【サル軍団のボスはお友達?】
春里は春と一緒にいつもの場所で昼食をとっていた。春里はコンビニエンスストアで買ってきたサンドイッチとコロッケパン、春は母親が作ってくれた弁当だ。
春里が朝が弱いのは相変わらずで、今のところ階段からは落ちてはいないが、落ちるのも時間の問題ではないかと思えるほどだ。だから、貴美が朝、時間に余裕があれば弁当を作ってくれるが、そうではない時は自分で作ることさえ難しい。相変わらずの朝の光景だが、貴之がいないことが大きい。最近では食べ飽きたコロッケパンを春里は頬張っていた。春は、ウインナーを一口で口に放った。
「あ、見つけたわ」
複数の足音がやってきて、春里は視線を上げた。そこには久しぶりに見るサル軍団の姿。春里は思わず溜め息を吐いた。幸せはどんどん逃げていく。
「お久しぶりです。今日は何の用事ですか?」
「長野君の話よ」
「長野君って、三年のあの爽やか長野君?」
「違う。一年の弟の方よ。長野幸次郎君」
「へえ、貴之さんの次はあのかわいい幸次郎くんなんですね。全然タイプが違うように感じますが、まあ、分からなくもないです。マスコットの様ですもんね」
春里はそう言って、コロッケパンにかぶりつく。パックのコーヒー牛乳を口に含み、呑み込んだ。
「それで、今度は長野君の件でわたしにケチをつけに?こんな事をしている暇があったら、自分を磨いてアピールした方が時間を有効に遣えると思うのですが。いかがでしょう、わたしの提案は」
囲まれるたびに言っているような気がするな、と思いながら、再びパンを口にした。サル軍団のボスは、唇を強く噛み、春里を睨みつける。その視線に春里は微笑んで返した。
「幸次郎君はお兄さんの勇一郎君と比べると、とても幼くてかわいらしいですよね。爽やか少年なのは一緒ですけれど、素直なところが好感を持てますよね」
春里は気にすることなく残りのコロッケパンを口に入れた。隣に座る春は最後のご飯を口に入れ、手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いた。あんなにびくびくしていた春も心臓が強くなったのか、春里と一緒だから強気なのか、サル軍団など気にする様子もない。だから、春里も遠慮ない。
お弁当箱を片していた春の手がピタリと止まった。
「ねえ」
春が春里をじっと見つめる。
「もしかして、長野弟も春里ちゃんのファンなの?」
「え?」
「わたし聞いてなあい。わたし弟に興味あり」
「へえ、ここにもいたか。貴之さんから幸次郎君に乗り換えた女」
「言い方が悪いぃぃ」
「でも、春は部活休めないんでしょう?休めるなら一緒に帰れば幸次郎君に会えるよ」
春はわざとらしく頬を膨らませた。
「いじわる。休めないこと知っていてそういう事を平気で言う」
「な、なら、わたしが一緒に」
二人の会話に割り込んできたのはサル軍団のボスだった。
「え?」
春里と春が一斉にボスを見ると、ボスは少し怯んだ。
「抜け駆けえ?」
春が叫ぶ。
「そ、そうじゃないけど、近づけるのなら」
「手段は選ばないって?ずるいなあ」
春は唇を尖らせた。サル軍団にいじめられていた春と同一人物には見えない。春里は二人のやり取りを見てクスクスと笑った。
「立場が逆になった?」
「え?」
ボスは眼を点にして春里を見つめた。
「去年は春をいじめていた女の子が、今は春に口で負けている」
「なんか、口では勝てるみたいな言い方やめてほしいなあ」
「だって、攻め込んでいたよ」
「春里ちゃんってやっぱりいじわる」
不貞腐れた春の頭を撫でながら、春里はボスを見た。
「ごめん、あなたの名前知らないの。教えてもらえるかな」
「あ、うん。伊澤瀬奈」
「じゃあ、伊澤さん、下駄箱で待ち合わせしましょう。おまけもいっぱいついてくるけれど、多分幸次郎君も来ると思うよ。来なかったらごめんなさい。他人の行動は予想不可能だから」
春里はそう言って、ごみをまとめ、立ち上がった。その姿を見て春も立ちあがる。
「じゃあ、放課後に」
にこりと微笑む春里をサル軍団は呆然と見ていた。
「春里ちゃんって甘いよね。嫌な思いさせられた相手に優しくしちゃって」
「まあね。でも、このくらいは別にね」
