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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【奏太は横から掻っ攫う】

 春里は別に逃げるように去ったわけではない。ただ、不貞腐れただけなのだ。だから、すぐに如月は追いついた。そのすぐ後に春も。


「先輩、長野も悪気があった訳じゃないのですよ」

「分かっているよ。だから、反論はしなかった。あれ以上伊澤さんをいじめるのは本意じゃないし」

 そうなのだ。ちょっと意地悪な復讐のようなもので、本気で陥れようなんて考えてはいない。伊澤が幸次郎を結構気に入っていることもなんとなく態度で分かる。とても大人しいのだ。猫を何匹被っているのだろうといつも思っていた。


「まあ、仕方ないですよ。長野は何も知らないのですから」

 如月はきれいな笑みを浮かべる。

「いつも思うんだけど、その笑顔って鏡で練習でもしているの?」

「え?」

「あまりにも完璧だから、きれいな笑みの研究でもしたのかと思って」

 別に嫌味を言ったつもりはなかったのだが、如月は嫌味に聞こえたのかもしれない。今まで見たことのない苦笑を見せた。


「別に練習などしていませんよ」

「ごめん。今日のわたしの話し方はどうも棘があるみたい。別に嫌味じゃないよ。ただ、今まで見ていてずっと思っていただけ。きれいな笑みだなって」

「ならば、褒め言葉として」

 クスクス笑い出したのは春里ではなくなぜか春だった。


「おもしろいね。素直合戦だ」

 春の言葉に春里と如月の足が止まった。

「感情を隠すことなく、誤魔化すことなく、きちんと伝えるってすごい事でしょう?素直にごめんって言っちゃうし、嫌味じゃないと言っちゃうし、褒め言葉として捉えるって言っちゃうし」

 何が可笑しいのか突然春はおなかを押さえて笑いだした。


「そんなに可笑しいことだった?」

 春里が尋ねると、春はおもいっきり(かぶり)を振った。

「ただ、春里ちゃんってこういう面もあるんだなって思って」

 春里はドキリとした。信頼をすれば素直になる。それまでは警戒を解かない。それが春里なのだと春は気づいたということなのだろうか。長野にはまだ警戒は解いていない。もちろん小牧にも。だが、如月は少し違った。一番警戒するべき相手のように感じながらも、なぜか素直になれるのだ。相手が同じタイプに見えるからだろうか。そんな事を何度か考えたこともあったが、はっきりとした答えなど出るはずもないので、考える事を諦めた。


「それは嬉しいことですね」

「これって相当珍しいと思うよ、友喜君」

 突然名前で呼ばれ驚いたのか、如月はぴたりと足を止めた。春里は時折春が分からなくなる。人見知りが激しいのかと思えば馴れ馴れしい態度を平気でとる。まるで長い付き合いの友人のように。現に驚いている如月など気にせずに、春はかわいらしい笑みを如月に向けている。意表を突かれたと言うのだろうか。こんな如月を見るのは初めてだ。


「姫川さんは小悪魔ですね」

 取り繕うように如月は微笑む。いつものきれいな笑みとは程遠い。その姿が年相応に見えて、春里は微笑ましく思った。


「罠に引っかかってみたら?」

「な、何を言っているのですか」

 一度崩れたペースは取り戻すのに時間がかかるらしく、見事にいつもの如月ではなくなっていた。それがとても楽しい。


「結構いいかもしれないよ。如月君のペースをいつも崩す小悪魔って」

「篠原先輩言いすぎです。意地悪です」

 微かに尖った唇が如月を幼く見せた。無意識なのが分かるから、余計に春里はその表情を気に入った。


「そのほうが如月君は魅力的だよ。いつも猫を被り過ぎ。まあ、他人(ひと)の事は言えないけれどね」

 春里がわざとらしく口角をクイッと上げると、バツが悪そうに如月は口をへの字にした。


「不貞腐れている子供みたい」

 おもしろくなって春里は飛び跳ねるように歩きだした。それをまねするように春も飛び跳ねながら歩きだす。その後ろをとぼとぼと如月は歩きだした。

「調子が出ない」

 ぼそりと出た呟きを耳聡く聞いてしまった春里は静かににんまりと微笑んだ。


 校門の外に手を大きく振っている男性の姿が見えた。ブルーのチェックのシャツをロールアップし、中に黒のパーカーを着ているようだ。それがすぐに奏太だと春里も如月も分かった。如月が大きな溜め息を吐いた。

