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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【春里は恋をして変化する】

 月曜日、春里はなんとなく心弾む思いで学校に行った。自分自身がこんな風に変化するとは思ってもみなかった春里は、心底驚いていた。何があっても許せてしまうのだ。朝から騒がしい小牧にも笑顔であいさつをする事ができる。これってすごいことだ。


「今日の春里ちゃんはご機嫌だあ」

 にこにこしながら春が言った。今は授業が終わり、次の授業のため移動しているところだ。


「何でそう思うの?」

「そんなの誰が見ても思うと思うよ。今だってすっごいにこにこ」

 すっごいに力を込めて言う春に春里は苦笑を見せて誤魔化した。自分がこんなに分かりやすい人間だとは思っていなかった。いろんな仮面を被り、相手によって接し方を変えてきたつもりだ。猫だって何匹も被っている。だけれど、それら総てが剥がれ、丸裸にされた気分だ。


「お休みに何かいい事でもあった?」

「んん、どうだろうね」

 何とか笑みを消そうとしたが、それさえも失敗した。だから、そんな春里を見て春はとても嬉しそうに笑う。


「なんかいい。すっごくいい」

 急に春は飛び跳ねる。

「今度こっそり教えてね」

 春はかわいらしくウインクをして見せる。とてもきれいなウインクに春里はクスクスと笑った。結構器用な春里ではあるが、ウインクができない。片眼を瞑ろうとすると、どうしてももう一つの眼も瞑ってしまう。つまり、両眼を閉じてしまうのだ。多分、貴之よりも下手だ。だから、貴之には話さない。負けたくない気持ちが強すぎて。


「ねえ、ウインクの上手な仕方ってあるの?」

「え?うーん。そうだなあ。どうなんだろう。わたしの場合はできなかった事がないから分かんないや」

「ああ」

 なんとなくその意味が分かる。なんなくできてしまう人はできない人が分からないものだ。どうしてできないのか、何が理解できないのか、それ自体が分からない。春里もよくある。


「もしかして、春里ちゃんはウインクできないの?」

 春里が頷くと、春はにやりと笑みを深めた。

「すごい。わたしやっと春里ちゃんに勝るものを見つけたよ」

 再び飛び跳ねる春に驚いたが、それと同時に春のセリフにも驚いた。


「何を言っているの?春の方が運動全般わたしより上じゃないの」

 そうなのだ。春里は本当に運動神経がない。そう、ないと言って過言ではないくらい運動音痴なのだ。走る事は言わずもがな、球技も水泳も駄目だ。ボールを投げればすぐそこに落ちるし、水泳は懸命に足を動かしても腕を動かしても、前には進まず沈むばかり。一応、水には顔をつけられるが、それは運動神経とは関係ない。


「でも、それってすごく愛らしくてわたしは好きだもん。だから、春里ちゃんはそれでいいの」

 時々、春の基準が分からなくなる。あんな格好悪い姿のどこが愛らしいのだろう。春里は首を捻った。


「だってね、バスケットボールをしている時の春里ちゃんってかわいらしいんだよ。絶対にあの姿を見たら、ぎゅっと抱きしめてあげたいって思うよ。男の子も女の子も」

「なんかそれって嬉しくない」

「そう?計算じゃないかわいらしさって事でいいんじゃないの?」

「たとえば、それを春が言われて嬉しい言葉なわけ?」

「どんなことでも『愛らしい』『かわいらしい』と言われる事は嬉しい事でしょう?だから、素直に受け取りなさいって」

 春は春里の背中をおもいっきり叩いた。春里は納得できずに唇を尖らせた。



 帰りはいつものごとく、だ。春里の周りはいつの間にかにぎやかになっている。教室を出たところで長野兄に掴まった。弟が迷惑をかけてすまないと謝っていたが、兄に謝られることではないと春里は笑顔で言った。いつもなら無表情で言うところだが、今日の春里の通常の顔が笑顔だから仕方ない。そんな春里の反応に不思議そうに長野兄が首を傾げていたが、春里は気にしなかった。そんな二人をむすっとした表情で見ていたのが小牧だった。多分、いつもと違う春里の態度が気に入らなかったのだろう。もしかしたら勘違いさせてしまったかもしれない。春里からしたら勘違いしようがしまいが関係のないことだが。


