【興味は春里の真ん中の部分】
貴之が講義も終わり、帰る支度をしていると、隣の席に座って来る男がいた。
「よう、おつかれさん」
家泉佳長だ。まるで由緒ある家系のような名前をした男は、正真正銘一般家庭の育ちをしている。父親がサラリーマンで母親がスーパーマーケットでパート、かわいい妹は中学生という四人家族だ。
「おう」
「おまえ、金曜日どうして先に帰ったんだよ」
「つまらなかったから」
貴之の言葉に家泉は苦笑した。
「俺の信用問題に関わるんだよ」
「俺には関係ないよ。騙されたんだからさ」
家泉はわざとらしく溜め息を零した。家永の仕草は大半が演技めいている。言えば大げさなのだ。派手な方ではないが、結構な時間をかけているのではないかと思われる茶色い髪が特徴的だ。そして、赤が好きなようでいつもどこかに絶対に赤がある。今日は黒のシャツジャケットの下がボルドー色のTシャツだ。この間は確かバッグがそうだった。そして、いつも欠かさないクロスのネックレス。
「なあ、もう少し愛想良くしてさ、楽しもうぜ」
「俺は充分楽しんでいるから、家泉の力は必要ない」
「にべもないな」
「どうして俺にこだわるんだよ」
「需要があるからに決まっているだろう?」
「俺はいま必要ないけどな、家泉なんてさ」
「おまえ冷たいよ」
家泉はわざとらしく泣きそうな表情をする。そして、貴之の右手を両手でぎゅっと握りしめた。
「俺の事はケイチョウと呼んでくれよ。仲良くやろうぜ。俺にはおまえが必要なんだよ。貴之」
甘えた口調で言う家泉を睨み、手を振り払った。
「俺には何の得もない」
貴之は立ち上がり、歩きだす。それにいそいそとついてくる家泉。どんなに冷たくあしらっても、それが本気ではない事を察している家泉は痛くも痒くもない話なのだ。貴之も家泉が自分を騙して合コンまがいの会に参加させた事に関しては怒ってはいるが、家泉の性格のせいか、それによって嫌うと言うことはない。
「貴之ぃ」
いつもは貴之と呼ばない癖にこういう時だけ甘えるような声で呼ぶ。
「気持ち悪いから甘ったるい声を出すな」
「彼女だって欲しいだろう?」
「俺には好きな女性がいるんだ。その女性以外に興味はない」
突然、貴之の手は家泉に掴まれた。
「それ本当か?」
あまりの勢いと必死さにたじろいだ貴之だが、一呼吸を置いて、頷いて見せた。
「本当だよ。返事待ち。どっちに転んでも当分はその子に心は囚われているだろうな」
「すごい美人?」
すごい美人だよ。と貴之は言いそうになって、その言葉を飲み込んだ。かわいらしい眼も唇も鼻も総て貴之好みだ。と言うのも、貴之がそれだけ春里に惹かれているからなのだが。だが、惚れた欲目を引いても春里はかわいらしい女の子だ。だから、家泉に興味を抱いてほしくない。
「どうだろう。それは人に寄るんじゃないの?俺にとっては興味深い人間かな。奥が深いと言うか、真ん中の部分を見てみたいと思える人って感じかもな」
これは本心だ。今でも春里のつかみどころのないあの性格に興味を抱く。人間、そんなに単純ではないから、誰もがつかみどころはないだろう。だけれど、あれだけいろいろな姿を演じる春里は貴之にとっては別格だ。だから、その姿を脱ぎ捨てた時の本人も想像できないような芯の部分を覗いてみたいと思う。
「へえ。そんな想い人がいるなんて知らなかったよ」
家泉はニヤニヤと笑いながら言った。
「だから、余計なことはするな」
「諒解。ならば総て断りますよ」
家泉はにこやかにそう言って、走って行った。
「忙しい奴」
本当に忙しい男なのだ。人気がある家泉は、いろんなところから引っ張りだこだ。サークルもそうだし、飲み会やカラオケなどの遊びの誘いも多い。人懐っこい性格と、あの明るさと、裏表のない性格が人気を呼んでいる。常に笑顔でいるところがすごいところだ。貴之には到底まねできないところでもある。
――まねしたいとは思わないけどな。
貴之は一人でクツクツと笑った。今日は機嫌がいいのだ。春里と電話で話をしたこともあるし、土曜日に会えると言う歓びもある。だから舞い上がっている。久々に会う春里はどんな風に変わっているだろうか?それとも変わらずなのか。ずっと会えなかったから、春里の少しの変化も見逃したくはない。どんな服装で来るのか、どんな表情を見せるのか、どんな言葉を返してくるのか。それら総てが楽しみで堪らない。
「早く土曜日にならないかな」
貴之はつぶやいたことさえ気づかないくらい、浮かれていた。
家泉君が貴之の会話役。とっても調子のいい男の子です。
このお話、本当に細かいカットで、今回も短いですが、ここまでです。次回は二千字ちょっとかな?
次回は土曜日。貴之と春里。
次回もお付き合いください。




