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第七十八章 友好度ダウントラップ

 そして、アサヒは最後にこう付け加えた。


「試練の終了は、三日目の日没とする。

 しかし、そこまで待たんでも、ワシらを全滅させられるというのならそれでも構わん。

 戦える者を皆殺しにすれば、その瞬間試練はクリアだ」


 そこでアサヒはにやりと笑って、「『義の心』はどうした!」と思わずツッコみたくなるようなことを言ったが、実際問題それは不可能だ。

 と、言うより、やってもメリットがない。


 『猫耳猫』には個人の友好度とは別に、勢力毎の友好度というのが存在している。

 それはいわゆるマスクデータという奴で、はっきりと数値になっていないので細かくは言えないのだが、例えば街の人間に嫌がらせばかりしていると街で買い物が出来なくなったり、騎士団によく協力していると城の門衛が友好的になったり、盗賊退治をよくやっているとスラム街で「父ちゃんのかたきー!」と石を投げつけられたりとか、そういうことだ。

 いや、よく考えると最後のだけは違うような気もするが、大体そんな感じである。


 その中で、ほとんどの勢力でもっとも嫌われる行為が『同じ勢力に属するキャラクターを殺害する』ことなのだが、この『ヒサメ道場関係者』の勢力は違う。

 この『ヒサメ道場関係者』の勢力は、同じ勢力の人間を殺しても全く友好度が変わらない、唯一のグループなのである。


 このイベントは連続イベントであり、少なくともゲームにおいてはイベント途中にヒサメ家から離脱することは不可能だ。

 また、ヒサメ家にセーブポイントがないため、終了まで一気に行わなければならない。


 このイベントの期間はゲーム内時間で三日間。

 ゲームではイベントとイベントの間の無駄な時間などは省略出来る仕様とはいえ、最短でも数時間、生命の危機に晒され続けるという苦しいイベントだった。


 そんな長いイベントなので、集中力が切れ、間違って門下生を殺してしまったことくらい、俺にだってある。

 もちろんその時、俺はしまったと思ってリセットを覚悟したのだが、意外にもヒサメ家の人間に変化はなかった。

 戦いの中で殺されたなら、殺した者を恨まないと言っていた彼らの言葉は嘘ではなかったのだ。


 もちろん、いくら恨まれなかったとはいえ後味のいい物ではなかったが、それが起こったのは長い長い連続イベントを順調にこなしていた時のことだ。

 ここでリセットするのももったいないと思えて、俺はやり直さずにそのまま進めた。

 何十回にもおよぶやり直しの成果だろう。

 俺はその後も順調にイベントを消化し、とうとうその周回で、俺は初めて『ヒサメ家訪問イベント』をクリアしたのだった。



 と、それで終わっていればよかったのだが、そういう所にこそ罠をしかけるのが『猫耳猫』の常套手段だ。

 ヒサメ家のイベントをこなした俺は、とにかくセーブをと思い、一番近くの街である王都を目指して東に駆け戻った。

 そしてセーブポイントである王都のモノリスに近付いたところ、街の人々の様子がいつもと違っているのに気付いたのだ。


 なんとなく嫌な予感を覚えた俺は、セーブを一旦中止して、街の人に話しかけに行った。

 何しろゲームクリア後なので、街の人の友好度はそれなりに高い。

 異常があれば説明してくれるはずだと期待していたのだが、


「この、人殺しっ!」


 俺が近付いた途端、街の人が石を投げてきた。

 これには俺も驚いた。

 あわてて別の人に事情を訊こうとすると、


「街に、入るなぁ!」


 やはりその街の人も同じように俺に石を投げつけてくる。

 あまりの事態に呆然としていると、誰かが通報したのか、今度は街の衛兵が大勢駆けつけてきた。


「この犯罪者め!」

「大恩あるヒサメ家の方を、許せん!」

「人殺しを街に入れるな!」


 突然の犯罪者扱いには度肝を抜かれたが、この言葉でようやく状況を理解出来た。


 勢力毎の友好度というのは、その勢力に対して行ったことだけが変化の対象になる訳ではなく、他の勢力への行動ともリンクしている。

 例えばラムリックで盗みを働けば、ラムリックだけでなく王都の人々にも少し嫌われるし、逆に盗賊を討伐した場合、盗賊勢力からは嫌われるが街の人たちからは好かれる、なんてこともある。


 つまり俺がヒサメ道場の門下生を殺してしまった時、『ヒサメ道場関係者』の友好度は下がらなかったが、それ以外の勢力の友好度が急降下してしまったのだと想像出来る。



 ヒサメ道場が騎士団員や有名な冒険者を数多く輩出しているという設定を聞いた今なら、はっきりと事情も分かる。

 門下生を殺されても、武人気質な道場関係者は俺を恨んだりしなかったのだが、むしろその話を聞いたヒサメ家と関わりのある街の人や騎士たちが「ヒサメ道場の人を殺すなんてとんでもない奴だ!」と怒り狂ったのだろう。

