【春里の決意】
奏太が来て、背中を押してくれたのにもかかわらず、春里は決意を固めるのに相当な時間を費やした。気づけば七月。きっと貴之は待ちぼうけを食らっているだろう。諦めてしまっているだろうか。
春里の決意もやっと固まり、自分の行動力のなさに呆れかえっていた。
学校から帰ると、今日は仕事が休みの貴美が笑顔で迎えてくれた。その笑顔を見るとふと決意が――いや、ここで決意しなければならない。春里は自分に言い聞かせて、貴美の後ろを歩いた。
「貴美さん、ちょっとお話があるのですが、今いいですか?」
「その前に着替えてきたら?わたしは逃げないわよ」
貴美はそう言ってキッチンに消えていった。春里は自室に行き、部屋着に着替える。Tシャツとジャージ姿だ。
リビングへ行くと、すでに貴美はソファに座ってお茶を飲んでいた。
「今日はみたらし団子を買ってきたの。春里ちゃんは好き?」
「はい。甘じょっぱいところが何ともいいですよね」
春里はそう言って、貴美の隣に座る。
「ところでお話ってなあに?」
春里は貴美が淹れてくれた緑茶を一口飲み、深呼吸をした。
「わたし、貴之さんが好きです。ずっと貴之さんはわたしに気持ちを伝えてくれていたのに、わたしは甘えて答えを出さずにここまで来てしまいました」
春里はゆっくりと貴美を見た。貴美はとても温かな眼差しで春里を見つめていた。
「わたし、わたし自身に素直になります。わたしは貴之さんが好きです。貴之さんがこの家にいなくなってから、なんか淋しくて仕方ありません。もう、限界かもしれません。会いたくて仕方ない」
最後の方は絞り出すような声になっていた。口にした言葉は春里にとって照れるものばかりだが、それ以上に自分が貴之を好きなのだと自覚をさせられるものだった。
「まあ、素敵。やっと決意してくれたのね」
貴美の言葉に春里は伏せていた眼を上げた。
「きっと俊介も歓ぶわ。春里ちゃんは何も気にする事はないの。わたしは春里ちゃんが大好きだから」
「でも……」
「それにね、貴之の幸せも願っているの。春里ちゃんは知らないでしょう?貴之は春里ちゃんの前だとすごく甘い男になるの。あんな表情見た事ない!っていうきれいな笑みを見せるのよ。あれを初めて見た時は驚いたわ。そうじゃなくても春里ちゃんといる時は楽しそうだし」
貴美は何かを思い出したようにクスクスと笑った。
「遠慮は無用。貴之の胸に飛び込んで欲しい!」
貴美はそう言って春里におもいっきり抱きついた。春里は呆然としながら貴美の温もりを感じていた。
「本当に、いいんですか?」
「もちろんよ。貴之も春里ちゃんもハッピーでしょう?春香さんはどう思うかしらね。貴之のこと気に入ってくれていると嬉しいんだけど」
「母も貴之さんの事、好きだったと思います」
「なら、何を迷うことあるの?問題ないじゃないの」
貴美は一層力を込めて春里を抱きしめた。そして、春里からそっと離れる。
「貴之をよろしくね、春里ちゃん」
満面の笑みを浮かべた貴美は、とてもかわいらしかった。
善は急げとはこういう事かも知れない。貴美はおいしそうに御団子を食べながら春里にこう言った。
「思い立ったが吉日とも言うでしょう。すぐに貴之に電話して。それで、土曜日にでも貴之に会いに行っちゃいなさいよ。久しぶりだしゆっくりしてくればいいわ。募る話もあるだろうから、貴之のところに泊まってきても構わないわよ。そのかわり――」
操だけは守るのよ。といたずらっ子のような笑みを浮かべて貴美は言った。母親が普通言うことだろうか。そんな不思議な思いを抱きながら、恥ずかしくなって春里は俯いた。
「まあ、わたしからも注意しておくわ。多分大丈夫だと思うんだけれど。なんせ、ずっと好きだったのに、同じ屋根の下に住んでいて指一本触れなかった息子だからね。自慢にしていいのか分からないけれど」
そう言って貴美は最後の一つのだんごを食べた。
「春里ちゃんも貴之を襲ったりしないでね」
「え?ええ?ま、まさか」
「うん、まさかだよね」
にこり、と貴美は楽しそうに笑う。春里もからかわれていることは充分分かっている。だが、それでもやはり恥ずかしい。こういったことは慣れないのだ。初めての事ばかりで。
やっと先に進みます。
次回は貴之のもとに待ち望んでいた電話が。次回は久しぶりの2話同時です。
次回もお付き合いください。




