【ライバルは近くにいる】
春里と貴之の関係が兄妹ではなく恋人同士だと口にしたのは貴之だった。初めは兄妹で通すつもりだった。
貴之が働き始めた時、貴之は一人暮らしだったため、履歴書に書いてある住所は最初に暮らしていた場所だ。今は春里と一緒に暮らしているため、すでに違う住所になっているが、それを店側には伝えていない。春里と貴之が一緒に暮らしていることを誰も知らないので恋人だと言っても何ら問題はなかった。だけれど、それを知られた時、同棲をしているとからかわれるのだけは嫌だったのだ。それに、兄妹であった方がなにかと都合がいいと考えてもいた。
都合が悪いと思ったのは店長の態度だった。ひと目で春里を気に入った風で、何かと春里に声をかけている。最初は新人の春里を気にかけているだけかと思ったが、よく見ているとそれだけではないのではないかと思えるようになったのだ。
春里はいつものように軽く対応していたが、必ずと言っていいほど店長は甘い笑みを浮かべて春里のどこかに触れる。それは短くて、咎める隙を与えない程度のものだ。
例えば髪に軽く触れるとか、肩に手を置くとか。それ程度だが、他のアルバイト店員には今まで一度もした事の無いことだった。何日か気になって貴之は店長を観察したが、やはり春里以外にはそう言ったことはしなかった。故に結論が出たのだ。
――店長は春里を狙っている。
そう考えた時、自分がどうするべきか理解した。つまりは兄として対応するよりも恋人として敵対した方がいいのだ。兄は妹の恋愛に口出しできたとしても、それを縛り付けることはできない。恋人ならばそれも可能だと考えた。
もちろん春里がなびくなんて考えてなどいない。あんな軽い男に心揺れる程軽い女性ではないと貴之は知っているのだ。だが、気持ちと言うのはそう考えただけで穏やかになるものではない。
貴之は隙を見て店長に告げた。
「春里は俺の恋人なので口説かないで頂けますか?」
貴之の言葉に店長は驚いて見せたがすぐに普段の柔らかな笑みを浮かべた。
「へえ、実はそう言う関係だったんだ。騙されたね」
「兄妹だと言ったのは春里を守るためです。それにあながち嘘でもない」
「兄妹だと言わなければ守れないなんて哀れだね、竹原君」
普段通りの口調で店長は言うが、きっちりと敵視されていることが貴之にも分かった。貴之は睨んで見せるが、大人の余裕をかます店長は変わらない笑みを浮かべたままだ。
「まあ、君が兄だろうが恋人だろうが別にこっちとしたらあまり変わりないことだよ。俺は彼女を気に入った。だから、彼女を振り向かせたい。それだけの事じゃないか。篠原さんの心は篠原さんだけのものだ。心変わりをしたからと言って責めたりしてはいけないよ」
肩を二度叩かれ、貴之は悔しさのあまり唇をかんだ。店長はそんな貴之など気にも留めずにその場を去った。
店長がきれいな笑みを浮かべて春里と何か話している姿をじっと見つめる。貴之が春里と一緒でない時はどんな風なのか気にはなるものの、そこまで色々と調べてしまってはまるで春里を信頼していないようで心が痛い。春里はしっかりと仮面をつけ、きれいな笑みを浮かべているのが分かる。貴之と二人だけの時は決してしない表情ではあるが、最近大学で一緒に過ごすと、よく見る表情ではあった。何でもそつなくやり過ごす、と言った感じだ。店長はそれに気づいているのだろうか?春里のその奥にある本性を知っているのだろうか?一度でいいからそれを確認してみたい、そう貴之は思っていた。
「おつかれさまです」
突然後ろから声をかけられ、春里と店長に集中していた貴之は思いっきり驚き、身体が飛び跳ねた。振り返るともう一人のアルバイト店員、樋田が不思議そうに貴之を見ていた。
「あ、ああ、おつかれさまです」
「どうしたの?」
樋田は覗きこむように貴之の顔に顔を近づけた。
「いや、ぼうっとしていたから、驚いただけ」
「そう。あ、やっぱり仲がいいね。店長と妹さん」
樋田はまだ貴之と春里が兄妹だと信じている。恋人だと触れまわる必要もなく、社員だけが知っているようなものではあった。それに店長もなんとなく感じていたようだ。恋人とするよりも兄妹の方が何かと都合がいいのだと。春里の身を守るためにはそれが隠れ蓑になると感じ取ってくれたようだった。
「あのまま付き合っちゃうのかな。絵にはなるよね」
樋田の弾けるような口調に貴之は溜め息をついた。
「兄としては心配?」
「何が?」
「店長もてそうだし、少し軽そうだし。妹が辛い目に遭うんじゃないかと不安なのかと思って」
軽そうではなくて軽いのだ。そうとしか思えない近づき方をする。慣れている雰囲気が感じられて、それが不安を増幅させる。春里が嫌な思いをしなければいいのに、と何度も思うのだ。
「でも、多分平気だよ」
――何の根拠でそう言うんだ?
貴之は遠慮なく樋田を睨むと樋田は表情を硬くした。
「あれ。来ていたの?樋田さん。遅刻なんだからきちんと俺に報告」
貴之は時計を見ると、すでに定時を過ぎていた。そう言う事を平気で出来る女だ。貴之は気にすることなく春里の元へと行った。
「さあ、がんばろう」
手をぎゅっと握ると「はい」と返事が返ってきた。これから忙しくなる。もう私語さえも許されないくらいに。そうなればあまり店長と春里を気にしなくて済む。樋田のことも同じように。
貴之は客に呼ばれ、にぎやかなテーブルの元へと足を運んだ。
樋田が久々に登場です。誰だか分からないかも?と思いながら、まあ、その辺は思い出せなくても大丈夫だし、と思って再登場です。そして、店長が登場ですね。
次回もお付き合いください。




