表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋の彩り  作者: みこえ
~出逢い~
17/183

【学園のアイドルは外でもアイドルだった】

 月曜日の朝、教室が騒がしかった。あの派手な女の子たちが誰かを責めている。誰を責めているのかは人だかりで見ることができなかった。


「だから言っているでしょう。あんたが勝手に話しかけていい相手じゃないの」

「本当だよ。何堂々と話しかけてんのよ」

 甲高い声が響く。朝からにぎやかだな、と春里は呆れていた。


「べ、別にそういうつもりじゃ」

 怯えたような声が聞こえ、春里はその声の主を見たくて立ち上がった。だが、春里のいる位置からはやはり見えない。春里は仕方なくその塊へ向かった。


「どうしたの?何かあったの?」

 春里の声に女の子たちが振り返った。登校初日に春里を階段下まで連れだしたサル軍団だった。

「この女が竹原先輩に声かけているのを日曜日に見たんだよ」

 本当に品のない話し方だ。それにしても日曜日の動向まで監視されているとは。


「それって外の話でしょう?」

「そう。偶然わたしが見かけたんだよ」

「そこまで制限させられるなんて貴之さんも可哀想」

 春里の素直な気持ちだ。呆れた気持ちもある。別に責められている女の子は悪い事をしたわけではない。声をかけたかったのなら声をかければいい。声をかけられない弱虫よりもよっぽどいいと思うのだが、彼女たちはそう思わないらしい。


「ねえ、姫川ひめかわさん、どこで話しかけたの?」

 春里はたんに興味を抱いて聞いてみた。

「ちょうど電車が一緒だったらしくて、駅の改札を出たところで話しかけました」

 なぜ敬語なのだろう?などと春里は思ったが、それは気にしないことにした。春里だって人によっては敬語を遣う。


「へえ、すごい勇気だったね。それで貴之さんの反応はどうだった?」

 一番聞きたいのはここだ。春里と奏太が一緒にいた時、他校の女の子が話しかけた。あの時は本当に冷たい眼つきをしていた。春里の知らない貴之がそこにいて、怖かったくらいだ。もし、貴之にあの視線を向けられたら、春里は耐えられないだろう。泣きだしてしまうかもしれない。大げさだが。


「それが……」

 俯いてしまった彼女を見て、春里は悟った。だから、それ以上聞く必要もなく、彼女の肩を叩いた。とても小さなかわいらしい女の子だ。名前は姫川(ひめかわ)(はる)。ちょっと地味な女の子で、あまり教室では目立たない。だから、学校の外で貴之に声をかける勇気がある事自体に驚いた。


「大体分かったからいいや」

 すでに春里の興味は失せていた。姫川は不思議そうに春里を見つめていたが、それを無視し、春里はサル軍団のボスを睨みつけた。


「あの、もっと品のある行動をとった方がいいと思いますよ。普段の行いが大切な時に影響を与えるのですから。いつ偶然竹原先輩に会えるか分からないでしょう?その時のために女らしい生活を送らないと」

 にこりと春里が微笑んで見せると、言葉に詰まったサルの集団は、悔しそうに教室から出て行った。


「ありがとう」

 蚊の鳴くような声で言われ、春里は苦笑する。貴之に声をかける勇気はあるが、あのサルの団体に反論する勇気はないらしい。まあ、それが無難だとは思うけれど。




 サルとは学習能力がないのだろうか。春里が昼に、お昼ご飯を食べるため、階段下に行くと、サルたちの大きな声が飛んできた。


 ――またやっている。

 春里は静かな場所を求めてここまでやってきたのに、一番騒がしい場所に来てしまったらしい。大きな溜め息が零れた。


 それにしても成長がない。春里の言っている意味が理解できないらしい。できるなら、貴之をこの場に連れてきたいと思う。その時このサルたちはどんな反応するだろう。それを想像しただけで笑えてくるからすごい。単純なこの集団の事だから、想像通りの反応をしてくれるだろう。


