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初恋の彩り  作者: みこえ
~進展~
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【貴之の甘さと春里の強かさ】

 玄関の鍵を開けて、中に入ると、後ろから貴之が抱きしめてきた。背中に伝わる貴之の温もりに安心する。ドキドキもするが、今はこの温もりが愛しい。大丈夫だと言ってくれているようで、それだけで悲しい感情が消えていく。


「貴之さん、ここ玄関」

「うん、分かっている。でも、もう少しこのままでいよう。こうしていたい」

 耳元でそっと聞こえるその優しい声に春里は眼を閉じた。頑張ってここまで来たのだと貴之は分かってくれている。


 貴之がアルバイトを休んで一緒に帰ってきてくれることを申し訳なく思いながらも嬉しく思っていた。一人ではとても不安だった。苦しくて苦しくて――。ただ単に理不尽に怒りをぶつけられただけだ。単純な感情をぶつけられただけなのに、どうもへこんでしまう。なぜ苦しいのか、なぜへこむのか、なぜ心細いのか、分からない。だけれど、今、こうやって貴之が心配してくれるだけで嬉しい。


「貴之さん、ありがとう」

「何でお礼?」

「え?」

「俺のせいでこんな目に遭ったんだよ。俺を責めることをしても俺は文句は言えない。そんな立場だ。お礼を言われる立場じゃない」

「ううん。それでもお礼は言いたいから。わたしの事を一番に考えてくれているって分かるから」

 

「春里の事を一番に考えていたらこんなことにはなっていなかった。もっと早く田路に言うべきだった」

「それを止めていたのはわたしでしょう?」

「春里は優しいから」

 優しい?そんなはずがない。いじめられた後、貴之はおもいっきり甘やかしてくれた。それが心地良くてそのまま放置していたようなものだ。田路を思いやっているふりをして、ただ単に愛されているのだと実感したかっただけのこと。貴之が優しくするのは自分だけなのだと実感するたびに優越感に浸れた。そうやって自信を得てきただけだ。優しさなんて微塵もなかった。


「ごめん、春里。いつもつらい目に遭わせている」

「うーん、それは否定できないかもね。大学生になってもこんなだとは思っていなかったのは事実だし。でも、貴之さんが悪いわけじゃないでしょう?」

「星回りが悪い」

「何それ」

 不貞腐れた口調で言った貴之が可笑しくて春里はクスクスと笑った。優しく包み込む貴之の腕にそっと触れ、その存在を確認する。


「そろそろ中に入ろうよ」

「そうだな。春里はシャワーを浴びた方がいいよ」

「そうする」

 後ろから頬にチュッとキスをされ、春里の身体は跳ねた。キスをされるなんて思っていなかったから驚いたのだ。そんな春里の反応に貴之は遠慮なく笑う。

「温まっておいで」

「そうする」


 温かなシャワーを浴びながら、田路の言葉を思い出す。

『いい気になって!』

 怒り任せのその言葉はある意味的を射ている。自分が田路の立場ならばどうなっていたか。その立場になっていない春里にはいくら考えても分からない。でも、それが分からないことが『いい気になっている』なのだろう。別に田路に同情はしない。ただ、あれだけの感情をぶつけられることには感心する。多分、春里は客観的に自分を見てしまうから、絶対に感情に任せてあのようなことはできない。


「鬼の形相って言うの?」

『あんた本当に眼ざわり。何で竹原君はあんな顔をすんのよ』

 不貞腐れながら言う田路はそれなりにかわいらしく見えた。だけれど、怒り任せに春里をトイレに叩きこんだ時の表情は見るに堪えない恐ろしさがあった。そして、濡れた春里を見る冷めた瞳。先程と打って変わって、蔑んだような笑み。多分、今までないがしろにされた事がないのだろうな。そんな風に思わせる態度だった。自分の思い通りにならないことなんていっぱいあるのに、それに苛立つことができるなんてなんて幼い感情だろう。多分、貴之に冷たい言葉を言われたら、彼女は立ち直れないだろう。どんな姿になるのだろうか。