 下駄箱では当然のように如月が待っていた。その隣にぴょこりと立っていたのが長野弟、幸次郎だ。いつもなら溜め息を盛大に零す春里だが、今日はやはり違った。その態度に、如月が呆然としていたが、春里はそれを無視した。


「こんにちは篠原先輩。今日は何かいい事でもありましたか?」

 にこやかに如月が言った。一目で春里の変化に気づいたようだ。


「しまりのない顔だって言いたいんでしょう?」

「いいえ、そんな事は言いませんが」

「はっきり言えばいいのに。まあ、何があったかなんて言わないけれどね」

 春里は如月にいつもの笑みを見せる。その笑みに負けないくらいきれいな笑みを如月も浮かべた。


「ご機嫌なのは嬉しいことですが、僕にとってはいい事ではないような予感がします」

 やはり如月は鋭い。小牧は天然で、自分大好き人間だから、春里の心の変化までは感じ取らないだろう。幸次郎の場合は、そんなに接していないから春里の変化に気づくことはないだろう。だが、如月はきっと気づくだろうと思っていた。春が気づいたように如月なら一瞬で分かってしまうのではないかと感じていた。その予想が当たって、春里は苦い思いでいた。



 日曜日、貴之は春里の身を案じていたのだ。貴之と恋人同士になった事を学校の人間に知られでもしたら、春里が痛い目に遭うかもしれないと心配していた。だから、貴之との関係が変わった事は誰にも言わない方がいいと言われた。それは春里も賛成だった。だが、こうやって好意を抱いて近づいて来てくれる男の子たちに申し訳ない気持ちもあるのだ。もし、春里に恋人ができた事を知ったら、彼らは春里を諦め、次の恋に走るのではないだろうか。そう思うと、誠意を持ってそれを伝え、きちんとした選択肢を与えてあげるべきなのではないだろうかと悩むのだ。


 ――なんか自惚れているみたい。

 春里は自嘲の笑みを浮かべた。まるで、みんながみんな、自分に恋心を抱いていると思っているみたいだと思ったからだ。


「先輩はすでに進路は決めているんですか?」

 突然幸次郎が身を乗り出して春里に聞いてきた。本当に突然の質問に春里は驚いてしまい、しどろもどろになってしまった。


「ん、んん。そうねえ。どうだろう」

 国語の教師になりたい事は決まっている。ただ、それだけしか決まっていないのだ。それを目指すためには教員免許が必要になるから、免許が取得できる大学に進学をする。それは分かっていても、どの大学に進学をするかは決まっていない。


「まあ、大学進学だろうけどね」

 そう、大学に進学――そう考えた春里の脳裏に浮かんだのは貴之の顔。貴之と同じ大学も悪くないと思ったばかりだった。当然学部は違ってくるが、同じ大学に通うなんて素敵だろうな、と想像してにやついたばかりだった。それが顔に出ていたのかもしれない。


「今日の春里はやっぱりおかしい」

 小牧にまで言われてしまって、春里は意識的に顔を引き締めた。


 今日、もしかすると奏太が待ち伏せをしているかもしれないと思ったが、毎回立っている場所には奏太の姿はなかった。当然のことだが、大学生だって毎日暇なわけではない。今日はきっと講義で大変なのだろう、と春里は思った。



 日曜日、家に帰るとすでに家には誰もいなくて春里はホッとした。春里が寝た頃に貴美は帰ってきたみたいだった。春里が学校に行くときはまだ貴美は寝ていた。俊介はずっと帰らずに病院で寝泊まりしていたようだ。だから、貴之の部屋に行ってから貴美にも俊介にも春里は会っていなかった。それはある意味春里を歓ばせた。きっと色々と聞かれるだろうと思っていたから、少しは気持ちが落ち着いてから会いたかったのだ。そして、今日家に帰ると、満面の笑みを浮かべた貴美が春里を出迎えた。


少し変化の春里。ウインクできない春里。私はできるでの春側。


次回は春里と貴美。


次回もお付き合いください。

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