【考えなしの行動】
十二月二十六日、貴之は十一時から十五時までアルバイトに励んでいた。アルバイトが終わればまた、実家に帰る予定だ。実は少々居心地が悪い。
十二月中旬、一緒にアルバイトをしている女の子から告白を受け、断った。その子と今日は一緒で、相手が貴之に対してとてもぎこちない態度をとるのだ。こんな態度をとるのであれば、告白なんてしてほしくない。以前と変わらない態度で過ごそうとしているのに、総てがずれこんでいく。
――ああ、むかつく。
「彼女の事振ったんだって?」
ここのアルバイトでは人気ナンバーワンの女の子が意地悪げに言ってきた。以前、春里が店に来た時にレジをしてくれた女の子だ。名前は樋田某。
「それがどうした?」
「あの子も自惚れよね。竹原君が好きになるはずないのに」
「何でそう思うわけ?」
「え?」
「確かに俺は違う人が好きだから、彼女のことは好きにならないけど、好きにならないって何で君が分かるわけ?」
「だって……」
「だって?」
「あんな地味な子、竹原君には似合わないもの」
目をうるうるさせながら唇を尖らせ、上目遣いで言う彼女は完全に計算だと貴之には分かった。こういう女の子たちが今までに何人もいたから。
「何で君がそれを決めるわけ?」
「えっと」
「俺のことは俺しか分からない。君、俺のこと何も知らない癖に何でそんな確信持てるわけ?特別な能力でもあるの?」
確かに告白をしてきた女の子は地味な方だと思う。だけれどこんな、人を貶し、蹴落とすことしか考えず、外見だけ気にして化粧に頼っただけの派手女よりかはましだと思うのだ。人間として。春里的には、自分を魅力的に見せようと努力している姿は好感が持てるらしいが、貴之にとってはどうしても度を越しているとしか思えない。そして、何よりも自分の事を棚にあげて、と言うより、自分の方が女性として優れていると勘違いしながら、誰かを貶している姿に好感が持てるはずもない。それに気づかないあたりがすでに馬鹿だ。
だから、貴之はずっとイライラしていた。告白をしてきた女の子はビクビクしてぎこちないし、話しかけるたびに挙動不審で傍から見ても怖いくらいだ。本当にやっていられないと言うところだ。
十四時になり、約束通り春里が店にやってきた。案内したのは樋田だ。春里とは面識があるため、にこやかに対応していた。春里も変わらずにこやかだ。眼は笑っていなかったが。
「いらっしゃい、春里」
「今日はお昼ごはんを食べるよ」
「何が食べたい?」
「うーん。わたしね、ロコモコって食べたことないの。あとはタコライスも」
外食をあまりしなかった春里だから、こういったものは食べなかったのだろう。
「なるほどね。どっちもおいしいよ。一回食べたらすぐに自分で作れそうなものだね」
「なるほどね。うーん、どうしようかな。そうだな――今日はロコモコで」
二つの写真を見比べながら悩んでいる姿を見ると、微笑ましくなる。また食べに来ればいい、それだけのことなのだが。
「かしこまりました。飲み物はどうする?」
「グレープフルーツジュースで」
「珍しいね」
「なんか飲みたくなって」
「かしこまりました」
貴之はわざと恭しく礼をした後、にこりと微笑んで見せた。お返しに、と春里も微笑む。貴之は後ろ髪を引かれる思いでその場を去った。
先程までささくれ立っていた感情が今は穏やかだ。春里の姿を見た途端に貴之の総てが春里に向かう。だから、他の事に心が奪われているなんてもったいないのだ。しかも、つまらないことだし。
「また来ているのね、妹さん」
先程あれだけ言い負かしたのに、すでに復活している樋田はにこりと微笑む。
「俺の働いている姿を見たいらしい」
本当のところは貴之が来るように誘った。最初は恥ずかしくて来なくていいと言ったが、来てもらった後は来られる時は来て欲しいと思うようになっていた。
「なんか兄妹にしては仲良すぎるよね」
「そうか?そうとは思わないけど」
貴之は樋田から逃げるように出来上がった商品を持ってそこを去った。兄がアルバイトする店に食事に来る妹。このくらい仲が良い兄妹くらいいくらでもいるだろう。
