【初めての学園祭】
学園祭当日はこの高校は一つの国へと変貌する。特別な紙幣を発行するのだ。それが、入場の手続きとなり、それを遣って学園祭を楽しむ。高校の正門、裏門、そして校内の数ヶ所に生徒会と学園祭実行委員会が両替所として紙幣交換をできる場所を設置している。入場する一般客はここでお金と専門の紙幣を交換する。一円が一学園になるだけのことだが、これが伝統のようだ。
入場の時、一般客の手荷物検査も忘れない。何か問題があった時、学校側が介入することをよしとはしないからだ。そんな事があったら、その年の生徒会と学園祭実行委員は汚名を着せられてしまうのだ。そのため、温和に接しながらも、厳しい眼が光っている。
春里は用意されたメイド服を着て、時間がくるまで突っ立っていた。他にチャイナ服、ナース服などを着る女の子たちがそわそわしている。男の子たちは一様に執事のような服装だ。これらがレンタルと言うのだから、それなりの需要があるのだろう。
「男の子ももう少しおもしろい格好すればいいのに」
春里の一言に一人の男の子が振り返った。
「今頃遅いよ」
黒い髪を後ろに撫でて少し大人っぽく見せている長野が笑いながら言った。
「まあね。でも、白衣とかパイロットとか色々ユニフォームがあるのに」
「まあな。でも、コスプレ姿を歓ぶのは男たちだよ。俺たちがコスプレをしても誰も歓ばないんだって」
「そうかなあ」
「篠原がこの服装をするだけで大繁盛だと思うよ」
長野は楽しそうにそう言って春里のメイド服姿を上から下まで眺めた。黒のワンピースに白のエプロンと言うオーソドックスなものだ。エプロンと揃いのカチューシャには抵抗を覚えたが、初めて身につけるバニエに少し気持ちが昂った春里だった。
「写真のサービスがあったら余計に集まっただろうね」
「長野君がサービスしてあげたら?」
「俺が篠原と一緒に撮りたいんだってば」
照れるように微笑む長野に春里は微笑み返し、曖昧に流した。長野が冗談で言っていることは分かっていても、何かをきっかけに望まない方向へ話が流れる場合もある。望まない会話はすぐに終わらせるに限るのだ。
長野の言う通りなのだろうか。始まった途端忙しくなった。教室の外に列ができる程だ。お客様を店内に案内する男性陣の動作は意外に様になっている。本物を見たことはないが、本物の執事のようだ。笑顔が絶えないし、お客様の歩幅に合わせてきちんと歩いている。椅子をきちんと引いてあげるし、物腰も柔らかだ。
貴之と奏太が来たのは午後になってからだった。来たことはすぐに分かった。廊下が一段と騒がしくなり、黄色い悲鳴が響いてきたからだ。クラスの女の子たちがにやりと笑い、春里の肩に手を置いて行く。一様によくやったと言っているようだ。
「大盛況だね。行列だよ」
注文を聞きに行った時、奏太が春里に言った。春里にとっても予想外の反響で忙し過ぎていやになるくらいだったから、苦笑で答えた。
「疲れた様子だね」
「ええ。こんな状況がずっと続いているんですよ」
「それにしても、そのスカート短すぎないか?」
ずっと春里を見ていると思っていたら、貴之はそこが気になって仕方なかったようだ。
「わたしもこんな短いスカートは穿き慣れていないから、どうも座りが悪くて」
「眼の保養にはちょうどいいと思うよ」
何の冗談か、奏太はにこやかに言った。
「痛ッ」
どうやら貴之が奏太の足を蹴ったようだ。
「あまり感心しないけれど、仕方ないのか……」
貴之は独り言のように呟いた。
貴之と奏太がいた三十分程は忙しさがなくなった。店内は女の子で溢れ、誰も席を立とうとしなかったのだ。店内を覗くように廊下にも女の子は溢れ、騒がしくはあったが、一休みできた春里は二人に感謝した。
