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初恋の彩り  作者: みこえ
~進展~
177/183

【犯人は意外な人物】

 しばらくすればその時は訪れるもの。何の疑いもなくその女はそれを行った。


 その日、その時、春里は一人でそこを歩いていた。その後ろを女が歩き、その後ろを貴之が歩いていた。息を潜めて、一定の距離を保ち、でも、何かあった場合きちんと助けられるように緊張感は保って。


 二人のコツコツと響く足音は不気味な響きだった。きっと、今何かが起こる。そう予感がした。


 ――来る!

 貴之は走り出した。女は小走りで春里に近づき、春里が階段近くに行った時その手を伸ばした。


 ――間に合え!

 貴之は一気にスピードを上げた。よろけそうな春里の腕を引っ張り落ちないようにすると、貴之は一気にバランスを崩した。そこからは何が何だか分からなかった。ただただ、春里のことだけが心配で仕方なかった。


「貴之さん、貴之さん」

 悲鳴のような春里の声が響く。貴之はゆっくりと眼を開けた。今にも泣きそうな春里の顔が見えた。そっと頬に触れるその手はとても冷たかった。


「無事か?」

「はい」

 貴之は春里に微笑んで見せた後、階段の上を見る。そこにはしゃがみこんで口元を両手で隠して、眼を見開いてこちらを見ている女の姿があった。






     ***


 春里が階段から突き落とされた事件があって数日が経った日のことだ。貴之の携帯電話にメールが届いた。それは三島桜からだった。


 あの日、誰が突き落したのか分かったら連絡を入れると言う三島の言葉を受け、貴之と三島は連絡先を交換した。最初、この要件以外にも連絡を入れてくるのではないかと警戒していたが、三島は必要な要件以外全く連絡を入れてはこなかった。


 最初春里を突き飛ばしたのは三島ではないかと疑っていた。三島と言う人間がどう言う人間なのか貴之には分からなかったからだ。どう見ても、今まで貴之を苦しませてきた女と同類に見えた。だが、こういった姿勢を目の当たりにして、違うだろうと結論付けた。


 三島の指定で、大学近くのカフェで落ち合った。家泉も一緒だ。三人とも飲み物を買い、奥の席で、膝を突き合わせて密談体勢だ。


「結論から行くと、石原利里亜(いしはらりりあ)が怪しいと思います」

「イシカワリリア?」

「違う、イ・シ・ハ・ラ・です。教育学部二年の女」

 貴之はそう言われても全く誰だか分からなかった。首を傾げている貴之に三島はスマートフォンで撮った石原の画像を見せた。そこにはずいぶん前に廊下でぶつかったことのある女の姿があった。ふちなしの眼鏡をかけ、髪を一つに結った地味な女の子だ。印象が薄い女の子で、すでに貴之の記憶からは消されていた。


 何度か話しかけられ、受け流すような形で返事をしていたような気もするが、その時の会話も思い出せはしない。基本、貴之は春里意外の女性には興味がない。いくら話しかけられてもすぐに忘れてしまうくらいなのだ。田路みたいな強烈なキャラクターだと忘れたくても忘れられなくなるのだが。まあ、田路の場合はキャラクターと言うよりも敵として認識しているところはある。


「この女なら知っている」

「俺も知っているよ。うどん女だ」

 画像を興味深げに見ていた家泉が言った。

「うどん、ですか?」

「そう。竹原が座っている前の席でうどんをすすっていた女だよ」

 ものすごい記憶力だ。家泉には全く関係ないことなのにしっかりと覚えているとは。


「言われてみればそうかも。噂程の男じゃない、みたいなことを言われたな。思い出したよ。そうだよ。そこら辺にいるような男じゃないか、的な事を言われた」

 本人を眼の前にしてよくまあ言うな、と感心した覚えがある。


「篠原さんに何か恨みがあるのか、田路と同じ感じなのか」

 家泉は三島と貴之を交互に見た。

「わたしが知る限り、篠原さんとの接点はないと思うんですけど」

「いや、俺と一緒にいるときに会っているな、多分」

 でも、会話と言う会話はしていないと思うが。


「やはり竹原さんがらみではないかと思うんですけど」

「まあ、その辺は本人に問いただせばいいだけだ」

 貴之としては変な対応をした覚えもないし、濡れ衣だと言いたい思いでもあった。でも、人間どこでどう転ぶか分からないのだ。知らないうちに恨みを買うことはあるかもしれない。


「でも、確かな証拠はないんです」

 なぜか、ずっと自信ありげだった三島から少しだけ自信が消えた。

「現場を押さえれば一番簡単だよね」

 能天気に言うのは家泉だ。確かにそうなのだが、そう簡単な話ではないだろう。常に石原を監視できるようなら問題ないだろう。あとは春里と一緒に行動するとか。だが、どちらも難しいのだ。


