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初恋の彩り  作者: みこえ
~出逢い~
11/183

【春里の幼馴染は文登君】

 土曜日の昼過ぎ、春里は駅の改札で待ち合わせをしていた。片手にはピンクの携帯電話が握られている。じっと改札口を見つめ、待ち合わせの人物を探す。


「春里ちゃん」

 声が耳に飛び込んできて、じっと眼を凝らすと、片手を上げて振っている男の子の姿が眼に入った。


文登(ふみと)君」

 いつもと変わらない元気な文登の姿を見つけ、春里は自然と笑顔になった。


 文登とはいわゆる幼馴染に当たる。春里の両親が離婚し、母と一緒に祖父母の家で暮らすようになった。その家の隣が生方(うぶかた)文登の住む家だった。慣れない生活の中、文登はとても優しく、面倒を見てくれた。春里とは二歳の年齢差があり年上で、それを感じさせる大人っぽさがあった。彼は高校卒業後、調理師専門学校に通い始めた。


 最後に会ったのは引越しの日。まだ、一ヶ月程しか経っていないのに懐かしい感じがした。


「久しぶりだね、元気だった?」

 以前と変わらない柔らかな口調に安心して、春里は微笑んだ。

「ええ。みんないい人だし、とても楽しいの」

 それが嘘ではない事が分かったのだろう。文登は満足げに一度頷いた。


「おばさんの調子はどう?」

「うーん。まあ、日に日に、って感じかな」

 春里は曖昧な笑みを浮かべ、そう言った後、歩きだした。


 今日は文登の要望で一緒に病院にお見舞いに行くのだ。春里の様子も気になるし、と電話で言ってくれて、何とも言えない温かな気持ちが生まれた。


「春里の新しい家族はどう?」

 新しい家族という表現はちょっと抵抗はあるものの、ほかに現状に適した言葉があるわけでもなく、春里は素直にその言葉を受け入れた。


「うん。とても優しくて温かな人たちだよ。貴美さんがお仕事お休みの時は、一緒にお茶を飲んでおやつを食べるの。貴之さんは学校では注目を浴びるアイドル的存在かな。でもね、家だとそんな雰囲気は全く感じられない」

 春里は貴之の様々な表情を思い出してクスクス笑った。


「それにね、階段があるんだよ。いつも朝、落ちそうになる」

「落ちたことはないの?」

「うん。貴之さんが支えてくれるから」

 覚えていないんだけれどね。と言いながら、春里が文登を見ると、文登は少し驚いた顔をしている。そして、その顔は意地の悪い笑みへと変わった。


「もしかして、初恋が訪れた?」

「え?」

 どうして文登がそんな事を言い出したのか分からず、春里はきょとんとした。


「だってさ、階段から落ちないように支えられている映像を想像すると、すごい密着じゃない?」

 そう言われて、春里は想像してみた。


 寝惚けている自分。

 そっと抱き寄せるように支える貴之。

 貴之に凭れる自分。

 一歩一歩ゆっくりと気をつけながら下りる二人。


「確かに」

 今まで何も考えていなかったが、朝は無防備過ぎるから余計に密着するだろう。そう考えた途端、恥ずかしくなって春里の全身は熱くなった。そっと熱くなった頬を両手で触れ、手の冷たさで冷ます。それがどれだけ効き目があるのか分からないが、恥ずかしくてどうにかしたかった。


「今気づいたって感じだね。さすが春里ちゃんだよ。それにしてもお兄さんは優しいね」

「うん、優しい」

 文登が春里の顔を覗きこむと、今の顔を見られたくなくて春里はそっと顔を背けた。すると、文登はクスリと笑い、それをきっかけに笑いだした。


「なんか大人の春里ちゃんを見た感じだな」

 その呟きに春里は反応して文登を見たが、文登は満足そうに微笑むばかりだった。



 病院は駅から歩いて十分程の場所にある。そこで面会の受付を済ませ、目的の病室まで階段で行く。文登がいるからエレベータで行くつもりだったのだが、無意識に階段に足が向いていた。


