【小牧はライバルにもなりえない】
何が気に入ったのかは分からない。小牧に話しかけられてからずっと、小牧は休み時間のたびに春里のもとにやってきた。
女の子たちの攻撃がやっとおさまってきて平穏な時間も訪れ始めた時だったため、一難去ってまた一難のこの状況に春里の溜め息は消えない。そんな態度の春里に全く怯むことなく挑んで来る小牧。あの最初のおどおどした頼りなさげな態度とは違い、違う人間なのではないかと思えるような堂々とした態度だった。何かを吹っ切ったのかもしれない。しかも、妄想ぶりとナルシストぶりが激しい。
今日から十月と言う日。春里は初めて袖を通した制服に違和感を持ちながら過ごしていた。紺色のブレザーにベスト、紺と赤のチェックのスカート。赤のリボン。基本的に増えたのはブレザーだけなのだが、それがまだ堅いのか動きづらくて仕方ない。
「篠原さん、ブレザー姿も似合うね」
そんな事を躊躇いもなく言って来る人間だっただろうか?そんな事を感じながら春里は眼の前の小牧を観察するように見上げた。眼があった途端、小牧は嬉しそうに微笑む。だから、春里は自然に顔を顰めた。違和感がおおありなのだ。
「それはどうも。小牧君も冬服似合っているよ」
社交辞令としてわざとらしく言ってあげただけなのに、やはり小牧は嬉しそうだ。気味が悪い。
「ねえ、今度増永先輩じゃなくて僕と帰ってよ」
「遠慮させてください」
「いや、今日だけお願いしてもいい?チャンスがほしいんだ」
「いいえ」
「頑なに拒まないで、僕にチャンスをちょうだいよ。そうすれば、僕の魅力を分かってもらえると思うんだ」
小牧は勢い余ってか顔を春里に近づけた。あまりにも近かったため、春里はのけぞった。すると、どこからか笑い声が聞こえ、そちらを見ると、春里たちを楽しそうに見ている男子生徒らの姿があった。いつも小牧と一緒にいる男たちだ。彼らはこの状況を楽しんでいる。まるでゲームのように。もしかしたら、本当にゲームの対象になっているのかもしれない。そう思うと無性に腹が立ってきた。
「小牧さん、しつこい男は嫌われますよ」
にこりと微笑むと、小牧は顔を歪ませた。
「しつこくしないと相手にしてくれないでしょう」
まあ、その通りなので何とも言えない。
「どんなゲームをしているんですか?」
だから、率直に聞いてみた。それが一番早い。
「え?」
「わたしと一緒に帰るゲームですか?それとも、わたしを落とすゲームですか?」
「いや、そういうんじゃないけれど、何でそう思うの?」
小牧の口調ときょとんとした表情から嘘は言っていないと春里は判断した。と言うことは彼らは小牧の恋の行方を傍観して楽しんでいるということだろうか。
「分かりました。今日だけ一緒に帰りましょう。ただし、多分増永さんが待っていると思うので、彼を説得してくれたら、と言うことですね」
もう、仕方がなかったので、奏太に丸投げする事に決めた。おまけに貴之も来れば鬼に金棒だな、と春里は思う。それにしても面倒くさいと溜め息を吐いた。
春里が小牧と一緒に下駄箱まで行くと、予想していた通りいつもと同じ格好で奏太が立っていた。いつもと違うのはだらしなくブレザーを着ているところだろう。
「春里ちゃん、その男は俺への当てつけ?」
奏太はおどけるように言った。
「いいえ。なんかわたしと一緒に帰りたいとしつこいので」
「ふうん」
奏太は小牧を上から下まで値踏みするように見ている。その間に靴を履き、奏太の方へ行くと、振り返り、小牧を見た。
「どうする?」
「あの、増永先輩、今日は僕が篠原さんを送って行きます」
「篠原?」
奏太は不思議そうにそう呟き、春里を見た。どういうこと?と聞いて来ているようだ。多分、貴之と苗字が違う事が気になったのだろう。今更のように感じるが、仕方ない。
「わたしの苗字は母方の篠原ですよ」
春里がそう言うと、奏太は納得したように二度頷いた。
春里は二人がどのような話をするのか楽しみだった。多分奏太が小牧を負かしてくれるだろうと期待している。そうでなくては困るのだ。それが奏太にも通じたのかもしれない。春里は奏太に腕を引っ張られ、奏太の腕に包まれていた。
「俺の春里ちゃんは渡せないよ。君なんかにね」
奏太の声は春里の上から降り注がれる。春里は後ろから包まれるように抱きしめられていることを居心地悪く感じながら、小牧よりはましだと感じた。
