【二人の時間は甘くとろける】
夕飯の買い出しをして、そのまま二人はキッチンに並んで立つ。この習慣が春里は好きだ。好きな人と一緒に作業をする。会話をして触れ合って笑い合って。そんな楽しい時間を料理をしながら感じられる事がとても嬉しかった。
「貴之さん、様になっていますね。ハンバーグの混ぜ方」
「空気を含ませるように、だろう?しかも手の熱を加えないとか訳の分からない事言うし」
「仕方ありません。手早くしっかりと、ですよ」
「これでどう?」
春里はボウルの中身を見た。
「いいと思います。初めてですね。貴之さんのハンバーグを食べるのは」
いつもハンバーグを作っていたのは春里だ。それに添えるモノを作っていたのが貴之だった。だが、今回、貴之自身が名乗りを上げた。作ってみたいと言われた時、春里は嬉しく思った。作ることが楽しいと思ってくれていると感じたからだ。
「今日おふくろたちは?」
「夕飯には間に合うはずです。久しぶりに四人で食事ですね」
「俺は二人きりの方が嬉しいけどな」
「そうですか?わたしは食事はにぎやかな方がいいですよ。しかも、二人とも貴之さんのためにシフトを変更しているんですから」
「嘘」
本当に驚いたようだ。その表情を見て春里はクスクスと笑った。
「息子が帰って来るんですよ。初日くらいは一緒ににぎやかに、と思ってもおかしくないと思いますけど」
「そう言うもの?」
「そう言うものかどうかはお二人に聞いてくださいね。わたしは貴之さんのお母さんでもお父さんでもないので」
「恋人だもんな」
貴之がそう言った後、春里はすぐに俯いてしまう。それをわざとらしく心配そうな顔つきで覗きこむ貴之を、春里は思いっきり叩いた。
「いてっ」
「恋人ですよ。妹でもありますけどね」
「もう、妹のふりは終わりだろう?まあ、妹でもあることは確かだけどさ」
「冗談ですよ。不貞腐れないでください」
「別に不貞腐れたわけじゃないけど、なんか、妹だと言われると微妙だろう?悪い事をしているような気分って言うかさ」
「ええ、まあ、分かりますけど」
「こういうこともしづらい」
貴之は囁くように言って、春里の耳にキスをし、そして頬に、額に、鼻に、最後に唇にした。そしてそのキスはゆっくりと深くなる。それを必死で春里は受け止める。貴之の右手が頭を撫で、左手が背中を撫でた。
「これ以上の事も、な」
「分かっていますって」
「本当に分かっている?分かっていたらあんな事言わないのにな」
「プレイじゃないですか?」
貴之は突然笑い出した。腹を抱えて。
「すごい事を突然言うな。いいよ。今度そんなプレイをしてもさ。燃えるか萎えるか試してみようか」
春里的には驚かせて困らせるつもりで言ったセリフだったが、どちらかと言えば春里が困る事になってしまった。こういうのには向き不向きがある。
「それよりも、料理ですよ。もう、何で脱線するんでしょうね」
「そうやって話を逸らして逃げるのは春里の常套手段だよな」
貴之は文句を言いながら料理に戻った。
***
俊介と貴美も帰ってきて、四人で食事をするために春里と貴之はダイニングテーブルに食事を並べた。貴之が作ったハンバーグはきれいな焼き目もついていて、見た目はとても美味しそうだ。小さいサイズを作り、春里と一緒に貴之は味見をしてみたが、まあまあの出来だったと思っている。春里にも合格点をもらった。
ハンバーグ、グリーンサラダ、みそ汁が並ぶ。ハンバーグには大根おろしがたっぷり乗り、人参のグラッセが添えられている。この皿総てが貴之作だ。グリーンサラダも栄養たっぷりだ。レタス、きゅうり、ミニトマト、コーン、ゆで卵、豆腐、もやしを和風ドレッシングで和えている。みそ汁はじゃがいもとほうれん草だ。野菜たっぷりなのは春里が考えたメニューだからで、貴之としては物足りない。料理に関しては春里に口出しはできない貴之だから、黙って指示に従った。
「すごいわね」
品数は少ないがボリュームはあるため、貴美がテーブルの上の料理を見た途端に嬉しそうに言った。
「二人で作りましたから」
春里は得意気に言う。貴美と俊介の視線が貴之に来て貴之は擽ったく思った。
貴之は当たり前のように春里の隣に座った。俊介も貴美も文句は言わない。それがまるで当たり前のようで少し貴之は擽ったく思う。まあ、これで指摘され、からかわれたら逃げるように部屋に隠れてしまいかねないと、俊介も貴美も分かっているのだろう。