「ごめん。エレベータのつもりだったのに」

 春里の言葉に文登は笑顔で答え、春里と一緒に仄暗い階段を上ってくれた。


 篠原春香の病室の前に立ち、一度深呼吸をする。そして、おもいっきりドアを開けた。そこには春香と話している貴美の姿があった。二人を包んでいる空気は朗らかで温かい。


「あら、いらっしゃい」

 貴美がそう言って微笑んだ後、不思議そうに文登を見つめた。

「前の家でお隣だった生方文登君です」

 春里がそう紹介すると、文登は少し頭を下げた。貴美はゆっくりと笑みを浮かべる。

「あら、素敵な男の子ね」

 春里と文登が春香のベッドまで行くと、春香は文登を確認し、微笑んだ。


「久しぶりね、ふみ君。ここまで来てくれてありがとう」

「いえ。僕もおばさんに会いたかったですし」

「あそこからここまでどのくらいの時間がかかるの?」

「今は実家に住んでいるわけではないので近いですよ。住んでいるアパートから電車で三十分位ですかね」

「そう」

「本当は両親もこちらに来たがったんですけれど、それが叶わなくて」

 そう言って少し文登は眼を伏せた。


 連絡をもらった時に話していた。御見舞いに行くように言ったのは文登の両親だったようだ。文登が今住んでいるところから、わりと近いところに春香が転院した事を知り、そう指示したらしい。


「両親には元気だったと伝えておきますね」

 変わらない柔らかな口調と笑みに春香は嬉しそうに微笑んだ。

「本当に見ないうちに素敵な男の子になったのね。今は何をしているんだっけ」

「調理師の免許をとるために専門学校に」

「ああ。子供のころからお料理が好きだったものね。お陰で春里もお料理が好きになってくれたし」


 祖父母の家に住み始めてから母は仕事に出て、祖父母は農家だったため、仕事に勤しんでいた。よく、文登の母親が料理を作ってくれていたが、次第にそれは文登になり、春里は文登から料理を学んだ。未だに休日に食べていた春香の料理の味には敵わないが、料理の腕にはそれなりの自信を持っていた。そして、文登と一緒に作っていたせいなのか、とても料理を作ることが楽しくて好きだ。


「僕も春里ちゃんと一緒に料理を作っていて好きになったんですよ。みんなおいしいって食べてくれるし、春里ちゃんは嬉しそうにしてくれるし」


 確かに嬉しかったのだ。出来なかった事ができるようになり、それを褒められ、味付けがきちんとできると文登に「おいしい」と言ってもらえる。その度に嬉しくて仕方なかった。そんな事を思い出して、春里は自然と微笑んでいた。





 今、春里は病院近くのファミリーレストランで文登と一緒に遅い昼食をとっていた。


 一時間程病室にいて、春香が疲れるといけないので、病室を出た後、貴美に呼び止められた。


「二人は昼食は食べたの?」

 その問いに初めて春里はそれに気がついた。春里は家を出る前に軽く食べたのだが、文登の事をすっかり忘れていたのだ。全く気が利かないなと思いながら、文登に聞くと、言い辛そうに「実はおなかが空いているんだよね」と言った。文登に会う嬉しさと母に会える嬉しさで舞い上がってしまって気を遣う事をすっかり忘れてしまった自分を恥じながら、文登に「ごめんね」と春里は告げた。


「なら、これで何かを食べてきて」

 そう言われて差し出されたのは五千円札。貴美を見ると微笑んでいる。

「でも」

「ほら、おなか空いているんでしょう。この辺においしいレストランって言ったらどこになるかしら。悪いけれどこれで足りるところで食べてね」


 そんな事を言いながら無理やり春里にそのお金を押しつけて去って行ってしまった。余計な気を遣わせてしまったなと思いながら、春里はありがたくそれを受け取った。


 色々店はあるのだが、文登が、頑なにファミリーレストランがいいと言い張るので、ここに決めた。きっと気を遣ってくれているのだろう。だから、春里もそれ以上は何も言わなかった。


