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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【竹原貴之と岸口ケン】

 貴之が歩いていると、誰かと肩がぶつかった。貴之が角を曲がろうとしたところで、勢いよく誰かが突っ込んできたのだ。そして、相手が飛ばされた。はっきり言えば貴之は何も悪くない。ゆっくり歩いていたのだから。だが、飛ばされた相手は華奢な女の子だった。黒い髪を一つに結い、フレームのない眼鏡をかけ、化粧っ気のない幼い顔をした女の子。


「あ、ごめん。大丈夫だった?」

 相手が男なら、素直に怒るところだ。「気をつけろ」くらいは言う。だが、相手が女だとそうはいかない。男は立場が弱くなる。


「ごめんなさい。あなたこそ大丈夫だった?」

 眼鏡の位置を直しながら女が言った。そして、ばらまかれた荷物をかき集める。貴之は手伝うべきかどうか迷っていた。そうやって迷っているうちに、荷物はきちんとかばんに収められた。


「怪我はない?」

 立ち上がった女に貴之は尋ねた。

「ええ、大丈夫だと思う。まあ、一方的にわたしが悪いことだし、気にしないで」

「まあ、気をつけた方がいい。特に曲がり角にはね」

「肝に銘じます」

 女はにこりと微笑み、深々と礼をした。


「ごめんなさい。急いでいるので」

 少し前に気をつけた方がいいと言ったのに、女はものすごい速さで走っていった。

「動物並みだ」

 貴之は呟いた後笑った。




 貴之が食堂で一人昼食をとっていると、眼の前の席にうどんを誰かが置いた。貴之は別に気にすることなく、食事を続けていた。


「ここいいですか?」

 声をかけられ、貴之はやっと顔をあげた。そこには、今日ぶつかってきた女が立っていた。


「どうぞ。俺の席じゃないし」

「まあ、そうだけれど」

 女はゆっくりと椅子に座った。

「あなた噂の竹原君でしょう?どこかで見た事があるってずっと思っていたの」

 貴之は食べていた手を止め、じっと女を見た。女はわざとらしくにこりと笑う。


「あなたと同じ高校出身の男の子が話していたのを聞いたの。あなたってファンクラブができるくらい人気者だったんだって?」

「確かにそうだったけど、それは狭い世界だけの話だ」

 思い出したくない過去を掘り返されて、貴之の話し方はぶっきら棒だ。


「まあ、そうね。視野を広げればあなた以上なんて星の数ほどいるもん」

 貴之は声を出して笑った。春里みたいだと思ったのだ。

「それにしても誰が言いふらしているんだ?」

「さあ、名前までは知らない。わたしも大きな声で話しているのを耳にしただけだから。大声で他人の噂話なんてしてほしくないね」

 女は勢いよくうどんをすすった。


「同感」

 貴之の言葉に、女はにこりと微笑み、水を一口飲んだ。


「それでね、竹原君がどんな格好良い男なのか見てみたくて、捜していた時にね、ほらにぎやかな男の子いるでしょう?確か、家泉君。彼もまた特徴的な名前で、にぎやかで人懐っこいから有名よね。まあ、それはいいとして、その彼があなたを『竹原』と呼んだのよ。それであっけなくあなただと判明」

「で、どうって事のない人並みの男だって判明してがっかりした、と?」

「まあ、そこまでは言わないけれど」

「けれど?」

「まあ、そんなところって感じかな。でも、あなたは優しい人だわ。ぶつかっていったわたしを気遣ってくれてもん」

 女は再びうどんをすすった。


「当然の事じゃないのか?」

 ぶつかってきた事に関しては文句を言ってもいいだろうが、転んでしまった相手を無視などできない。無視などしたら――貴之の脳裏に浮かんだのは春里の姿。しかも、怖いほどきれいな笑みを浮かべて文句をグチグチと言っている姿。