まず春里が注文したグレープフルーツジュースをテーブルに置くと、ゆっくりと春里の視線が本から貴之へと移動した。お互い眼が合い、当然のように微笑みあった。そして、春里の脇を通り、もう一つの目的のテーブルへと足を進めた。
貴之は商品をテーブルの上に置いて、戻る時、春里の隣に座った男がじっと春里を見つめている事に気づいた。それを気にしながら春里の脇を通ると、少しだけ会話が聞こえた。
「君一人なの?」
「待ち合わせです」
素っ気ない口調に貴之は苦笑しながらキッチンの方に戻っていった。
「さすが竹原君の妹ね。ナンパされている」
「そうだな。さすがと言う感じだかもな」
貴之はじっと春里を見つめた。男はにこやかにそして必死に春里に話しかけているが、春里は一向に本から眼を離さない。それでも諦めずに声をかけている男が兵に見えた。ただの無謀な男とも言えるのだが。
春里が注文した料理ができ、それを持って春里の元に行く。何かを感じたのか、ふと春里は顔を上げた。そして、貴之を見つめ、にっこりと微笑んだ。こういうタイミングの良さが心地良く感じる。
「おまたせしました」
ロコモコをテーブルに置く。
「おいしそう」
「おいしいよ」
「うん」
春里は両手を合わせて「いただきます」と呟いた。
「やっぱり君一人だったんだね。一人の食事は味気ないだろう?」
「いいえ。知らない男の人と食べるよりは数百倍もマシですよ」
「え?」
「それに待ち合わせですからご心配には及びません」
「相手が遅れてくるから先に食事?」
「いいえ。わたしが先に来ただけですから」
春里は遠慮なくロコモコを口に運んだ。
「うん。おいしい」
「よかった。じゃあ、後で」
貴之が囁くと、春里はにっこりと微笑んで頷いた。
「変じゃない?待ち合わせしているなら普通一緒に食事するだろう?」
「あなたの普通は知りません。あなたの普通をわたしにも押し付けないで頂けますか?」
貴之が振り返るとそこには疲れたような表情をした春里がいた。しつこい男に辟易しているのだろう。
「ナンパされ慣れているのか慣れていないのか分からない対応だな」
貴之はぼそりと呟いた。
十五時になり、貴之は着替えを終え春里の元へ行った。男はまだ春里の隣に座っている。その男を一度見た後、貴之は春里の隣に座った。
「ロコモコはどうだった?」
「うん。おいしかったよ。でも、不思議な組み合わせではあるよね。あれ」
貴之は春里にカフェラテを差し出した。熊の絵が描かれている。貴之はアイスコーヒーだ。
「ありがとう。くまさんだね」
「俺は不器用みたいで描けないんだ。だからお願いして描いてもらった」
毎回自分の分は貴之が描いている。その度に教えてくれている店員に笑われるのだ。本当は春里に描いてあげたかった。そのために練習したと言うのが本音だが、それを披露できるまでには成長できなかった。
「センスもあるんじゃないの?」
「センス?」
「そう。貴之さんの料理の盛り付け方ってちょっと不思議だから」
「そうか?」
「そうだよ」
貴之は一気に半分アイスコーヒーを飲んだ。結構混んでいて動きまわったので喉が渇いていた。ふと、視線をずらすと、春里の隣に座っている男と眼があった。
「待ち合わせ相手はここでアルバイトをしている俺とだったんだ。やっと納得できただろう?」
貴之は男に言った。
「あ、はい。すみません。俺、恋人の前で口説いていたってことだよな」
男の呟きに貴之は笑った。
「よくこの子を口説こうとしたよな。心は折られなかった?」
「折れそうだったけど、引きさがるにはもったいなかったから」
「折るつもりだったのに結構しぶとかった」
春里がカフェオレのカップを包むように持ちながら呟いた。
「まあ、そう言う時もあるって事だろう?」
貴之の手が春里の頭に乗り、軽く叩く。春里はにこりと微笑み「そうね」と呟いた。
「竹原君、これお昼だって」
樋田が持ってきたのはパスタだ。いつもなら仕事中に一人ずつ休憩をとって昼を食べるのだが、今日はそんな暇がなかった。
「ありがとう」