「それにしても、おばさん、想像していたよりも顔色が良くて嬉しかったよ」

 文登はドリンクバーでとってきた炭酸飲料を何口か飲んだ。


 確かに文登の言う通り顔色もよく、表情も豊かだ。貴美と一緒に話している時、楽しそうな笑い声も聞こえてきた。二人はいい関係を結んでいるのだな、と思えたくらいだ。


「本当。以前の病院にいた時よりもいいかも。話し相手ができて張りが出たかな?」

「ああ、あの看護師さん?」

「そう。とてもいい人だったでしょう?本当にあのままの人なの」

 春里は湯気の立っているアップルティーに口をつけた。ほのかな甘い香りが鼻を擽り、心地良い。


「そう。その辺も安心したよ。夏休みの時、引越しをする直前かな、何か不安そうだったからさ」

「まあね。総てが新しい環境で、どうすればいいのか分からなくなっていたから。飛び込んでみたら、なんてことなかったかな」

 春里は手に持っていたカップをゆっくりとテーブルに起き、首を傾け、文登を見た。文登は微かに笑みを浮かべ、春里をそっと見守るような雰囲気を持っていた。


 外からは熱いくらいの陽が射し込み、文登の表情を和らげている。栗色の髪は少し長めだ。眼が隠れそうな前髪、耳を隠しているサイドの髪、うなじをすっぽり覆っている後ろ髪。そして柔らかな髪質と癖っ毛。文登の顔は結構シャープなのだが、この髪が彼を柔らかくしていると春里は感じている。メタルフレームの眼鏡とその奥にある切れ長の眼、すっとした鼻と薄い唇。それらのパーツには文登を柔らかくするものは何一つないように思える。なのに、彼が発散する空気はいつも柔らかい。細められる眼や口角を微かに上げる笑い方や、発せられる声の温かさがそうさせるのかもしれないが、それ以上に彼の癖のある柔らかな髪が彼の印象を強くさせているように思えるのだ。


「ねえ、恋人はできた?」

「なに?突然」

 本当に突然のことだった。だけれど、春里は突然気になってしまったのだから仕方ない。


 高校を卒業した後、文登は一人暮らしを始めた。長期の休日の時は、帰ってきてはいたが、会える時間は減っていた。年頃の二人だから縁遠くなるのも仕方ない。だが、なんとなく春里は淋しく感じていた。そして、久しぶりに会う度に、文登の雰囲気が変わっているような気がするのだ。とても温かく、柔らかくなっていくような、春の陽射しを思わせるような、そんな感じにどんどん近付いている気がした。


「うーん、今はいないよ。三ヶ月くらい前に振られた」

「文登君でも振られちゃうんだ」

「そりゃ、誰だって振られることはあるだろう?なんかさ、僕は誰にでも優しくて不安になるんだってさ。しかも、長い休みの時は実家に帰るだろう?それが嫌だって言われた。そう言われたら言い返せないどころか嫌悪感を抱くよ」


 両親思いの文登らしい言葉だ。それと同時に、ずっと一緒に過ごしてきた友人と遊ぶことを楽しみにしている。そういったつながりを大切にするのは、その時期の思い出が素敵なものだったからだろう。


「それは残念だったね」

 やっと注文した品が届き、春里は箸を手に取り、手を合わせて小さな声で「いただきます」と言った。その姿を見ていたのか、文登の笑い声が聞こえた。


「何?」

「やっぱり礼儀正しいな。僕も癖になっていて、一人で食べる時もそうするんだけれど、時々おもしろがられる」

「みんな言わないの?」

「そういう習慣がない人もいるらしいよ」


 春里は素直に驚いた。どんな時でも作ってくれた人、そして自分の命の為に犠牲になってくれた命に感謝して、その気持ちを言葉にしなければならない。そう教わってきたのだ祖父母に。そして、それは当然だと思ってきた。


「環境の違いだろうね」

 そう言った後、文登も先程の春里と同じようにあいさつをした。


「それで、春里ちゃんには恋人はいるの?」

 春里は苦笑して口に入れていたものを飲みこんだ。

「初恋もまだのようなの。魅力的な男性はいるんだろうけれど、そこまでは知り合っていないのかな?」

「まあ、焦る必要もないしね」


 そう、焦る必要はないのだろうと思う。眼の前に座っている文登は兄のような存在だが、人間としての理想像でもある。文登に恋心を抱いたことはないが、こんな雰囲気の男性が隣にいたら素敵だろうな、と思うことはよくある。だからだろうか。いつも身近にそんな存在があるがために、春里の心を騒がせる存在が未だに現れることはない。