「僕にもチャンスを下さい」
「君には無理だよ。春里ちゃんは俺のものだからね」
いつ奏太のものになったのだろう、そんな事を考えながらも、総てを委ねるに越したことないので春里は黙っていた。小牧を追い払ってくれるのならこれくらいは褒賞という感じだろう。
「さあ、早く帰ろうか」
奏太は春里の肩を抱いた。調子に乗っているのは分かったが、助けてくれるのであればこのくらいは許容範囲だろう。
春里は奏太に促されて小牧に背を向けた。
「あの、どうしてももっと話がしたいんだ。僕のことをもっと知ってもらってから、また告白をしたい」
春里は振り向きそうになったが、それを堪えた。気持ちはよく分かるし、言いたいことも充分分かる。それと同時に、春里の気持ちも理解してもらいたいと思う。多分、どんなに小牧と話をしても、これ以上に惹かれることはないと思うから。
「それなら、俺がいない時に口説けよ」
奏太が首だけ小牧に向けながら言った。余計な事を言って、と春里は心の中で文句を言う。
春里たちは玄関から出て、歩きだした。今日は暖かい。ブレザーが要らないくらいだ。ならば脱げばいいのだが、荷物になるので春里は脱ぐことはしなかった。まあ、どさくさに紛れて奏太の腕がまだ春里の肩にまわっていることも理由の一つになるのだが。
しばらく歩くと、校門のところに立っている貴之の姿を見つけた。じっと春里たちを見ていることが分かった。そして、思いっきり走ってきた意味も理解した。春里は気になって奏太を見ると、奏太は楽しそうに笑っている。この先の展開が楽しみで仕方ないのかもしれない。悪趣味だと思うのだが、春里もまた楽しみに感じている。
「奏太!その腕をどけろ!」
走りながら貴之が叫んだ。奏太が噴き出したのが分かり、春里もそれにつられて噴き出した。
「俺たち挟まれているね」
奏太の言葉で、春里はまだ後ろに小牧がいる事を知った。自惚れてみるのであれば、自分をとり合う男たちだろうか。
――すごい思考。
春里は自分の考えがどうも馬鹿らしく感じて、苦笑した。
貴之は息を切らしながら春里たちの前で止まった。そして、間髪いれず、未だ春里の肩にまわっている奏太の腕を思いっきり叩いた。
「恋人になったら許してやる。それまでは触れるな」
「お兄ちゃん、さっき抱きつかれちゃった」
わざとらしく上目遣いで甘えてみると、その口調に眼を見開いていた貴之は、話の内容を理解した途端、奏太の胸倉を掴んでいた。
「おい、春里ちゃん、それはひどいよ」
わざとらしく情けない声を出している奏太。その表情はとても楽しそうだ。やはり貴之をからかうのが相当楽しいらしい。
「おい、俺より俺らの後ろにいる男に警戒しろよ。春里ちゃんに惚れているらしいぞ」
そこで初めて頭に血が上った貴之は奏太を睨んでいた視線を逸らし、奏太の後ろに移した。そこにはおどおどしている小牧がいる。決して格好いいわけではないが、それなりの顔はしている。それはあくまでも春里の評価だが。自分を格好良く見せようと努力していることも窺える。そういうところは春里も気に入っていた。だが、やはりなんとなく苦手なのだ。どこがどう苦手なのかは分からないが、苦手なのだから仕方ない。
「春里、あいつは誰だ」
貴之の眼は小牧に囚われたままのようだ。
「クラスメイト」
「それだけか?」
それだけではないが、これ以上いじめるのも悪いと思い頷いて見せた。
「そう、それだけだよ。今のところはね」
春里の言葉に貴之はやっと視線を春里に移した。
「ねえ、貴之さん、わたしの事を思ってここまで来てくれたことは感謝しますが、校内でこういうことになっていると、明日またわたしひどい目に遭うのですが。やっとおさまったのにまたあの状態は遠慮したいんです」
春里が真面目ぶって言うと、貴之の表情は見る見る申し訳なさそうなバツの悪そうな雰囲気に変化する。格好良い顔が見る見るうちに情けなくなっていく。
「冗談です。増永さんから守ってくれてありがとうございます」
今度は見るからにホッとした顔をしている。最近気づいたことだが、貴之はよく顔に出るらしい。それが、春里にはおもしろくて、マイブームになっている。春里の隣で下品にヒヒヒと笑っている声が聞こえる。きっと春里と同じように奏太もこんな貴之の姿を見るのが楽しいのだろう。