みんなそろっての食事なのに、それはにぎやかではなかった。黙々と食べる、そんな感じで食事の時間は進む。
「お父さん、貴美さん、今日のハンバーグはどうですか?」
俊介と貴美がハンバーグを半分くらい食べたところで春里が聞いた。貴之にとってはドキッとするセリフだ。そして、一番聞きたくなくて、一番聞きたい。
「おいしいわよ。何か違うの?」
貴美は不思議そうにハンバーグを見つめた。
「うん。おいしい。和風のハンバーグは初めてだもんな」
俊介はそう言って、冷たいお茶を飲んだ。
「このハンバーグは特別なんですよ。初めて貴之さんが作ったんですから」
にこりと春里は貴美と俊介に笑顔を向ける。貴之は急に恥ずかしくなって俯いた。
「貴之が?」
俊介と貴美が一斉に声を発した。
「はい。お二人のために貴之さんが一所懸命作りました」
「貴之も何でも作れるようになっているのね。さすが春里ちゃん。貴之の操縦は完璧ね」
貴美の言葉に操縦されていたのか、と貴之は春里を見た。春里は恥ずかしそうに俯いていた。こういうことを聞き流すことができずに照れるところは予定外のことだ。あまりこういったことには器用でないようで、貴之としても楽しみが増える。
「本当に。料理なんて作らなかった貴之が料理を作るようになって、ここまで成長するなんてな」
俊介はハンバーグを味わうように食べた。
「初めてとは思えませんよね」
春里は二人の反応に満足げに微笑んだ。貴之は眼の前で品評会されている事が恥ずかしくて、褒められている事に照れて、顔をあげられなかった。
***
二十三時過ぎ、俊介は寝室のベッドの上で読書をしていた。ドアか開き、貴美が部屋に入ってきた。
「貴之たちも寝たのか?」
「多分」
俊介は無意識に上を向いた。俊介と貴美がいる寝室は一階にある。貴之と春里の部屋は二階にある。少し、俊介には不安があるのだ。貴美は全面的に二人を信頼していて、約束を守ると信じているようだが、年頃の男女が二人揃い、しかもお互い恋情を抱いているのであれば、親の目を盗んで何をしていてもおかしくはない。多分、それを貴美に話せば貴美は笑い、「眼を盗むなら昼間がありますからね」と当然のように恐ろしい事を口にするだろう。
「心配いりませんよ。春里ちゃんの嫌がる事を貴之はしません」
「まあな」
十代の男には抑えられない衝動と言うものがある。理性が勝てない時が訪れても責めることができない。そういう環境に今あるのだ。俊介が十代の頃どうだっただろうと考えても、残念ながら思い出す事ができない。
「二人が恋人同士になってから急に気になりだすんですから。今回だって、心配だからシフト変更したんでしょう」
寝る準備を終えた貴美が、ベッドに乗ってきた。そして、掛け布団の中に潜り込む。
「でも、今日帰ってきて良かったって思いました。二人の距離もいい感じでしたね。仲睦まじくて微笑ましくて、春里ちゃんの初々しい事」
何かを思い出したのか貴美はクスクスと笑いだした。
「まあ、貴之が作ったハンバーグも食べられたしな」
「あれはわたしたちへのサービスだったのかもしれませんね」
「ああ、そうかもな」
俊介は二人がどんな雰囲気でキッチンに立っていたのか気になり始めた。別に疑っているわけではなく、キッチンに立つ貴之をやはり想像できないのだ。俊介自身が料理を作る事をしないためか、仲睦まじく、料理をする事が想像できない。
「二人がこのままずっと一緒にいてくれたらいいんだけどな」
「わたしは、そうなりそうな予感がしますよ」
貴美は楽しそうに言う。俊介はじっと貴美の顔を見つめ、読んでいた本を閉じた。
「離婚歴のある二人が言ってもな」
「それを言われると……」
貴美はクスクスと笑う。俊介は布団に入り、貴美の額にキスをした。
「おやすみ、貴美」
「おやすみなさい」
ついていた部屋の明かりを消し、二人は眠りに就いた。
キッチンで二人料理をしながら、というシチュエーションが好きなのですが、料理の仕方、とか材料とか、もろもろに気になってきます。レシピってそれぞれ違くて、どれにすればいいのか迷います。
次回は二人のデート。
次回もお付き合いください。