 いや、直接の関わりがなくても、人々の評判の高い道場の人間を殺したとなれば、それは嫌われもする。


 少なくともその辺りの事情は、きちんと数値に反映されていたようだ。

 直接街の人間を殺した以上の反応を見せる街の人々を見ながら、俺は天を仰いだ。


 そういう細かい事情を反映させるというなら、「正当防衛だったんだ!」とか、「俺、魔王倒して世界救ったんだぜ」とか、その辺りのことも加味してもらいたいが、そんな抗議はゲームシステムの前には無力だ。

 大挙して押し寄せる衛兵の群れを見ながら俺はモノリスに戻り、泣く泣くデータのロードを選択した。


 ちなみに門下生を殺さずにクリアするまでに、それからさらに10回ほどのやり直しが必要だった。



 まあ、それでも俺はセーブする直前で気付いてやり直せたからまだよかったと言えるが、あのままセーブすると悲惨なことになったのだとネットで知った。

 ヒサメ家の『最後の試練』を乗り越えるためにアサヒを殺してしまい、そのままセーブしてしまった人のプレイ日記を読んだのだが、それはそれはむごい状態だった。


 まず、王都どころか全ての街の人間が敵対状態になって、店が使えなくなるばかりか、ほとんどのイベントが受けられない。

 それでも街の人の罵声や投石にもめげずに宿に残った仲間に会いに行くと、苦楽を共にしたはずの彼らまでが敵対状態になっていたそうだ。

 これは流石に心が折れる。


 そんな中、唯一仲間に残ってくれるのが、プレイヤーが殺したアサヒの実の娘であるはずのミツキ。

 ミツキは父親の死に動揺しながらも、


「貴方と同じ道を往くと、もう決めましたから」


 などとかっこいい台詞を言って同行してくれるらしい。

 そのプレイヤーは感涙にむせびながら、ミツキと二人で修羅の道を歩んだということだが、そんな道を選ぶ気は俺には毛頭ない。

 だから、『道場の人間は絶対に殺さない』というのは俺にとって前提条件なのだ。



 ただ逆に、道場の人間を誰も殺すことなくヒサメ家の試練を乗り切れば、多くの勢力の友好度が大幅にアップすることもまた確認されている。

 ゲームクリア後だと街の勢力の友好度なんて大抵は上がり切っているのであまり関係はないが、ゲーム開始から10日程度しか経っていない今の俺たちにとっては、これは大きなメリットだろう。


 勢力の友好度が上がれば今まで売っていなかった品が商店に並ぶこともあるし、発生するイベントも増えることになる。

 まあそうやって増えるイベントの大半はろくでもないのでプラス要素と言えるかは微妙なのだが、そのくらいのご褒美があると思わなくては、こんな殺人イベント、とてもやってはいけない。


 俺の見立てでは、このイベントで得られるかもしれない成果は、たったの三つ。

 ミツキを仲間に出来ること、多くの勢力の友好度が稼げること、そして……。


「ちょっといいかな、ソーマ君」


 そこで、先程までの威圧感ある姿ではなく、最初に会った時の柔和な態度でアサヒが俺に話しかけてくる。

 これがこの人の『外向きの顔』なのだろう。


「何でしょうか」


 用件は分かっているが、一応そう問い返す。

 そう、ゲームの通りに進んでいるなら、次に起こるイベントは……。


「もうすぐ歓迎会の準備が出来るそうだ。

 部屋まで行って、ミツキたちを呼んできてもらえるかな?」




(まったく、しょーがないなー)


 俺は落とし穴(一見普通の板敷の床に見えるが、どんでん返しのようになっていて踏むとひっくり返る。もちろん下には竹槍がたくさん生えている)をスキップで飛び越し、ちょうど首の辺りに来るように柱と柱の間に張られたピアノ線を不知火で切り落とし、ルンルン気分で廊下を進む。


 このミツキを呼びに行く、というイベントは、ヒサメ家の試練と同時並行で進められる『ミツキのラブコメイベント』の内の一つだ。

 もう散々話題にした、『部屋に行ったら下着姿のミツキがいた』というアレである。


(本当は回避したいんだけどなー。

 そうしたらゲーム通りにイベント進行するか分からないし、しかたないなー)


 俺は内心忸怩たる思いを感じながらも、やむを得ずミツキの部屋に向かう。

 のだが、


(……しまった)


 俺が道を間違えるはずないとアサヒの説明も適当に聞き流していたのだが、長い間このイベントをやっていなかったし、命の危機に直結するイベントでもないので、あまり記憶がはっきりとしていない。

