【これは一つの楽しみ】
久しぶりに見た春里の雰囲気は少し違っていた。何と説明するべきか。褪せていた色が鮮やかになったような、つまりは恋をしているな、と分かる程度になっている、と言うところだろう。
貴美は春里にコーヒーを淹れ、今日買い物の帰りに買ってきたワッフルを出した。それはクリームとフルーツがサンドされたとてもかわいらしいもの。それを見た時の春里の自然の笑みは貴美の心に花を咲かせる。
――女の子もいいな。
春里がこの家に来てから何度も貴美は思った。男の子を育てることも楽しかった。色々大変だったけれど、今となってはいい思い出だ。今の貴之はもう自慢できるくらいしっかりしている。だが、女の子は全く違った。抱きしめたくなる瞬間がある。一緒に話をして、笑っている楽しさがある。こうやって春里のために様々なおやつを買ってきてしまうのはそう言う時間を持ちたいからだ。しかも、今回は貴美にとっても特別だ。春里と貴之の恋の行方は貴美にとっても重大事項。
「それで、貴之は元気だった?」
当たり障りないところから会話は始まった。にこやかな貴美に反して春里の表情は緊張している。
「はい、元気でしたよ。部屋もきれいにしていました。ただ、食事はちょっと、感心できませんね」
春里の言葉に貴美は笑った。口調も言葉も春里らしい。そして、貴之の将来も垣間見える。きっと春里の方が強くなるだろう。貴美自身、ここで一緒に暮らしている間にそういう力関係だと言う事は分かっていた。
「貴之は歓んでいた?」
春里は質問の意図が分からなかったようで首を傾げた。きょとんとした表情がまた幼くてかわいい。
「春里ちゃんに久しぶりに会えて」
春里の顔が一気に朱くなった。その表情そのものがかわいらしくて貴美はクスクスと笑った。
「春里ちゃんは照れ屋さんね」
「慣れていないんです」
春里は俯いたまま言った。
「それで?」
「あ、はい。自分で言うのもなんですが、歓んでくれていました。わたしも嬉しかったですし」
「うん。それで、春里ちゃんはしっかりと返事をしたのよね」
「はい。それも歓んでくれました」
春里はやはり俯いたままだ。だが、貴美の質問にはしっかりと答える。貴美は満足して、何度も頷いた。
「それで、貴之はどこまで手を出したの?」
何でもない質問のように貴美は言う。しかも質問の後にワッフルにかぶりつく始末。貴美としては春里とこういった恋の話をしてみたかったのだ。その相手が自分の息子になるとは思ってもみなかったが。
「うーん、そうね。手は握っていたものね、お付き合いの前から」
春里は頷いた。
「抱きしめてもいたわよね。朝とか」
「あ、あれはまた違って……」
「階段から落ちそうだからなんて言っていたけれど、絶対にあの子鼻の下伸ばしていたと思うわよ。いやらしい思考も持っていたと思うし、きっと役得だって思っていた。意識が薄い事をいい事にやりたい放題だったんじゃないの」
貴美は優雅にコーヒーを飲む。春里もつられてコーヒーを口にした。
「キスはしたわよね。あの子の性格からしたら速攻しそう」
「何でそう言う事が分かるんですか?」
「と言う事はしたのね。まったく、付き合ったその日にキスって手が早すぎるのよ」
「鎌ってやつですか」
「別にそんな大層なものじゃないよ。鎌をかけるまでもなく、想像できたから」
「はあ」
「まさかとも思うんだけれど、胸とか触られていないわよね」
春里は一気に顔を朱くした。
「まさか!」
手を出すなとさんざん注意はした。だが、それはつまりは肌を合わせること。胸に触れるのはまた違うと貴之が解釈をすれば、胸ぐらい強引に触れそうだ。
だが、春里は自分の反応がおかしかったのだと気づいたのか、おもいっきり頭を振った。
「だ、大丈夫です。触られていませんから」
「本当ね。あのね、春里ちゃん。嫌ならきちんと拒否をしてね。拒否したくらいで嫌うような心の狭い男じゃないはず。母親の欲目じゃなく、それは確かだと思うの」
「はい、分かっています。貴之さんはわたしが嫌がる事は絶対にしませんよ」
春里がかわいらしく笑った。その言葉に貴美は安心した。
「なら、安心ね」
「はい。あ、それで……」
春里はワッフルを一口口にして、どう話そうか悩んでいる風だった。なので、貴美は何も言わずに、春里が話しだすのを待った。
「週末は、貴之さんに会いに行こうと思っているんです」
「泊まるつもり?」
「……はい」
「それはだめ。今回は色々久しぶりだし、と思って許したけれど、実際は許せる事じゃないのよ。わたしは春里ちゃんの事も大事。春香さんから預かった子って事もあるけれど、それ以外でもね。だから、母親として言うの」
「はい」
「貴之に言いなさい。べたべたしたいのならここを遣えばいい。親がいない時ならいっぱいある。逢瀬はこの家」
貴美の言葉に再び春里の顔は朱くなった。今日の春里は忙しい。貴美は春里の初心さに微笑んだ。
「まあ、健全にデートを重ねて欲しいのよね。そう言う時間って大切でしょう?たとえば、映画や遊園地ね。まあ、ハイキングなんかもいいかもしれないわよね。なんか爽やかカップルって感じがするでしょう?」
貴美はコーヒーを飲み干し、カップを持ってキッチンへ行った。
コーヒーを注ぎ、リビングに戻ると、春里はソファに凭れて天井を見ていた。
「デートか」
春里の呟きを聞いて貴美は思わず噴き出してしまった。春里は振り返り、貴美を見て、バツの悪そうな顔をする。
「デート、いっぱいしなね。きっと楽しいわよ」
「そうですよね。一緒に出かける事って少なかったから、楽しみです」
二人のデートと言えば春香の御見舞いくらいだっただろう。これから別々に生活をしていくのだから、他の恋人同士がするようにどこかで待ち合わせをして、同じ時間をすごし、別れを惜しんで一日を終えるような過ごし方をしてもらいたい。十代の若い男女らしく、笑顔の絶えないデートをしてもらいたい。それを積み重ね、お互いを知って、その先に進むのならばそれは自然のことだろう。貴之が大切な女の子を傷つけるような事をしなければいい。突っ走って春里を傷つけるような事をしない限りは、許容するしかない。恋人同士になった二人なのだからその先は止められないだろう。
今回は貴美視点。貴美の優しさと楽しみですね。
次回は貴之報告をする。そして、家泉のことを少しだけ知る。です。家泉のことを知っても仕方ないけれど。
次回もお付き合いください。