「また、なにやっているの」

 春里は呆れながらサルの集団へ近づいた。責められていたのは朝と同じ、姫川春だった。どっちもどっちだと思いながら春里は盛大な溜め息を吐いた。


「本当にどうしようもないなあ。その足、品がないですよ。もっと女らしくできないのですか?」

 ――まあ、サルなのだから仕方ないか。

 これだけは口にすると反論されそうなので心の中で呟いた。


「本当にこういう事が好きなのですね。こんな事に労力を遣うよりも、竹原先輩に好かれるように努力をすればいいのに。もったいない。もっと品良くしていればかわいいと思うのですが、いかがですか?化粧だってもう少し控えた方がいいようにも思えますし。まあ、まずは言葉遣いからですね」


 そう、男の子顔負けのひどい言葉遣いを平気でするのだ。ヒステリックな声に乗せて飛ぶ言葉は刺々しく雑だ。それを当たり前のように口にできるところが春里には信じられなかった。


「一人を大勢で責めるなんて卑怯者のすることですよ」

 言葉に詰まった団体は、ただただ春里を睨んでいた。とても悔しそうにしているボスににこりと微笑みかけると、ボスは強く下唇をかむ。


「あんたに何が分かるのよ」

 ボスが春里に向かって叫んだ。

「何を理解してもらいたいのですか?」

「え?」

「理解してもらいたい事は言葉にしなければいけません。誰にでも気持ちが伝わるなんて思ってはいけませんよ。以心伝心なんて幻なのですから」


 悔しそうにしていたボスが、俯いた。そして、春里に反論することもなく、去って行った。そのボスの後ろを同じ姿をしたサルたちが歩いて行く。その滑稽さに思わず春里は笑ってしまった。


 残された姫川は一気に声を出して泣いた。気持ちは分かる。あのサルたちに囲まれれば恐ろしいだろう。だが、怖がったら相手が調子に乗る。そこを虚勢を張って越えなければならない。女の子には難しいことなのかもしれないが。




 前の学校でもいじめはあった。春里が中学生の頃の話だ。物静かな女の子がいつもにぎやかな女の子と一緒にいる事がとても不思議だった。だけれど、別に怪しんではいなかった。


 放課後、ちょうどトイレの前を歩いた時に、騒がしい声が響き、春里は中を覗いた。そこには水浸しの女の子の姿と、それを楽しんでいる女の子たちの姿があった。春里は眼を疑った。学校内でこんな事が行われているなんて思ってもみなかったのだ。


「なにやっているの?」

 思わず聞いてしまった。見れば何をやっているのか一目瞭然なのに。

「ああ、篠原さん。邪魔しないでくれる?わたしたち一緒に水遊びしているだけだから。先生にも言わないでよね。言ったら痛い目に遭うから」

 女が嫌な笑みを浮かべた。その笑みと言動が春里には気に食わなかった。


「へえ、水遊びか。わたしも仲間に入れて」

 春里が言うと楽しそうに女の子たちは春里を招き入れた。水が半分ほど入ったバケツを手渡され、一人水浸しの女の子にかけるように指示された。女の子の瞳は揺れ、春里に何か訴えかけているように思えた。春里は、その女の子ににこりと微笑み、水をかけた。その女の子にではなく、いじめていた女の子たちのボスである女の子に。


「どう?水をかけられた気持ちは。水遊びと言うのに、なぜ一人だけしか濡れていないの?こういう人間として最低な行為を平気で出来るなんて、サル以下だわ」

 春里は凛凛しくボスを見据えた。


「だって、人間なら相手の気持ちが分かるはずだもの」

 すごく強い眼で睨まれた。だが、春里はここで怯んではいけない事を知っている。怖がったら最後だ。相手を調子づけてしまう。だから、睨んできたボスを睨み返すのではなく、余裕の笑みで返した。そして、堂々と女の子たちの間を通って、びしょぬれの女の子と一緒にトイレを出た。