 ミツキの部屋がどこだったか思い出せない。


(確か、ピアノ線から二つか三つ奥の部屋だったような……)


 いや、大まかには分かるのだが、それでもここには同じような部屋ばかりが並んでいる。

 ネームプレートなどがある訳でもなし、これでは判断材料がなかった。


(……まあ、いいか)


 別にここに致死性のイベントが仕掛けられている訳でもない。

 ゲームでも間違えた時はあるが、中は全部空き部屋だったし、しらみつぶしに行けば問題ないだろうと結論づける。


(まずは、ここだな)


 俺はピアノ線から数えて二つ目の部屋のふすまに手を置いて、一息に開け放つ。


「………ぁ」


 口から、間抜けな声が漏れる。

 一言で言えば、その部屋は当たりだった。


 俺の視界に、半裸の女性の姿が飛び込んでくる。

 やっぱり着替えの途中だったんだろう、上半身に何も身につけず、こちらをびっくりしたような丸い目で見つめているのは、


「り、リンゴ……」


 俺の旅の仲間、リンゴだった。



 しかし、俺が開けたのがリンゴの部屋だったのは、ある意味で当たり、正解だったと言えるだろう。

 リンゴには裸に対する羞恥心などはない。

 これが他の女の人だったら叫ばれたりして大変だったところだが、リンゴなら……。


 そんな風に、思っていたのだが、


「え?」


 俺の視線を浴びて、リンゴがまるで自分の身体をかばうように両手をクロスさせ、縮こまるように後ろを向いたのだ。

 そして、


「……ソーマは、すけべ」


 という言葉を発するに至って、ようやく俺は、自分がリンゴの身体を凝視していたことに気付いて、狼狽した。


「や、ちょっ、これは、違うぞ?」


 というか、照れられてしまったことで、なぜか俺も急に恥ずかしくなってくる。

 今更ながらにリンゴのとんでもない姿が脳裏に思い起こされて、胸の動悸が激しくなる。


 とにかくこれはまずい。

 俺はまず、大きく頭を下げた。


「そ、その、見ちゃったのは悪い!

 それはほんとに悪いと思うけど、単に俺は歓迎会の用意が出来たからみんなを呼びに来ただけで、今のは純然たる事故って奴なんだ!」

「……じこ?」


 リンゴの言葉が、少しやわらかくなった気がした。

 「せくはらおとこ」呼ばわりは二度とごめんだ。

 俺は必死に弁解する。


「そ、そう! 事故だよ!

 そもそもこの部屋はミツキの部屋だと思ってたし、だから今のは全然わざとじゃないんだ!」

「…………」

「ええと、わざとじゃないから、だから……。

 あー、そ、そういえば、ミツキがどこにいるか知らないか?」

「…………」

「あの、リンゴ?」


 最初の内は感触はよかったはずなのに、途中からリンゴは何も言わなくなってしまった。

 なんとなくだが、対応を間違えてしまったような気がした。


 黙り込んでしまったリンゴを、不安な面持ちで見守る。

 後ろを向いて顔をうつむかせたリンゴの表情は、ここからではうかがい知れない。


「…………となり」


 しばらくして、ようやくリンゴが言葉を話してくれた。

 おそらく、隣の部屋にミツキがいるということだろう。


「そ、そっか。ありがとう、リンゴ」


 俺は一言礼を言って、部屋を出る。

 そうして、戸を閉める瞬間、



「……ばか」



 という小さなつぶやきが、俺の耳に飛び込んだ。

 なぜだろう。


「リンゴ……」


 その言葉は、今まで聞いたどんな言葉よりも、痛烈に俺の心をえぐった気がした。





 ――ま、それはそれとして、である。


 俺にはヒサメ家のイベントを完遂させるという使命がある。

 命が懸かっているのだ。

 不本意でもやるしかない!


 俺は不退転の覚悟を決めると、リンゴの部屋の一つ奥の部屋の前に立った。


「たのもう!」


 なぜか道場破りのような台詞と共に、ふすまを開け放つ。


「え?」


 そこには、予想外の光景が広がっていた。


 着替えの途中、なんてものじゃない。

 そこにいた俺の旅の仲間は、生まれたままの、一糸まとわぬ姿をおしげもなく俺に晒していた。


 だが、やがて俺の視線に気付くと、まるで自分の身体をかばうように両手をクロスさせ、縮こまるように後ろを向いて……。



「いや、お前はもともと服とか着てないから」



 俺が冷たい声でそうツッコんでやると、そいつは心底嬉しそうにニタァ、と笑った。

 本当に芸達者なくまくんである。



 ちなみにミツキの部屋はリンゴの一つ手前で、俺が行った時にはミツキは余裕で着替えを済ませていた。

 ……ちきしょう!


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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