「文登君のせいのような気もする」

 春里の素直な意見に文登は苦笑した。

「一緒に暮らしている兄もそうだけれど、わたしの近くには魅力的な人間が多いよ。だから、きっとその人たちと比べちゃうんだと思う」

 少し不貞腐れた感じの口調になり、急にバツが悪くなり、春里は急いで食べ物を口にした。


「それは光栄だね。僕が魅力的だってことでしょう?」

「それは、あまり本人を眼の前にして認めたくはない」

 先程口走って、認めていたのにもかかわらず、どうしても今は認めたくはなかった。どれだけ恥ずかしい事を口走ったか、冷静になって気づいてしまったから。


 ずっとクスクスと笑っていた文登が立ちあがった。それにつられて見上げると、にこりと文登は微笑み、空のグラスを持って歩きだした。その後ろ姿を見つめる。ずっと一緒にいた男の子が、どんどん男らしくなっていく姿を春里は何とも複雑な思いを抱いて過ごしてきた。


 それは中学生の頃だっただろうか。体格の変化が一番大きかったが、持っている雰囲気もまたそうだった。どんどん距離が離れていくような気がして、焦燥感に近いものを抱いていたような気がする。ずっと同じ距離にいられるのだと思っていたあの頃とは違い、今は諦めに近いものを持っている。物理的な距離もまた遠いが、感情の距離も遠いのだろう。




 店を出て、ゆっくりと駅へ向かうと、改札から見知った男性が出てくるのが見えた。春里はその偶然が嬉しくなって自然に笑みを浮かべた。


「貴之さん」

 思った以上に大きな声が出たことに春里は驚いたが、貴之は気にすることなく、春里の姿を認めると、微笑んだ。


「春里は病院の帰りか?」

「そう。貴之さんはお仕事の帰りですか?」

「まあね」

 そう貴之が言った後、貴之は春里の斜め後ろに立っている文登に眼を止めた。


「あ、前の家の隣に住んでいた生方文登さん」

 春里が紹介すると、文登は軽く頭を下げた。

「それで、こちらは今お世話になっている家」

 ここで、続く言葉がなんとなくおかしなものになるような気がして、春里の言葉が止まってしまった。どう表現するのがいいのか分からなくなってしまって、考えていると

「兄の竹原貴之です」

 と貴之が頭を下げた。


「ああ、貴之さんなんて呼ぶから、どんな関係かって、色々考えを巡らしちゃったよ」

「しかも紹介もまともにできないしな」

「だって、どう言って紹介すればいいのか分からなくなっちゃったんだもん」

 そんな春里の頭に貴之は手を乗せた。最近よくある仕草だが、乗る瞬間はドキッとさせられる。


「でも、こんな瞬間を目の当たりにできて得したかも。安心したよ、本当に。両親も心配していたんだ。色々負担がかかって細い身体が一層細くなるんじゃないかってね」


 文登の口調はからかいを含んだ楽しげなものだった。だが、言葉は総て本心なのだろう。文登の両親は最後まで心配してくれていた事を春里は知っている。そして、別れのその日の表情を春里は思い出す。笑みを浮かべているが、そこには隠しきれない心配があった。泣きだしそうな表情につられて、泣きそうになるのをぐっと抑えた。出来るだけ笑うようにした。あの時は春里もどうなるのか不安で仕方なかったのだ。ただ、心配だけはかけたくなかった。


「細くなっていなかったでしょう?結構わたしも食べるからね。おじさんとおばさんにも伝えておいて。今度元気な姿を見せに遊びに行くって」

「うん。伝えておく。じゃあ、僕はここで。連絡を入れるよ。距離的には近くなったんだし、今度また会おう」

 文登の申し出が嬉しくて、春里は破顔した。

「うん」

 弾けるような声に驚いたのは本人である春里だった。

「じゃあ、またね」

 文登は春里に手を振って改札をくぐって行った。未だ春里の頭には貴之の手が乗っていた。


新しく登場したのは文登君。実は彼、最初は幸登君でした。書いていてずっと気付かずにいて、本当に最近になって「待てよ」という感じで、以前書いたお話の登場人物と同じ名前だと気付いたのです。多分、この名前を私は気に入っていたのでしょうね。幸登君、小説家になろうに投稿したお話では登場しないので、そのままでもよかったんですけれど。


次回は春里と貴之のキッチンでの会話。二人は本当に仲良しです。次回は短いので、二話同時更新にしようか検討中。本当はこちらとセットの方がいいのかもしれませんが、今回は長めなので。


次回もお付き合いください。

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