貴之はいただきますをしてそれをきれいにフォークに巻きつけた。
「これもおいしそうだね」
「さっき食べたばっかりなのにもう食べたいわけ?」
「味見程度に」
「仕方ないな。いいよ、食べて」
貴之としては何げなく、だった。最近では当たり前の仕草でもあった。フォークにパスタを巻き付け、それを春里の口元に持っていった。春里も当然のようにそれを口に含んだ。
「え?」
まだそこに樋田がいたことなんてすっかり忘れていて、その声で二人は驚いて樋田の方を見た。
「なんか、まるで恋人同士みたい」
「そう?」
「だって、兄妹でそんな事、する?」
「別にするんじゃないの?俺たちはする」
「わたし、奏太さんともしたよ。和菓子屋で」
「はあ」
衝撃的な告白に脳みそが爆発しそうだった。貴之とやっても構わないが、なぜ奏太とするのか理解できない。しかも、以前貴之が料理の味見をお願いした時、予想以上に照れていたと言うのに、奏太とするのは平気と言う事が理解の範疇を優に超えている。
「お兄ちゃん?」
春里の声がこだまして聞こえる。
「ああ。そんなにショックだったんだ」
春里の声が脳に響いてくる。
「奏太さんと言うのが貴女の彼氏?」
「いいえ。兄の友人でわたしの友人の恋人です」
「え?そんな人とも平気でそんな事をするの?」
「ええ」
「春里、それ俺聞いていない」
「言う程の事じゃないと思ったから。それにずいぶん前だよ」
春里は何ともない風に言う。
春里にとっては仲のいい者同士何気ない仕草だったのだろう。奏太は遊び半分でしたに違いない。からかう気持ちだったはずだ。それが、予想とは違う行動に春里が出たのだろう。奏太はびっくりしたに違いない。だから、奏太を責めることはできない、そう考え貴之は溜め息を零した。
「もうやらないって約束して」
春里は眼を瞬かせながら不思議そうに貴之を見た。
「わかった。そうする」
「本当に理解しているわけ?何をしでかしたか分かっている?」
「なんとなく」
貴之は溜め息をおもいっきり吐いた。
「まさかとは思うけど、あの幼馴染とも、なんてことないよな」
ふとよぎったあの顔。そして、二人が醸し出していた雰囲気。聞いた後すぐに聞くんじゃなかったと後悔した。だが、それはすでに遅く――。
「……ある」
春里は戸惑いながらぼそりと言った。貴之は「あああ」と叫びながら、頭を抱えた。聞くんじゃなかったという後悔が半分以上占めている。
「竹原君、妹がしたことに大げさすぎない?」
――はあ?どこが大げさだよ。
「あれ?まだいたの?仕事しなよ。給料もらっているんだからさ」
「え?あ、うん」
貴之を気にしながら去っていった樋田の後姿を見送った後、貴之は再び大きな溜め息を零した。
「何か一気に落ち込んで食欲を失った。なんだよ。俺だけ特別なわけじゃないわけ」
「特別だよ。だから、最初の時はどぎまぎしたし、恥ずかしかったの。意識しすぎてどうしていいか分からなかった。貴之さんだからそう言う感情が生まれたの。――もうやらない」
「絶対だよ」
「絶対」
貴之は右手の小指を春里に差し出した。指きりゲンマンのポーズだ。春里はその小指に小指を絡めた。
「嘘ついたら俺の部屋に一泊な」
「それ罰になるの?」
「え?」
「どちらかと言えばわたしじゃなくて貴之さんの罰のような……」
「あ。うっかりしていた」
春里も言うようになった。以前ならそう思っていても口にしなかっただろう。こういう会話はなぜか苦手なのだ。
「まあ、その辺はその時になってからと言うことで。それより食べなよ。すっかり冷めちゃったよ」
「ああ、そうだった。一気に色々と押し寄せたような、目まぐるしかったような。でも、何もなかったんだよなあ。ああ」
すでにパスタは冷めてしまっていたけれど、おいしいものはおいしい。春里はぶつくさ言いながら食べている貴之を見てクスクスと笑った。
貴之が少しかわいらしく嫉妬してくれたらいいな、と言うわたしの願望。ナンパに嫉妬と思ったら、春里がいつもの安定感ではねのけてしまった……。
次回は初詣。 年が明けてしまった……
次回もお付き合いください。