「ありがとう」

 泣きながら女の子は言った。

「もしかして、ずいぶん前からいじめられていたの?」

 女の子は頷いた。

「ごめんね、気づいてあげられなくて」

 他人に興味を抱くような事はなかった。だからだろう。いじめがあるなんて全然知らなかった。それが無性に許せなくて、春里は唇を噛んだ。

「本当にごめんね」


 そして、その日から春里のそばにはその女の子がいた。あの泣き顔とは違い、かわいらしい笑みを見せて。


 その子の名前は植竹(うえたけ)知夏(ちなつ)。それからは春里の親友になった。「お互い季節の漢字が入っているね」なんて嬉しそうに言っていた事を思い出す。高校も一緒で、春里が転校することを言うと、とても淋しがっていた。なんとなく姫川とだぶり、知夏の泣き顔を思い出してしまった。




 姫川は震えていた。何かを話そうとしているが、声が出ないようだ。春里はそっと抱き寄せ、優しく包み込む。背中を擦り、姫川を落ち着かせた。


「座って」

 冷たい床だが仕方ない。姫川はゆっくりと座った。春里はその隣に座る。手には小さな巾着袋。中にはコンビニエンスストアで買ったお昼ご飯と飲み物が入っている。


「ご飯は?」

 春里の言葉に姫川は俯いたまま頭を振った。

「どこにあるの?」

 姫川はそのまま何も言わなかった。春里は溜め息を吐き、サンドイッチを一つ姫川に渡した。


「これだけじゃおなかは膨らまないかもしれないけれど、我慢して」

 姫川はまた頭を振る。それがどういう意味か分からなかったが、サンドイッチを開け、無理やり一つ姫川の手に握らせた。

「これで食べる義務を得たんだからね。義務だから責任を持って食べて頂戴ね」

 姫川がやっと顔を上げた。真っ赤な眼。


「ねえ、そんなに竹原先輩が好き?」

 春里の質問に姫川は瞬いた。

「ち、違うの。そうじゃなくて」

「うん?」

「あのね、えっと、その」


 慌てていて頭の中で言うべきことの整理がつかないらしい。春里はかわいらしいな、と思いながらにこやかに言葉を待っていた。それが分かったのかもしれない。姫川の慌てぶりがピタリと止まり、深呼吸をした。


「あの、わたし定期をしまい損ねて落としちゃったみたいで、それを拾ってくれたのが竹原先輩だったの。だから、お礼を言って、同じ学校だって言っただけ」

 話しかけたと言っていたが、本当は話しかけられたらしい。


「へえ、もしかして最寄り駅が一緒なの?」

「竹原先輩はあの駅から徒歩で十分位だって話していたから、一緒になるのかな」

 それにしては今まで出逢わなかった。

「なんだ、ご近所さんだったんだ」

 春里は紙パックのコーヒー牛乳を飲んだ。


「あ、あの、篠原さん。さっきもその前もありがとう」

「うん、気にしないで。それより食べてよ。義務だからね」

 姫川はやっと安心したのか、微笑んだ。その笑みはとてもかわいらしくて、今までのおどおどしていた面影などまるでなかった。そして、小さな声で「いただきます」と言って、サンドイッチを食べ始めた。




 帰りに姫川を誘ったが、彼女は部活だと言って去って行った。吹奏楽部に入っているらしい。楽器までは聞かなかった。小さい女の子だから上目遣いで春里に言う姿は、春里でさえ庇護欲をそそられるくらいだった。



 下駄箱まで足を運べば当然のように奏太が下駄箱に寄りかかって待っていた。いつも同じ格好で待っているところがまたおかしなところだ。春里はそんな奏太を見ながら、自分の下駄箱の前まで歩く。ゆっくりと奏太は顔を上げ、春里を捉える。そして、優しい笑みを浮かべる。


「おまたせしました」

「じゃあ、帰りますか」

 今日の奏太は少し違った。春里をじっと見つめた後、にやりと笑い、かばんを持っていない右手を掴んだ。びっくりして見上げた春里に楽しそうに奏太が笑うから、春里は手をつなぐくらいいいか、と思ってしまった。なぜか春里は奏太に甘い。何も言わない春里をじっと見ていた奏太は一層楽しそうな笑みを浮かべ、つないだ手を振った。


