏太の心の中が覗き見えるようだった。


「こんにちは、増永先輩」

「これも偶然だね。二人は何の映画を見る予定なの?」

 映画の題名を口にすると、貴之は少し顔を歪ませた。これを観させられるのかとうんざりしているのかもしれない。


「じゃあ、俺たちもそれにしようぜ」

「え?増永先輩これを観るんですか?」

「観るものは決まっていなかったからね。どれでも構わないんだ」

 奏太は春ににこにこしながら言う。


「じゃあ、奏太が全員分まとめて買ってこいよ」

「いいよ、そのくらい」

 奏太は貴之に手を出した。


「俺と春里の分は出すから、その子の分を出せ」

「え?悪いですよ」

「いいの、いいの。その辺を気にしないで」

「待ってください、奏太さん。わたしも行きますよ。今日はレディースデイなので、わたしたちは安いんです」

「え?そうなの?」

「なら、姫川さん付き合って」

 すごい勇気だと春里は感心した。ここで春里ではなく春を指名するのは相当心臓が強いか何も考えていないかだろう。


「あ、はい」

 姫川は戸惑いながら奏太の後を追った。

「もう少しマシな映画を選べ」

「仕方ないよ。春がこれが観たいって言っていたから」

 恋に不器用な女の子が恋を叶えるために頑張る映画だ。まあ、デートにはもってこいではないだろうか。


「余命何年とかそういうものじゃないだけいいと思ってください」

「何でそっちの方が駄目なんだ?」

「貴之さんが泣いてしまうから」

 にっこりと微笑むと貴之は軽く春里を睨みつけた。


「春里だって泣いているところ見られたくないだろう?」

「まあそうですね」

 春里は視線を貴之から奏太と春の後姿に移した。


「奏太さん、積極的ですね」

「そうだろう。チャンスは作ってもらったんだから無駄にする程抜けていないよ。春里は忘れているだろうけれど、結構あいつ女に甘い空気を出すよ」

「そうでした。結構勘違いされるんですよね」

「それだけ、口説くのだってうまいって事だろう?」

 春里を口説くのは失敗したが、様々な女の子たちは奏太がその気もないのに口説かれていると勘違いしたこともあるらしい。


「二人がいい感じになってくれたら最高なんだけれどな」

「俺もそう思うよ。奏太は俺の前で落ち込んだ姿なんて見せないけど、やっぱり苦しかったと思うんだよな。裏切られた気持ちと好きな女の見たくない裏側を覗いてしまった後悔がさ、きっと奏太を苦しませていたと思うんだ」

「そうですよね」

 奏太と春は何かを話しながら二人の元に戻ってきた。


「二時からだ。それまでに昼飯食おうよ」

 奏太の提案をみんなで受けた。もともと映画までに昼食はとるつもりだったから、二人が四人に増えただけのことだ。


 行った場所はカレー専門店。まず春が奥に座り、すかさずその隣を奏太がキープした。前に座るのと隣に座るの、どっちの方が嬉しいのかと春里は思っていた。奏太にとっては隣がよかったらしい。必然的に春里が奥に座り、貴之が隣だ。そして、テーブルの下で眼の前の二人に見つからないようにそっと手をつないだ。貴之の行動に最初は春里も驚いたが、手をつなげることは素直に嬉しい。


 カレー専門店だけあり、本格的なメニューだ。ランチタイムなので、それぞれ興味のあるランチセットを注文した。どのカレーにもナンとターメリックライスが付いてくる。春里はターメリックライスを作ったことも食べたこともなかった。だから、それだけでわくわくした。