「そうなの?」

 女が首を傾げて聞いた。

「あれで無視したら怒られる」

「誰に?」

「ん、春里に」

 そう、春里に怒られる。「女性を転ばせておいて無視するなんて男性のする事ではないです」なんて感じで。そんな姿を想像して貴之はクスリと笑った。それもまたかわいらしくて好きだ。と。

そんな貴之を眼の前の女が不思議そうに見ていたことなど貴之は知らない。


「お、やっと見つけた。竹原に確認したい事がある」

 突然大きな声で声をかけられ、貴之は顔をあげた。そこには家泉が立っていた。家泉は何も言うことなく貴之の隣に座る。


「なんだよ、いつも騒がしいな。だから有名人になるんだ」

「何のこと?」

 家泉はきょとんとし、首を傾げて聞いた。


「まあ、こっちの話」

「それにしてもおまえ、珍しいな。女の子と一緒に食事なんて。恋人にちくるぞ」

「春里を知らない癖にどうやってちくるんだ?」

「まあ、俺の情報網はだてじゃない」

 そう言われると、なんとなく怖くなる。それが冗談だと分かっていても、家泉ならやりかねないと思うのだ。


「あ、そう。――で俺に何か用?」

「そうそう。ずっとお前の顔を見て、誰かに似ているって思っていたんだよな。それでやっと分かったよ。おまえってあのモデルに似ている。ていうより本人じゃないの?モデルしていなかったか?」

 突然の問いに、貴之は焦った。焦る必要はないが、なんとなく知られたくなかったのだ。高校生の時のあの状況があまりにも不自由だったから。


「おまえ、そういう雑誌に聡かったのか?」

「やっぱり岸口(キシグチ)ケンっておまえだな?」

 家泉は貴之に顔を近づけ、にんまりと笑った。


「隠しても仕方ないもんな」

「やっとすっきりした。でも何で岸口ケン?竹原貴之とかすりもしないじゃん」

「知らないよ。事務所から言われた名前だから」

「どうしてこの名前になったか聞かなかったのか?」

「聞いてどうする?何の意味もない。本名じゃなければ名前なんてなんだって構わなかったんだからさ」

「ふうん。で、なんで今日は女の子とランチ?」

 家泉はにやりと笑った。家泉の急な話題変更など別に困った変化球ではないが、わざとらしいそれが貴之は気に食わない。


「違うよ。たまたまなの」

「そうなの?そんな余裕があるなら合コンもどう?」

 もう少しで唇が当たってしまうのではないかと言うくらい顔を近づけられ、貴之の身体はのけぞった。


「おまえ少しおとなしくするって言ってなかったか?もしかして振られたか?」

「馬鹿だろう?俺たちの絆はどんなものよりも強いの。これくらいで切れないの」

 家泉の言葉に貴之はにやりと微笑んだ。


「そう思っているのは本人ばかり、ってね」

「うわ、友達甲斐のない最悪な男」

 家泉はわざとらしく眼を大きくし、驚いて見せた。

「どうとでも言ってくれ」

 すっかり家泉の相手に疲れた貴之は投げやりだ。


 ――ああ、そうか。

 同じ高校出身の男が噂を流していると言う事は、貴之が春里と恋人関係になった事は伏せておいた方がいいのだろう。まわりまわって噂は流れ、春里がまた呼び出しをくらうことになりかねない。また、貴之は春里に笑みを浮かべながら文句を言われてしまう。それはそれでかわいいのだけれど。と貴之は考え、にやりと笑った。この時、家泉が眼を丸くして驚いていたことなんて貴之は知らない。


岸口ケンって初めて出てきましたよね?うん。

最初はここまで書く予定ではなかったので、貴之のモデル時代の名前なんて考えていなかったのです。それで考えて、やはり簡単な方法がいいなと思い、アナグラムに逃げようとしたのですが、貴之の名前、アナグラムに向いていないことに気づきました。とにかくaが多い。

でも、私なりに岸口ケンはある法則で決めたものです。その法則が分かった人は私レベルの思考と言うことですね。同じような考え方をする人はいるとは思いますが……。


次回は夏休みに突入。


次回もお付き合いください。

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