「自業自得だけど、少しだけ同情するかも」

 田路の感情は理解できない。それでも、貴之に冷たくされた時のショックはなんとなく理解できた。


 シャワーを浴びて、部屋着に着替え、リビングに行くと、貴之はにこりと微笑み、立ち上がった。


「コーヒーでいい?」

「うん」

 すでに作られていたようで、部屋にはコーヒーの香りが漂っていた。


 貴之はカップを二個持ってやってきた。そして、春里の隣に座る。数ミリも間を開けない距離で。


 貴之の腕は春里の肩にまわっている。春里はそれを気にすることなく、熱いコーヒーを口に入れた。


「帰りに着ていた服は春里の友達が買ったものだろう?」

「そう」

「ああいう服も似合うな」

「そう?」

「うん。普段着ない感じのものだけど、似合っていた。雰囲気も変わったけどね」

「どんな風に?」

「え?どんなって言われてもな。でも、春里の友達が春里に似合うだろうと思って買ってきたものだけのことはあるよ」

 貴之はそう言ってコーヒーを飲んだ。


「三島さんだよ」

「ああ、そんな名前だったっけ」

「貴之さんが苦手とするタイプでしょう?わたしも苦手だったから分かる」

 しっかりメイクでファッション雑誌に載っているような姿。春里とは無縁のような雰囲気を持っている彼女。でも、実はかわいいもの好きで、持っている文房具はみんなかわいいキャラクターものばかりだ。化粧ポーチもまたキャラクターもので微笑ましかった。


 他人の噂は好きだし、色々なところから仕入れてくるけれど、いつの間にか春里といる時は誰かの悪口を言わなくなった。そう言うところは聡いのだろう。誰かとつるんでいることも多いが、一人でいることも苦ではないようだ。春里ともちょうどよい距離感で付き合っている。


「三島さんはまさに『人は見かけによらない』って言うタイプなんじゃないかな。あの距離感が心地良い感じがする」

「へえ、俺には分からないけど」

「あまり接していないからね。これで分かったらすごいよ」

 春里がクスクス笑うと、貴之も笑った。貴之の手がそっと春里の頭に触れる。


「今日は水をかけられただけ?」

「そう」

「殴られたりしていない?」

「そう言うのは全く。あのパワーには感心する」

「感心なんてできないよ。春里が傷つくことをしているんだからさ」

「まあね」

 貴之は春里の手からカップを取り上げ、テーブルに置いた。そして、優しく春里を包み込む。春里は貴之の胸に顔をうずめながら眼を閉じた。


「ずっとこんな感じなのに、俺って何も対処法が思いつかない。成長しないよな」

「手慣れていてもなんか嫌な感じ」

 貴之はクスクスと笑った。

「女のあしらい方は手慣れていたほうが安心するんじゃないの?」

「俺、それだけもてています。と言っているようなものだよ。男の人の反感を買いそう」

「俺が買う分には別にいいんだよ。問題は春里なんだから」

「今の態度で充分だよ。貴之さんは別に優しく接していないもん」

「でもなあ」

「わたしって結構強かだと思うんだよね。計算高いし」

「自分で言う?」

 春里が顔をあげるとそこには優しい眼差しがあった。眼を細める貴之を見て、この差が心地良いのだと知る。春里にだけ優しい貴之を感じて、優越感を持たないなんてやはり出来そうもない。自分だけ特別なのだとやはり感じてしまうのだ。心地良いくらいに。


「春里が計算高いのはなんとなくわかるけど、強かかなあ」

「何?計算高い女だと思っていたんだ」

「いろんな顔を持っているじゃん。相手によって接し方を変えたりしてさ」

 それは、誰だってそうではないだろうか。どうやってこの状況を切り抜けようか、そう考えながら最善の対応を考える。それは誰だってしていることだ。春里が特別なわけではない。現に貴之だってそうなのだ。近づいてくる女性を冷たくあしらうのはまさしくそう言うことだろう。ただ、春里の場合は極端なのかもしれないが。


「春里?」

 ずっと黙っていることが不思議だったのだろう。

「何?もしかして怒った?」

「不貞腐れた」

 貴之はクスクスと笑いだす。この笑顔がとても好きだ。作りものではない笑顔。自然に浮かんだものだ。


「大人っぽかったり、幼くなったり大変だな」

「何それ」

「いろんな表情をするなって事」

 貴之は春里の額に軽くキスを落とした。


「いろんな表情をするのは貴之さんだって一緒でしょう?」

「そう?」

「そうだよ。人によって貴之さんの印象って違うと思うよ」

「あまり意味が分からないな」

「別に分からなくてもいいけどね」

 春里と一緒にいる貴之を見たら優しい男だと思うだろう。他の女性と一緒にいるところを見たら冷たい男と見られるだろう。仲の良い男友達と一緒にいたら楽しい男だと感じられるだろう。誰だって一緒にいる人間によって印象は変わるものだ。奏太や家泉と一緒にいる時の貴之はやはり春里と一緒にいる時と違う。口調も態度も。


 貴之にそっと髪を掻きあげるように撫でられた。どうしたのかと視線をあげてみると、愛しげな眼差し。とても優しくて温かくて、自然に笑みを浮かべてしまう眼差し。再び額にキスが下りてきて、春里は軽く眼を閉じた。ここに住むようになってから甘い貴之が多くを占めるようになった。その度に恋人なのだと実感する。この男を愛しているのだと実感する。唇はゆっくりと移動する。頬に、唇に、と。


書いていくと春里が性格悪いように感じてきて罪悪感……。


次回もお付き合いください。

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