「わたしずっとこの店に来てみたかったんです。でも、一人じゃ入れなくて……」

「へえ、そういうところいいよね」

「どこがですか?」

「うーん、そう聞かれると困るけど」

 奏太は曖昧に笑った。言葉では上手く表現できないようだ。


「春里ちゃんは?」

「え?わたしは別に飲食店に興味をあまり持たないから」

「あ、そうか。春里ちゃんは料理が得意だから作った方がいいって思うんだね」

 奏太が嬉しそうに言った。別にそういうわけではない。春里にとって飲食店は料理を勉強するにはいい場所ではある。でも、春里にとっての最高の食事は母である春香の手料理だった。春香は仕事が休みの時は必ず手料理を作ってくれた。それを食べるのが楽しみだった。


 昔、クラスメイトが誕生日だったからどこどこに行ってハンバーグを食べてきだんだ、と嬉しそうに自慢げに話しているのを聞いたことがある。みんなは「いいなあ」と言っていて、そんな周りの反応に本人は満足げだった。だが、春里は何がいいのか分からなかったのだ。最高の食事は春香の手料理。春里にとってはそうだった。


 誕生日の時、外食をするよりも春香が腕によりをかけてハンバーグを作ってくれた方が最高の自慢になる。だからなのか、未だに外食に魅力を感じない。それに、今は貴之と一緒に料理を作ることが一番楽しいから、外食をしたいとは思わないのだ。


「春里ちゃんって料理ができたの?」

 いつもよりも甲高い声で春が言った。

「え?姫川さんは知らなかったの?」

 驚いたのは奏太と貴之。そして、それを口にしたのは貴之だった。


「え?はい。だっていつも春里ちゃんはお昼の時、コンビニで買ったパンかおにぎりだし、たまに持ってくるお弁当も自分で作ったものじゃないって言っていたので」

 貴之に問われたからなのか春は俯き加減で恥ずかしそうに言った。貴之のファンなのだから仕方ないだろう。それを気に食わないのは隣に座る奏太。軽く貴之を睨みつけていた。それに気づいた貴之は肩を竦めてみせた。


「春里は朝が弱いからね。朝食とお弁当は作れないんだ」

「さすが兄妹ですね。よくご存じで」

「え?」

 春の言葉に反応したのも貴之で、春を見た後、春里を見た。


「だって、言うタイミングがつかめなくて。しかも恥ずかしいでしょう?改めて言うのって」

 貴之が何を言いたいのか春里はすぐに分かった。春里が一番気にしていたことだから。


 そう。春は信頼できるし、春里にとって親友だ。だから、貴之との関係を春にだけは話そうとずっと春里は思っていた。思っていたのだが、いつ、どのように話せばいいのかが分からない。こういう経験もないし、聞かれれば答えるだけだが、自ら言うのは大分恥ずかしい。