 しかも、春里と行動を共にしていれば、犯人は顔を出さないだろう。危険を承知で春里を一人にするしか犯人をあぶり出すことは難しい。


「まあ、春里には警戒するように伝える。あとはなるべく石原の動向を見張るくらいしかできそうもないな」

「三人で手分けすれば少しは長く見張れるのではないかと思いますけど」

「三島さんは俺たちが石原を監視できない時は、なるべく春里に張りついてくれていればいいよ。なるべくメールで頻繁に連絡をし合おう」

 貴之と家泉が尾行できない時は三島が春里にくっついてくれていれば安心だ。


「そうですね」

「何か特別ミッションみたいだね」

「遊びじゃないんですよ」

 家泉は三島の言葉も気にせずにこにこしているばかりだった。


「それにしてもどうして石原だって絞れたんだ?ただ後姿を見ただけなんだろう?」

「実はデニムのスカートが特徴的だったんですよ。ポケットがネイティブ柄だったんです。普通のデニムのスカートなら誰でも穿いているかもしれないけど、こういったものを穿いている人は少ないと思って、そこから攻めました。まあ、あとは、竹原さんに興味がありそうな人を聞きこんでいったわけですけど」

「それって多いでしょう?」

「まあ、髪型や身長なども考慮して行けば絞っていけますよ。彼女、全然興味ありませんって態度を取りながらも、竹原さんの話になると耳をそばだてているとかで、みんなして隠れファンだと話していたようです」

「じゃあ、やっぱり竹原がらみじゃない」

「あくまでも噂の範疇ですから、総てを信じ切ってしまったら見誤りますよ、家泉さん」

 三島は思っていた以上に頼りになる人間だったようだ。


「よくこんな短い期間に絞りきったな」

「それが、今日そのスカートを穿いているんですよ」

 三島は得意気な笑みを浮かべた。

「じゃあ、確定じゃん」

「わたしの記憶が正しければ、九十八パーセントくらいは」

「ずいぶん慎重だね」

「はい。同じスカートを穿いている人がいないなんてことはないですから。わたしも記憶を過信してしまっては駄目です。痛い目に遭うかもしれませんからね」

「まあ、でもとりあえず、石原に絞ってもよさそうだな」

「俺も賛成」

「一応わたしも賛成です」

 貴之と家泉だけではこんなにすんなりいかなかっただろう。自信ありげに『わたしに任せてください』と言われた時は戸惑ったが、彼女自身本当に自信があったようだ。


「わたし、人とあまり深くかかわらないですけど、顔は広いんですよ」

 まじまじと見ていた貴之に三島は言った。あまりにも顔に出ていたのかもしれない。こういうところも聡いようだ。


「犯人を捕まえたらお礼するよ。何か食べたいものでも考えておいて」

「ラッキー。考えておきますね」

 急に今時の女の子のような雰囲気が醸し出された。


「え?俺は?」

「ケイチョウはおまけだから、考えておかなくていいよ」

「なんだよー。俺だって頑張っているんだけどなあ」

 三島は家泉を見てクスクスと笑っている。緊張感がまるでない雰囲気だが、きっと家泉も三島も頑張ってくれるだろう。春里のために。色々あり過ぎて春里に迷惑ばかりかけているけれど、こういう事があるとそれぞれ出逢いに恵まれているな、と思える。家泉はちょっと困ったところもあるけれど、頼りになる男なのだ。三島も見かけに寄らず義理がたい。






     ***


 貴之は春里に支えられて、起き上がった。未だに驚いて動く事ができずにいる女を見据える。

「石原、だな?」

「え?」

 春里は振り返り、女の方を見た。多分初めて彼女の存在に気づいたのだろう。


「あ、あの人」

 春里お声は震えていた。

「この間春里をつき落した犯人だよ。そして、今回もつき落そうとしていた」

「どうして……」

「さあ、その辺はあの女に聞いて」

 一度やって味を占めたのか、それとも単細胞なのか知らないが、同じことを繰り返すなんて愚かなことだ。しかも、危険が大きすぎる。


 突然起きたこの事態に自分の身体をきちんと守って階段から転げ落ちられるかどうか分からない。病院送りになったらどうするつもりだったのだろう。下手すればもっとひどいことになるのだ。それが分からないほど想像力が乏しいはずはないだろう。


「そこに座っていないで、ここに来いよ。きちんと説明してもらおうか」

 上で呆然としていた女がいきなり泣き出した。ここで泣きだしても許すことなどできる事態ではない。


「春里、三島さんに連絡取ってここに来て貰って」

「え?」

「伝えれば大丈夫だから」


こういう展開を書きながらも、大学生はこんな行動とらないだろうな、なんて思っていたり。ただ、石原を出したかっただけ。


次回もお付き合いください。

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