「今日もここでお別れですか」

 今日もと言うほど頻繁ではないのに、不服だと言う口調は不貞腐れている。


「いいじゃないの。春お姉さんと帰ろう」

 姫川が、わざとらしく如月の腕に腕を絡めながら言った。

「――そうですね。篠原先輩の秘密でも聞きだしますかね」

「それは残念。わたし秘密なんて知らないよ」

 春はあっけらかんと言う。如月は調子が出ないようで、眼を強く瞑った後、前髪を雑に掻きあげた。



「こんにちは、奏太さん。本当は月曜日にでも来ると思っていたんですけれど」

「そんなに俺に会いたかった?」

「うーん、そこまでは」

 春里の返事にケラケラと奏太は笑った。


「報告をもらったのが昨日の夜、じゃなくて日をまたいだ今日だったんだよ。気持ちよく寝ていたのに起こされた」

 奏太はわざとらしく不貞腐れた口調をした。

「それはご愁傷様です」

「本当に手がかかるよね。あの男は」

「そう言うところが気に入っているんじゃないですか?からかい甲斐があって」

「まあね。ところで、また春里ちゃんを借りてもいいかな?」

 奏太は如月に尋ねたのだが、返事をしたのはこれまたハイテンションの春だった。


「どうぞ、攫って行ってあげてください」

 この返事で奏太は姫川の存在に気づいたようだ。奏太はきょとんとした顔で姫川をじっと見つめていた。

「奏太さん?」

 春里が問いかけると、我に返ったように動きだした。


「春里ちゃんのお友達?」

「そうですよ。姫川春です。覚えていませんか?貴之さんが定期券を拾って声をかけたことがきっかけでサル軍団にいじめられた女の子」

「あ、ああ。いたね」

 奏太は再び春の顔を見つめた。その視線に耐えられなくなった春は、俯いてしまった。その時、後から伊澤達の団体がやってきた。


「増永先輩?」

 伊澤が遠慮がちに聞いてきた。

「あれ?いつの間にかもう一人お友達?」

「いえ、そのボスですよ」

 春里の返事に納得したのか、奏太は大いに笑った。


「春里ちゃんって最強だね。仲良くなっちゃったの?」

「別にそう言うわけではないですけどね」

「まあ、いいや。じゃあ、姫川さんが言ってくれたとおり、攫って行くね。如月君、ごめんね。また奪ってしまって。春里ちゃんは俺の方が好きみたいだ」

 最強ではないかと思う程の無邪気な笑みを奏太は浮かべ、当然のように春里の肩を抱いた。そして、春里に歩くように促す。文句を言ってやろうかとも思ったが、そのまま奏太に従った。


「姫川さんっておもしろい子だね」

「でも、人見知りも激しいんですよ」

「そうなの?そうは見えなかったな」

「そうですよね。わたしも不思議でした。――ところで、もうそろそろこの腕をどかしていただけませんか?」

「ああ、ごめんごめん。貴之に蹴られるね」

 奏太のわざとらしい反応に苦笑した。だが、こうやってすぐに春里に会いに来てくれる優しさは嬉しい。だから、こんな些細な事は咎めたりはしない。


「ねえ、姫川さんって」

「恋人はいませんよ」

「え?」

「それを聞きたかったんじゃないですか?」

 なんとなく奏太の雰囲気を感じ取っただけだ。いつもと少しだけ違う雰囲気。

「なんで春里ちゃんは俺に対してだけ聡いの?自分に関係すると鈍感になるよね」

「失礼ですね」

 春里はわざとらしくフンとそっぽを向いた。


「だってね、俺ってそんなに分かりやすい?」

「分かりやすいですよ。ぼうっと見つめていたじゃないですか。ああ、見つめていたじゃなくて見惚れていた、ですね」

 春里はわざとらしく上目遣いで奏太の反応を確かめるように、本心を覗きこむように見つめた。よく見ると中に着ていると思っていたパーカーと上のシャツはくっついているようだ。変な発見に春里は噴き出しそうになった。


「認めるよ。だからさ、協力してほしいな」

「春は貴之さんのファンですよ。その後は長野幸次郎君」

「貴之のファンなら俺のファンにもなるよ」

「どこをどう通ったらそう言う結論に達するのか説明していただけるとありがたいのですが?」

「意地悪だな。春里ちゃんだって俺にも少し惹かれたでしょう?」

 春里はクスクスと笑った。


「そうですね。いい証明でした」

 確かに奏太を気に入っている。恋愛感情はそこには無かったが、もしかしたら春ならば――なんて考えを巡らす。そう、そうなったら嬉しいと春里自身が思ったのだ。


「確かに春なら保証しますよ。仲良くなるとあっけらかんとしていてかわいらしい子です。人の悪口を聞いたこともないし。あ、でも少々辛辣」

「へえ」

「ただ、言葉遣いが独特かもしれませんけれど」

「言葉遣い?」

 奏太は首を傾げて見せた。

「はい。お話をすれば分かりますよ」


むふふの正体は奏太の恋心。


次回は春里と奏太和菓子屋にて。奏太がお願いしたお礼は?


次回もお付き合いください。

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