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第八十三章 反逆者

「『隠形おんぎょう』!!」


 俺は何も持っていない左手で脇差を取り出し、隠密系スキル『隠形』を発動させた。

 これは『隠身』の上位に当たるスキルで、格下の相手から完全に身を隠す効果がある。

 幸いなことに辺りも暗い。

 その暗さも俺の姿を隠すのに役立ってくれるだろう。


 ただ、


「…なにか、かわった?」

「隠蔽スキルのようですね。

 私達には丸見えですが」


 同格以上の相手には全く効果がないので、ミツキどころかリンゴにも無意味だった。

 少しだけ悲しい。


 『隠身』との違いはこの状態でスキルや魔法を使ったり、ダメージを受けたり与えたりすると効果が切れてしまうことだ。

 あ、あと、エフェクトには実体があったりはしないので、当然防御にも使えない。


 ただ、普通の町の人とか相手には抜群の隠密性能を誇るので、この状況にはちょうどいいだろう。

 討伐大会以来、俺のレベルも上がっている。

 アレックズやライデン辺りにぶつかってしまうと流石に無理だろうが、普通の冒険者相手であれば、たぶん見破られないはずだ。


「まず、町に入って情報を集めようと思う」


 確かゲームでも、衛兵を殺したりして町や城の勢力友好度が極端に下がると、ちょっとした小ネタとして掲示板に指名手配が出る、という話を聞いた気がする。

 そういう時は基本リセットだったので詳しい知識がないのが悔やまれる。


 ただ、どちらにせよ手配書まで出されるなんて尋常な事態ではない。

 ヒサメ家の窃盗事件程度では、流石にここまでのことにはならないだろう。

 いや、まあその可能性を完全に否定出来ない所が『猫耳猫』なのだが。


「なら、行きましょうか」


 リンゴは無言でうなずき、ミツキはさっさと歩き出す。

 何が起きようと、この二人といればそうそう危険なことにはならないだろう。


 俺は緊張しながら、ミツキの後ろに隠れるようにして街の門をくぐった。




 日が沈んだ後とはいえ、人通りが多く明かりもある王都では、それなりに人はいる。


(いや、いつもより少し、ざわついているか?)


 というか、なんとなく俺が注目されている気がする。

 初めはミツキやリンゴが美人だからかとも思ったのだが、そんな感じの視線ではない。

 俺の方を見てぎょっとした後、二度見してくるような人もいるのだ。


(まさか、『隠形』が切れてる?!)


 ステータス画面が覗けないこの世界では、魔法効果の持続を確認する術がない。

 俺は焦ったが、どうにもそういう雰囲気でもない。

 手配された犯人を見つけたというよりは、むしろ超常現象を目撃したような……。


 俺がその不可解さに首をひねっていると、不意にミツキが口を開いた。


「一つ尋ねますが、貴方のスキルは自身の存在を隠す物なのですよね?」

「え? ああ」

「だったら、『それ』も貴方の一部だという事になるのですか?」


 言われて右腕の方を見て、


 ――ニタァ。


 笑顔のくまさんと目が合った。


(しまった!)


 あまりにナチュラル過ぎて忘れていたが、そういえばくまは俺の右腕に抱きついていた。

 俺が消せるのは俺と俺の持ち物だけだ。

 周りの人にとっては、くまのぬいぐるみが勝手に宙に浮いているように見えていたに違いない。


 新たな怪談が生まれそうなレベルのホラーだった。

 これでは二度見されるのも無理はない。


 俺より高レベルだという疑惑が発生したくまさんをリンゴに預け、先を急ぐ。




(今度こそ、大丈夫か)