「え?何が?」

 きょとんとした表情で春は春里に聞いた。

「うん」

「タイミング的に今だと思うんだけどな」

「分かっているって」

「ねえ、春ちゃんって口軽い?口堅い?」

 尋ねたのは奏太だ。どさくさに紛れて名前で呼ぶところはずる賢い。


「え?どうなんでしょうねえ。ねえ、わたしどっち?」

 春はかわいらしく首を傾げながら春里に聞いてきた。

「春は口堅い方だと思うよ」

「そうだったんだあ。初めて知った」

 人差し指を唇に添えるその仕草はとても春らしい仕草だ。


「自分のことなのに?春ちゃんって結構天然?」

「そうは言われたことないですけど」

「それより、いつの間に春ちゃんなんですか?馴れ馴れしくないですか?」

「友好を深めるためなの。春里ちゃんだってちゃん付けなんだから一緒」

「それより、今言わなくていいわけ?」

「分かっていますよ、貴之さん」

「あのねえ、春ちゃん。大きな声で驚かない準備をしてね」

 姫川はきょとんとしながら首を傾げ、奏太を見た。その顔がつぼに入ったのか、奏太はにんまりとなんともだらしなく笑った。格好良い顔が台無しだ。


「春里ちゃんと貴之って全く血がつながっていないんだよ」

「ちょっと待ってください。きちんとわたしから話しますから」

 春里は胸元に両手を当て、深呼吸をした。


「わたしね、貴之さんと付き合っているんだ」

「……え……ええええええええ」

 奏太がせっかく大きな声をあげない準備をするように忠告をしていたが、やはりそうはいかなかったようだ。


「いつから、いつから、いつから」

 春は身を乗り出して春里に聞いてくる。その勢いが怖くて春里の身体はのけぞった。


「落ち着いて、春」

「え?ああ、うん」

 春は背もたれに背を当てた。

「夏休みに入るちょっと前」

「じゃあ、最近なんだ」

「うん」

「へえ、素敵だね」

 とてもかわいらしい笑みを浮かべ春が言った。その言葉に俯いていた顔を春里はあげた。


「言おう言おうと思っていたんだけど、こういう事に慣れなくて」

「うん、いいよ。それでもわたしが一番でしょう?」

「そうだね。奏太さんに報告したのは貴之さんだし」

「嬉しいよ、言ってくれたこと」

「それで、姫川さんにお願いなんだ」

「なんですか?」

「この事は口外しないでほしい。春里がいやな思いをしないようにしてあげたいんだ」

「諒解しました。そんなのお安いご用です。春里ちゃんはわたしの命の恩人ですから」


 ――大げさな。

 そう春里は言いたかったが、一仕事終えた安心からか脱力し、声を出す気にもなれなかった。安心した。それだけだった。 


「あはは。春里ちゃんは春ちゃんの命を守ったんだ」

「はい。あの怖い団体から身を挺して守ってくれましたから」

「春里は気が強いからな」

 ――気が、って……

 春里は軽く貴之を睨みつけた。貴之は嬉しそうにクスクス笑い、春里の頭に手を乗せた。


「忘れられないよ。登校初日の事。笑みを浮かべながら楽しげに俺に文句を言ってきたこと」

「変な事を……」

「いやいや、最高だったよ。こんな女の子なんだ、って興味を抱いたしね。あの頃はもう春里に心惹かれていたもんな」

「……」

「あ、春里ちゃんが押され気味。いいね。やばいね。最高だね」

 いつもの調子が出てきたのか春が騒ぎながら言った。それに驚いた貴之と奏太は春を眼を丸くして見ていた。


「やばい?」

 貴之が理解できないと言う風に呟いた。その通りだろう。春里の周りにはこういう口の利き方をする人はいない。多分貴之の周りにもいないのだろう。


「そんなにやばくはないよ。見慣れちゃったからね」

 奏太はにっこりと笑った。見慣れているはずがない。二人が恋人同士になってから初めて二人揃って会ったのだ。それまでこういう関係ではなかった。こんな甘い空気など貴之は醸し出さなかったのだから。


「いつもと違う春里ちゃんが垣間見えたような気がします。こんなデレの春里ちゃんも最高ですよね」

「デレって……デレていないから。全然デレていない」

 春里は全力手否定した。貴之と二人きりならまだしも公衆の面前でそんな馬鹿な真似などしない。


「でも、デレていたもん。見ちゃったもん」

 姫川はにこにこしながら言った。とても嬉しそうだ。

「春ちゃんも趣味がいいね。春里ちゃんをいじめて楽しむなんて」

「そうですか?」

「俺は貴之をからかって遊ぶのが趣味なんだ。似ているね、俺たち」

「それ嬉しい。めっちゃ嬉しいです。増永先輩と似ているなんて」

 姫川のテンションは最高潮だ。そして、奏太の甘さ加減も最高潮だ。


「貴之さん、奏太さんとの付き合い考えた方がいいんじゃないですか?」

「それはお互い様だろう?」

「まあ、そうですね」

 テンションの高い奏太と春と違い、貴之と春里はげんなりとしていた。


実は報告をしていなかったという。恋愛話に花を咲かせることのない二人なのでそんなぎこちなさで。


次回もデートはまだまだ続きます。


次回もお付き合いください。

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