「春里ちゃん、こんなのが兄にいると恋人ができないよ」
「わたしが好きだなって想った人ができた時は兄には遠慮してもらいますから、ご心配には及びませんよ」
当分はこの環境に慣れるのに精一杯で恋愛どころの話ではないだろうと思ってはいる。それと同時に、今まで恋をしてこなかった春里だから、これからもそう簡単に恋には落ちないと思っている。
「俺の眼鏡に叶えば許す」
「それ厳しいなあ」
奏太が嘆いた。
「おまえは叶わないから諦めろよ」
貴之は真剣な表情でビシッと奏太の胸のあたりに人差し指を突き刺し宣言した。奏太が駄目なら、大半の男の人は駄目なのではないだろうか、と春里は思った。
三人で騒がしく歩いているとすぐに駅に着く。春里はやはりこの時間が好きだった。貴之だけでも奏太だけでも一緒に過ごす時間は楽しい。だけれど、二人揃うと何倍も楽しくなる。二人の会話を聞きながらずっと笑っていられる。
「あ、あのう」
突然かわいらしい女の子の声が聞こえた。その声の主の方を三人そろって見た。セーラー服姿のかわいらしい女の子だ。黒い長い髪をポニーテールにし、少し長めの前髪を横に流し、軽くピンで留めている。くりくりの眼と柔らかそうな頬は女の子らしくて、膝を微かに覗かせる丈のスカートは彼女の真面目さを表しているように思えた。
女の子が駆け寄ってきて、立ち止まったのは貴之の前だった。
「あの、ちょっとお時間いいですか?」
貴之を見上げたその姿は当然のように上目遣いで、男の子を惑わすには充分の威力を持っていた。ただ、相手が悪い。当然のように貴之にはそれは効き目がなかった。
「ここで済む話なら別に構わない」
今まで春里と一緒にいた時には聞いたことのない冷めた声だった。まるで別人のように感じ、春里は驚いて貴之の顔を見た。無表情。この言葉がぴったりに感じた。瞳にさえ力がなく、色も窺えなかった。思わず春里は貴之の袖を掴んでしまった。それに気づいた貴之は一度見上げている春里を見て、優しい表情を見せた。
――いつもの貴之さんだ。
そう春里は安心したが、一瞬にして表情が変わる貴之にやはり驚いた。
春里は奏太に肩を掴まれ、連れられるまま貴之から少し離れた。
「あれは告白だな」
楽しげに奏太は言う。春里もそう思っていた。学校内では告白はできないが、学校外ならば告白しても取り巻きがいないから構わないのだろう。まあ、違う学校なら貴之が学校内でどのような立場で、一人で声をかけた女の子がどのような目に遭っているか分からないのだろうけれど。
女の子は恥ずかしそうな仕草をしながら懸命に気持ちを伝えようとしているように見えた。ただ、それとは対照的に貴之の表情は冷めている。苛立っているようにも思えた。
「貴之を好きになる女の中ではまともな部類だと思うんだけどな」
奏太は質の悪い笑みを浮かべながら呟いた。
「どんな女の子に好まれるとかあるんですか?」
「あるある。あいつは派手な女から言い寄られるんだよ。しかも自信家で押しが強いの。だから、あの貴之が押され気味になるんだよな。だからかな、告白される時はあんな風に表情を消すんだ。それがあいつの選んだ方法なんだろうな」
あやふやな関係を避けるためなのかもしれない。
「今の貴之はおもしろいよ。以前はあんな雰囲気をずっと持っていたもんな。どこか冷めていてね。でも、今は楽しそうだもん。春里ちゃんといる時は特にね」
貴之の姿を眼を細めて見つめながら、優しい声で奏太が言った。本当に奏太は貴之を好いている事が分かる。春里には二人の関係が羨ましく映った。
春里は奏太にあった視線を貴之に戻すと、貴之は振り返ってわたしたちのもとに来るところだった。女の子は唇を噛みしめ泣くのを我慢しているように見える。
「悪い、遅くなった」
「じゃあ、行こうか」
貴之と奏太が改札をくぐる。春里は後ろ髪を引かれる思いで一度女の子を見た。女の子がじっと赤い眼で春里を睨んでいた。
ちょこっとだけ貴之の違う一面を。あまり分からなかったかもしれませんが、どちらかというと春里がそれを見てどう感じるか、というわけで。
小牧の魅力が出てこないのは奏太と貴之がいるからでしょうね。結構小牧のことを気に入っているのですが。
次回は貴之の日常。
次回もお付き合いください。