 くまをリンゴに預けてから、明らかにこちらに向けられる視線の数が減った。

 というか、なくなった。

 『隠形』の効果は確実にあるようだ。


 街の景色も見慣れた物に変わってきている。

 あともう少しで八百屋のおばちゃんの所まで着くかなという時、


「あー、はんざいしゃのおにーちゃんだー!!」


 後ろから、聞き慣れた、そしてあまり聞きたくない声がした。

 まさか、と思いつつ振り返る。


「ねーねー、いしなげていい? いしなげていい?」


 そこにいたのは無邪気な顔をした幼女。

 『猫耳猫』でたぶん一番有名なモブキャラ、ポイズンたんだった。



 ちらっと横に視線を走らせると、ミツキが「こいつはっ…!」という感じで猫耳をピーンと立てて警戒している。

 そういえばポイズンたんは俺の『隠形』をあっさりと破った訳で、既に格上確定である。

 ミツキが警戒するのも無理はない。


 一方のリンゴはというと、完全に無反応でぼーっとしていた。

 無表情なその顔にはどんな感情も浮かんでいないが、よく見るとちょっとだけ眠そうにも見える。

 ……うん、まあ、もうそろそろ夜だからね。


「ええと、石を投げるのはやめてくれるかな?」


 俺が下手に出るようにそう言うと、ポイズンたんは花が開くように笑った。


「えっ? あ、ごめんねはんざいしゃのおにーちゃん。

 おにーちゃんはよわいから、わたしがいしをなげたらすぐしんじゃうよね。

 きづかなくってごめんね」

「い、いいんだよ、気付いてくれれば……」


 俺は必死で怒りを抑え、そう答えた。

 ポイズンたんと付き合うコツは、とにかく言葉を受け流すことなのだ。


「そっかー。つまんないのー」


 そう言うと、ポイズンたんはいつの間にか手にしていた石を近くのゴミ箱に投げ入れた。

 ゴミ箱は破壊された。

 俺は恐怖した。


 ポイズンたんの投げた石のあまりの威力に、思わずクーラーボックスを用意したいと思ってしまった。

 なんというか、あいかわらず見た目とスペックに開きのある御仁である。


「それで、はんざいしゃのおにーちゃんはこんなところでなにしてるのー?

 『くろいどくろをもちいたおぞましきやみのぎしき』のじゅんびー?」


 ポイズンたんの言葉に我に返る。


「ああいや、そうじゃなくて……」

「もしかしてみせーねんりゃくしゅ?

 おまわりさーん、こいつ……」

「いや、だから違うから!!」


 ポイズンたん相手ではなかなか話が進まない。

 指名手配のことを抜きにしても、選択肢を間違えると即座にリアル犯罪者としてしょっぴかれてしまいそうな危険性がある。


「でも、おにーちゃんすごいんだね。

 わたし、みなおしちゃったよ」

「見直し、た?」


 なぜだろう。

 ポイズンたんに褒められると、無性に嫌な予感がするのは。


「それって、どういうこと、なのかな?」


 俺が恐々とそう尋ねると、ポイズンたんは邪気のない顔であっさり言った。



「――だっておにーちゃん、『くににけんかをうった』んでしょ?」



 ……は?

 国に喧嘩を、売った?


 混乱する。

 泥棒、とかではないのか?

 あるいはもしかして、広場に髑髏を置いたことが問題に?

 いや、流石にそれだけで国に喧嘩を売ったとまでは言われないだろう。


「いや、そんなこと、した覚えがないけど……」


 俺がそう言うと、ポイズンたんはきょとんとした顔をした。


「ええ? でも、あやしげなやしきにたてこもっておーこくのきしをまねきいれ、くちにするのもはばかられるおそろしいめにあわせてほうりだし、かんぜんとこっかにはんきをひるがえした、っておとなのひとたちはいってたよ?」

「何だそりゃ!」


 身に覚えがないにもほどがある。

 屋敷に立てこもったことなどないし、騎士を屋敷に招き入れたこともない。

 そもそも俺はこの三日間、ヒサメ家の道場に詰めていたのだ。

 王国の騎士に何かをすることなんて物理的に……。


「言われてみれば、屋敷の方が騒がしいですね」


 しかし、その思考を遮るようにミツキがそうこぼした。

 見ると、確かに猫耳が屋敷の方を向いている。


(屋敷、か……)


 髑髏の事件の時にあれだけ宣伝したのだし、俺の身元が分かっているのなら屋敷が押さえられていても何の不思議もない。

 いや、むしろ髑髏の時点で犯罪者扱いされていたのだし、本当に屋敷の中にいないのか、無理矢理に入って確かめようとするような人間がいてもおかしくない。

 そうなったら、一体何が起こるか……。


「悪い、用事を思い出した!

 ミツキ、リンゴ、屋敷に行くぞ!!」


 俺は不吉な予感に背中を押され、駆け出した。

 ここまでくれば俺たちの猫耳屋敷は近い。

 少しだけ様子を見て、異常がないことを確かめるだけ。


 俺はそんなことを考えながら夜の街を駆け、最後の角を曲がって、


「……あっちゃあぁぁ」


 そこに見えた光景に、思わず地面に膝をついた。



 ――俺たちの住んでいた大きな屋敷、猫耳屋敷の周囲は、多数の騎士によって囲まれていた。



騎士の話のあまりの長さに分割

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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