「それにしても本当にすごい人気」
春里の独り言を拾うように長野が笑った。
「最近は落ち着いたように思えたけど、こういうのを見せつけられると、やっぱりすごいんだなって思うよね」
「どこがすごいのかねえ。普通の男なんだけれどな」
「そう思うのはお兄さんだからでしょう」
厳密に言えば血がつながっていない兄なので、他人と同様なのだが。普段の貴之を見ているからだろう。春里にとっては特別な存在ではなく、身近な人間なのだ。器用に何でもこなせそうに見えて、不器用で、料理だって最近やっとまともになってきたのだ。美的センスは少々難がある。料理の盛り付けを任せると独特な盛り付け具合なのだ。文句は言わないが笑いそうになる。
「みんな本当の姿を見ないからだよね。理想に当てはめて盲目になっているだけ。日常の学校の姿を見ているだけで分かると思うんだけれどなぁ」
「俺たちの場合は学年が違うからどうしても遠い存在になりがちなんだよ。環境がまたそうさせているんだね」
「そうかぁ。そうだよね」
長野とは今日初めて話をした。見目もよく、活発な男の子で、男女ともに人気がある。春里の印象では、もっと元気な話し方をするのだと思っていたが、思ったより穏やかな話し方だ。みんなといる時の笑顔は無邪気だが、こうやって静かに話している時の笑顔はとても穏やかで、品の良い雰囲気を醸し出している。いつもとは違う服装のせいでもあるかもしれないが。春里の長野に対しての印象が少し変わったのは間違いない。
「篠原にとっても自慢のお兄さんじゃないの?」
「どうかな。自慢かどうかは分からないけれど、好きだよ」
そう。最初に会った時の冷たい印象が話した途端に消え去り、とても優しくて楽しい存在になった。奏太と一緒にいる時はいじられキャラだし、春里と二人きりの時は頼れる人だ。
「へえ、照れることもなく好きだって言えるんだね」
意地の悪い言い方だ。照れて言ったら最後、変な風に言葉の意味をとられると思ったのだ。長野にとって貴之と春里は兄妹と認識しているだろうが、春里にとっては違う。そうっ言った考え方が、一層こういった言葉を遣う時に気を遣うようになる。
「ねえ、増永先輩ってどんな人?」
「軽いイメージがあるけど、イメージだけ。優しくておもしろい人」
その場にいるだけで周りを楽しませるような人だ。笑顔になりたければ奏太のそばにいればいい。そう感じさせられる。
「よく噂を耳にするんだよね。増永先輩と篠原が付き合っているって」
長野の言葉に春里は溜め息を吐いた。どうも、男女が仲良くしていると恋人同士と認定を受けるようだ。
「増永さんは好きだよ。でも、恋愛対象としてではないよ。増永さんだって同じだと思うな。わたしと仲良くなる事によって兄をからかっている感じだから」
二人は本当に仲がいい。春里と奏太を疑うなら、奏太と貴之を疑った方がいいのではないだろうか。というくらいだ。二人がそういう関係ではない事は春里だって重々承知しているが。
「結構噂として広がっているんだよね」
「それ、わたしはどうでもいいけれど、増永さんにとってはあまり良くない傾向かも」
春里は先日の奏太の姿を思い出した。黒い髪の華奢な女性と一緒に歩いていた姿だ。あの時の笑顔はとても印象的だった。
学園祭。随分昔に経験したからすっかりどんな感じだったか忘れてしまいました。この話、必要か?と問われれば、ちょっとした遊びみたいなもの。学校行事として必要かな?と思ったので。でも、体育祭はやりませんけど。だけど、体育祭も面白かったかもしれませんね。春里の運動音痴の部分が結構出て。
次回は二人で春香のお見舞い。3話同時更新です。それだけ小刻みなのです。3話合わせても二千文字いかないという短さ。
次回もお付き合いください。