「その辺がやばいよね。うん」
春は一人で頷き、納得している。
「何がやばいんだか」
春里は溜め息を零した。春の言葉は時折ついて行けない。
放課後、いつもよりもゆったりと春里は教室を出た。今日は焦っても仕方ない。そんな春里を見て鈴木は不思議そうな表情をしていた。
「じゃあ、また明日」
そんな鈴木に笑みを見せながら春里が言った。
「え?あ、ああ。じゃあな」
春里は鈴木に背を向け、教室を出る。すぐに小牧が春里の隣に来た。
「今日は逃げないんだ」
小牧が嬉しそうににこにこしている。その顔を一瞥した後、春里は真っ直ぐと前を見たまま言った。
「今日は伊澤さんと一緒に帰るから」
「え?はあ?伊澤ってあの伊澤?」
「あの伊澤がどの伊澤かは分からないけれど、伊澤さんは伊澤さん」
さて、伊澤を何回言ったでしょう?て感じだな。と思いながら春里はクスクスと笑った。
下駄箱にはすでに伊澤が立っていた。いつもよりも化粧が薄い事が分かる。そのお陰で、最初誰だか分からなかった。
――化けるな。
ふと心に浮かんだ言葉に春里は苦笑した。男性的発想だ。
「篠原さん」
伊澤は今まで見せたことのない笑みを春里に見せる。つぶらな瞳、仄かに色づいている頬。幼さがとてもかわいらしい。
「じゃあ、行こうか」
「いつの間に仲良くなったんだよ、春里」
「先程」
春里はそう言って、靴を履き換え、歩きだした。その隣には伊澤がいる。反対には当然のように小牧だ。
「今日はまた、大勢で」
「一人しか増えていない」
「いいえ。いつもここでお会いする時はおひとりですから」
春里はクスリと笑った。
「確かに」
春里の言葉に満足そうに如月は微笑む。計算し尽くされた笑みだ。
「まあ、たまにはこういうのもいいものでしょう」
「それは篠原先輩の自由ですよ」
「まあね」
当然のように春里と小牧の間に割って入った如月をブーすか文句言っている小牧だが、なぜか如月には勝てないらしい。仕方なさそうに春里の斜め後ろを歩いている。
「こんにちは、先輩」
後ろから追いかけてきたのは爽やか少年幸次郎だ。その姿を認めた途端、伊澤の顔が朱くなった。その姿を春里は微笑ましく思った。あんな下品だった女の子も好意を抱いている相手の前では控え目でかわいらしい女の子に変貌する。異性の前で態度を変える女性を嫌う女性は結構いるが、春里としては態度が変わって当然だと思える。
――だって嫌われたくないじゃない。
できるだけ印象をつけて、かわいらしく魅力的に。そんなのは当然のことだ。
「おつかれさま、長野君」
春里の言葉に人懐っこい笑みを浮かべた幸次郎は、隣にいる伊澤を見た。
「長野幸次郎と言います」
伊澤に礼儀正しく頭を下げる長野を真っ赤な顔をして伊澤は見ていた。
「伊澤さん、自己紹介」
春里は伊澤に耳打ちした。
「あ、うん。伊澤瀬奈と言います」
あの下品な振る舞いをしていたサル軍団のボスとは思えない仕草に春里は噴き出しそうになった。いつも低かった声が、ワントーン高いことも驚きだ。
――化けるな。
見事な変貌に感心さえする。
人間とは恐ろしい。気に入られたいがために自らを簡単に着飾る事ができる。本物の姿は誰にも見せない。春里もまたそうだ。そうしていくうちに本物の自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。偽りに偽りを重ねて、新しく自分を創り上げていく。相手に好まれるために。
「篠原先輩のお友達なんですね」
「ええ、まあ」
友人とは程遠い、敵対する同士ではあるが、これをきっかけに少しは距離が縮まるかもしれない。
それにしてもすごい集団だ。注目を浴びている。多くの女子生徒の視線を痛く感じながら、春里は微笑んでいた。
「それにしても、春里ちゃんはいつの間にこんなに人気になったの?」
校門の外に立っていた男の人が、突然、楽しげに話しかけてきた。その聞き覚えのある声に、春里は顔を前に向けた。
「奏太さん」
「なんか、その反応うれしいね」
奏太の笑顔に吸い寄せられるように春里は走り出した。
奏太登場で少しは流れが変わる?
ボスザルはこれからちょびちょび登場。
次回は奏太頑張る。
次回もお付き合いください。