「じゃあ、行きますか」

 春里は頷き、歩きだした。奏太の手は大きかった。男の人の手が大きいことは知っている。だけれど、手をつなぐとそれが実感できる。温かい手だった。


「本当にどこかに遊びに行きたいんだけど」

 奏太は前を見たまま言った。

「受験が終わってからでいいんじゃないですか?合格のお祝いに三人で出かけましょう」

「そうか。うん、そうしようか。そういうご褒美がぶら下がっていたら俄然やる気になるもんね。熱い抱擁もあれば無敵だけどね」

「熱い抱擁は……考えておきます」


 春里が真面目ぶって言うと、すごい勢いで奏太が春里を見た。その反応がおもしろくて春里は笑った。


「まだするとは言っていませんよ」

「でも、ちょっとは期待する。だから冗談でも言ってほしくないかな」

 春里にとってそれは冗談のつもりはなかった。そのくらいはいいかな、と本気で思った。だけれど、今以上に期待されても困るので、それは口にしない。その代わり、にこりと微笑んで見せた。


「まあ、いいか」

 ぽつりと呟いた奏太の手を少し力を込めて握った。そうするとお返しに握り返してくる。


 ――まるで恋人同士だな。

 春里は思わずクスクスと笑ってしまった。何の心境の変化だろう。分からないけれど、これもまたいいかと思ってしまった。


 突然、つないでいた手を離された。驚いて振り返ると、そこには不機嫌な顔を隠さない貴之が立っていた。


「なに仲良く手をつないでいるんだよ」

 口調もまた不機嫌を隠さない。

「じゃあ、次は貴之さんと」

 そう春里は言って右手を貴之に差し出すと、貴之はその手をじっと睨んでいた。


「どういう心境の変化だ?」

「どういう、だろう。楽しかったから、かな」

 春里は首を傾げて言った。当の本人も分からない。


「つながないならいい」

 春里は踵を返し、歩きだした。すると、誰かの手が春里の手を包んだ。その手の主が誰だか知りたくて見ると、それは貴之だった。少し恥ずかしげにそっぽを向いて歩いている貴之。それが幼く見えておかしくて、春里は噴き出した。


「俺はどうすればいいの?」

 わざと不貞腐れて見せる奏太に「貴之さんと」と言うと、本気で不貞腐れられた。


 途中で姫川との事を話すと、日曜日の出来事を思い出したらしく、貴之は「ああ」と言った。


 話は姫川と一緒だった。定期券を拾ってあげて手渡すと、姫川は真っ赤な顔でそれを受け取ったと言う。そして、真っ直ぐ貴之を見つめて「ありがとうございます」と言ったらしい。真っ直ぐ貴之を見られるあたりすごいと春里は思う。あのいじめられていた姫川からは考えられない行動だ。そして、彼女は何の脈略もなく、急に自己紹介をしたらしい。春里のクラスメイトだと言う事を忘れずに。


「だから余計に無下にできなかった」

 と顔を歪めながら言う貴之はきっと理不尽に感じたのだろう。そんな少しのことで姫川が色々言われる事が。貴之にとっては親切にしてあげただけだ。そして、思ったより身近な人間だから少し話しただけなのだ。


「その子に悪い事したなあ」

 春里としては貴之を責めるつもりはなかった。ただ、外でも気をつけた方がいいと伝えたかっただけなのと、彼女をどう思ったのかという興味だけだった。余計な事を話してしまったと後悔が広がって行く。


「ごめんなさい、貴之さん。別に責めるつもりでもなかったんだけれど、そんな風になってしまいましたよね」

 俯いてしまった春里の手を貴之は強く握った。ハッとして顔を上げ、貴之を見上げると、貴之の眼は細められ、とても優しげな表情が見られた。

「別に責められたなんて思ってないよ」

 やっぱり貴之は素敵だな、と春里は感じた。


ということで、姫川春登場です。彼女はずっとずっと後にとても大事なキャラクターになるのです。それはずっと先ですけれど。

久しぶりのサル軍団は勢いが衰え気味でしたね。本当はもう少し雑な感じで奔放になってほしい。


次回は春里とボスザル。勝負になるのかな?


次回もお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